■小説1
□真実は犬にでも喰わせろ
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題:「真実は犬にでも喰わせろ」
(注:性的表現有り)
[其の弐]
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前日。技術開発局内、研究室。
時刻は夜の八時前。いつもならまだ大多数の局員達が立ち動いている筈の時間帯だが、今日は人影も疎らである。ここ技局にしては珍しく本日の作業内容が順調に進み、ほぼ全ての局員達は隊舎へと帰宅したのである。残ったのは局長である浦原と副局長であるマユリ、後当直の局員という面子だ。
「マユリさん、終わりました?じゃ、一緒に帰りまショ」
浦原がマユリの片付けが終わる頃合を見計らって声を掛けてきた。
「ム…なんで私が貴様と一緒に帰らなければならないのかネ?」
相変わらず浦原には厳しいマユリの態度であるが、浦原本人は全く意に介さずという感じでからからとマユリに笑い掛けた。
「まぁまぁ、そんなに意地を張らなくても。そうだ!今日早く終わりましたから、飲みに行きましょうよ。明日はボク達午後出ですし。たまにはいいでしょ、マユリさん」
「いや、結構。それに私は酒は飲まない事にしているんだヨ」
「あれ?マユリさん下戸なんスかぁ?んー、じゃあ晩御飯に変更しますかぁ。ボク奢りますよ。美味しい魚料理のお店知ってるんス。
…では当直の方、宜しくお願いしますね」
浦原は当直の局員と会釈を交わし乍、まだ拒否しているマユリを引きずるようにして研究室の扉を出て行った。
こうして浦原はマユリを無理矢理飲みに…否、食事に連れ出す事に成功したのである。
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「ハァ…何が食事だヨ。居酒屋ではないかネ。要するに貴様は酒が飲みたかっただけなんだろう?」
此処はとある居酒屋の個室である。
浦原に無理矢理連れて来られたマユリは、未だぶつぶつと文句を言っていた。が、漸く観念したのか座布団の上にに胡座をかき腰を据えたようである。
「ハハ。痛い所を突かれましたねぇ。でも此処ほんとに鮮度がよくて、魚料理美味いんスよ。マユリさんのお好きな秋刀魚のお刺身なんか絶品もんです。是非食べて頂きたくてお誘いしたんです」
浦原はマユリの隣に腰を下ろすと、マユリに身体をぴたりとくっつけ、お品書きを開いて見せた。
「で、何にしましょうかねぇ?」
「…近いよ、浦原。大体なんで隣なんだネ。そっちに場所は十分にあるだろう?狭くて堪らんヨ」
「マユリさん冷たいっスね、せっかく二人きりになれたのに…。あ、それと料理、店の方にお勧めを何か適当に見繕って貰いますか?」
「…秋刀魚の刺身…入れとき給えヨ」
「フフ、了解っス」
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それから二時間程。マユリと浦原は居酒屋でのひと時を過ごした。
「ム…美味い…」
浦原が食べさせたかったと言う秋刀魚の刺身は、どうやらマユリの目がねにかなったようである。普段少食なマユリの食欲中枢はこの事で刺激されたのか、この日マユリはよく食べた。それを嬉しそうに目を細め乍、浦原は日本酒にちびりちびりと口をつけ、普段口喧嘩の絶えぬ二人の食事は存外に和やかなものとなった。
「でも、意外でした。マユリさんが下戸だなんて、ボク今まで知りませんでしたよ」
「下戸ではない…私は酒は好きだし、飲めるのだヨ。ただ…」
「ただ…なんスか?あ、もしかして酒癖が凄く悪かったりして?」
「…当たらずとも遠からず、という所だ…」
「フフ、大丈夫っスよォ。その時はボクがちゃんと介抱しますから。寧ろその方が好都合…なーんて。ハハ…さ、マユリさんも一献。一杯位ならいいでしょう?」
浦原はにこにこと人懐っこい笑顔でマユリに徳利を差し出した。
「……一杯だけだヨ」
珍しく上機嫌なマユリは猪口を取って浦原の前に差し出した。そうこなくちゃ、と浦原は嬉々としてマユリの手の中の猪口に酒を注いでいく。
−必ずしも、そうなるとは限らぬ。少し位ならいいだろう…−
マユリは暫く注がれた酒をじっと見ていたが、思い切ったように、くい、と一口で飲み干した。久しぶりに飲んだ酒の味は非常に美味く、マユリの中に染み込んでいくようであった。
「あ、やっぱりイケる口なんじゃないスかぁ。さ、マユリさん、もう一杯」
それからマユリは浦原の勧めるまま猪口に口をつけていった。更に、マユリからも浦原に返杯し、浦原はマユリに酌をされたことで感極まり、より饒舌になっていった。互いに返杯、返杯を繰り返し、いつの間にか思いの外多くの酒をマユリは飲んでしまったのである。
マユリは机に突っ伏して動かなくなってしまった。
「マユリさん…?」
浦原はマユリの肩を揺すり声を掛けたがマユリはぴくりとも動く様子が無い。
−確か近くに休憩できる宿、有りましたよねぇ−
浦原は、よっ、とマユリを抱え上げ店を後にしたのである。
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[其の参へ続く]