■小説1

□愚か者の戀
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題:「愚か者の戀」
  「其の弐」
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「ちょっ…待ってください、平子サンッ」

浦原は慌てて平子を差し止めた。

「なんやァ?別に呼んでもええやないか。マユリかてこの雨で店から出るに出れなくなっとるかも知れへんで?それにお前が迎えに来とるの、教えといた方がええやろ?大体いつまで此処で待つつもりなんや?このままやとお前、ずぶ濡れになってまうで」

「そうかも知れませんけど。でも…少し待ってあげてください。マユリさん外で一人で行動する事、今まで赦されてなかったですから。そういうの、必要だと思うんスよ。だから、もう少し…」

遠慮しがち乍も自分の想いをはっきりと口にした浦原に、平子は引き戸の取っ手に掛けようとした手を引くと、中に入るのを止めて再び浦原と向き合った。

「マユリの事、えろう理解しとるんやなァ。というか、信用しとるて言うのんか…」

「もう大丈夫ですよ。あの人は…」

にこり、と微笑む浦原を見て、平子は些かならず羨ましく思う。
自分は現在、自隊の副官である藍染惣右介に対し、気が置けず信用する事が出来ぬ状況であるのだ。表面状は周囲と上手く溶け込み不審な動きすらない藍染であるが、その完璧さ故に寧ろ警戒し、監視する日々が続いている。

よくよく考えてみれば、それは浦原も平子と同じ立場と言える。
かつて『危険分子』と称された男をわざわざ自分の側近とするなど、正に己と同じではないか、と平子は思うのだ。
だが違っているのは、浦原の心持ちである。浦原はその相手を信じ、その上愛しているのである。それは、並大抵の神経の持ち主で無ければ出来ない行動であろう。隊長となったのは浦原の方が後なれど、その器の大きさを思えば、自分は完全に浦原に及ばないのではないか。平子は本能的にそれを感じていたのである。

−まぁ、その元『危険分子』のマユリに惚れとんは俺もお前と同じやけどなァ。喜助の言うように、マユリも外に出てから変わったんやろう。せやけど、マユリにその居場所を与えたのは…喜助、お前や。ならマユリかてお前を特別な存在に思うとるのは間違いない。ああ、アカン。俺の恋仇、強敵過ぎるで−

「ハァ…」

平子は隠そうともせず、大きな溜め息をつく。

「なァ、喜助はなんでマユリに惚れたんや?やっぱ一目惚れか?」

「エ?ボクっスか?」

浦原はぽりぽりとぼさぼさの金髪を掻くと、濡れた長い前髪の隙間から何かを思い出すよう、驟雨を降らす暗い空を見上げた。

「目、スかね…」

ぼそりと呟いた浦原の言葉は意外なモノであった。

「なに?」

訝しむように聞き返した平子に、浦原は言葉を続けていく。

「あれはボクが檻理隊部隊長、つまり看守になった日です。初めて『蛆虫の巣』に入りましてね、そこで見てしまったんスよ。マユリさんの目を…」

「逸らす事、出来ませんでした。檻に入れられ足枷をされたあの人の目は、全てを諦めていて…それでいて何処か遠くを見詰めてたんス。ボク思ったんですよ。この人はこんな所にいる人じゃない、ずっと高みを見てる人なんだ、って」

「それ以来、何をしてもマユリさんの目がボクの頭から離れた事は無かったんス。…あの目に捕われてしまったんですかね。それから毎日のようにあの檻越しに接する度、マユリさんの傍にずっといたい、って思うようになったんです。このままマユリさんとずっと同じ道を歩けたら、って…」

「んな事言うても、男同士やないかァ。男と女じゃあるまいし、夫婦になるっつー訳にもイカンやろ。それに死神やしな、いつ闘いで命を落とすかもしれへん。永遠に、つうようなこと…」

平子は辛辣な言葉で浦原を説き伏せようとした。いかんせん自分だとて男であるマユリに恋慕している一人であるが、その実、分も弁えている。だが浦原はまるで心を奪われ全てを捕われているかのようで、平子は一種の危うさすら感じてしまったのである。

「…わかってますよ。それでも…」

続く言葉を敢えて浦原は言わなかった。言わずとも平子には解っていたのである。

−それでもお前は、マユリに『永遠』を求めとるんか?喜助ェ…−

「…かなわんなァ」

平子は小さく息を吐くと、大きな口でにいっと笑った。

その時である。
がらりと店の戸が開き、現れたのはマユリ本人であった。購入した物であろうか、手には大きな紙袋を抱えている。

「ム。貴様ら、何をしているのかネ?こんな所で」

なにぶん、いきなり五番隊と十二番隊の隊長が顔を揃えて振り返ったのであるから、マユリが怪しむのも当然である。

「あ、マユリさん。此はッ…」

「イヤやなァ、マユリのお迎えに来たんやて。なんせこの大雨やろ。濡れたら大変やからなァ」

平子の台詞にマユリは目を見開ききょときょとと辺りを見回した。と、やがて呆れ返ったようにぼそりと言い放つ。

「雨…何処に降っているのだネ?もうとっくに止んでいるようだが」

「…え?ええッ?!ああーッ…」

そう。既に雨は止み西の空から日が差し込んでいたのである。浦原の大きな番傘は、目論み虚しく使われる事が無くなってしまったのである。

「残念やったなァ、喜助ェ」

「ひ、平子サン…」

何故だかニヤつく平子と肩を落とす浦原をマユリは不思議そうに見遣ると、早くも水が捌けて来た路地へと一足先に歩み出た。

「貴様ら、用も無いのにそんな所にいると店の邪魔だヨ。早くどいてやり給エ。さて。私はもう帰るがネ…貴様ら、どうする?」

問い乍も後ろも見ず足を進めるマユリである。

「ま、待ってくださいマユリさんッ。ボクも戻ります!一緒に帰りましょうッ」

「マユリぃ、喜助と二人っきりは危険やで!俺も送ったるさかいッ!」

慌ててマユリの後を着いていく浦原と平子の二人である。

「何なんだネ…」

二人の言動に、下らぬと半ば呆れつつも、マユリは後ろを振り返る。
雲間から差し込んだ赤い陽は、恋に病む愚か者らを暖かく照らしつつあった。
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「終.2011.10.26.了」
浦原&平子のマユリ談議。平子、凄い好きです。もしかして浦原より好き…かも!?
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