■小説2

□欲情COMPLEX
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題:「欲情COMPLEX」
  [其の弐]
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三日後、夕刻。日没の赤い陽光が明かり取りの小窓より差す、開発局内研究室横の倉庫。此処には、使わなくなった実験器材を始め諸々の瓦楽多と、客用布団の類いなどが所狭しと置かれてある。そこは、辛うじて人の踏み込む隙間が有る程の狭き場所であった。

妙な感情と劣等感を抱いたあの日以来、マユリは浦原に対し、此れ見よがしに避けるようになった。
浦原の姿が見えると別室にて作業を致し、二人きりにならぬよう気を配った。だが、何分浦原とは「局長」と「副局長」と言う間柄であり、顔を合わさぬ訳にはいかず。詰まる所、数日の内にて、マユリは浦原に呼び止められ、捕まってしまったのである。

それはつい先程の事。研究室にて、偶然二人きりとなった浦原とマユリ。話し掛けようと近づいた浦原は、警戒されているかようにマユリに距離を取られてしまったのだ。避けられている−そう直感した浦原の、普段の茫洋として温厚である筈の表の顔は消え失せ、抑えていた理性の箍が外れてしまった。

浦原はマユリの腕を掴み、引き歩き、倉庫の前にて足を止めた。研究室と隣接するこの物置は、普段から人の出入りが皆無であるのだ。浦原は物置へとマユリを押し入れると、内側よりガシャリと鍵を掛けた。
その後、折り畳まれた客用布団の上へと、マユリの薄い身体は、至極簡単に転がされた。仰向けに横たわったマユリの細い手首を掴んだ浦原は、逃さぬようにおもむろにその痩身の上へと跨がったのだ。
突然の事に茫然となったマユリであったが、直ぐに自分を取り戻すと、やがて激しく抵抗を始めたのだった。

「何を、するんだネ、ッ!?」

「それは此方の台詞っス!…マユリさん、この間から何か変ですよ。ボクのこと…避けてます?」

浦原の漆黒の瞳が、上からマユリに問うて来る。その一途さ、ひたむきさに、マユリは思わず顔を横へと背けてしまう。

「……。気のせいではないかネ?私は、別に…」

「誤摩化さないでください。ボクには判るんスよ。ボク、何かしましたか?貴方に嫌われ、避けられるような事。もし、そうなら言ってください。謝りますから、ッ…」

聞こえて来たのは、思いがけず弱気な浦原の声色。

−違う。浦原は何も悪く無い。何か変わったとすれば、それは私自身なのだ。私の心は変わってしまった。それ故、浦原…お前をまともに見る事が出来ぬのだ…−

やがて視線を戻し、浦原の顔へと目を遣るマユリ。浦原喜助−その容姿は、健康的で透けるような白い肌と、その頬にかかる柔らかな金色の髪を合わせ持つ。マユリだけを愛おしげに見詰める夜色の瞳は深く謎めいており、これまで幾度も囁かれたマユリへの愛の言葉を紡いだその唇は、端整で形良いものだ。
マユリは今、この目の前の浦原という男を、不思議と美しいと思うのであった。

−そうだ。私はあの時。鏡の中のお前に、恋…したのだ…−

恋愛感情。それはマユリには全くと言っていい程に無縁なモノであった。科学が、実験研究のみが、マユリに於ける全てであり、そこには何であろうと入り込む隙は無いように思えていた。
だが、三日前のあの時。小さな鏡に写り込んだ浦原の精悍な美しき肉体は、マユリの心を捉らえ、鷲掴みにし離さぬものであった。
マユリに湧いた心情。それは恋であり、欲情であったのだ。

それまで浦原の己に対する恋情を、理解出来ぬと無視し、切り捨てていたマユリにとってみれば、それは万死に値する程の恥辱でもあった。
天の邪鬼なマユリ。故に、マユリは素直になれぬ。

「マユリさん。貴方、ボクの気持ち…十分に知ってる筈っスよね?なのに、こんな…酷いっスよ。それともボクのこと、玩んでるんスか?」

応えを返さぬマユリに対し、やがて浦原は恨み言すら述べ出した。浦原もまたこれ迄の煮え切らぬマユリの態度と一向に進展せぬ間柄に、些か待ちくたびれ業を煮やしていたのだ。
マユリへとずい、と顔を近付ける浦原。それは、今にも唇が触れる距離であった。

「そんなことは、な…」

「否。玩んでるんスよ、貴方は。ボクが…マユリさんを…凄く…好き、だから…」

言いながら浦原の顔は更にマユリへと近付き、やがて顔を重ねて来た。
初めて触れたマユリの唇。そのやわさと儚さ、甘美さに浦原は陶然となった。貪るように唇を合わせ、じゅうぅと甘い唾液を強く吸い上げる。舌を差し入れ狭い咥内を掻き回し、その長い舌先をマユリの舌へと絡み付かせた。
ぬちゅっ、くちゅっと卑猥な音を発てる唾液を纏った舌先は、それだけが別のモノのように蠢いて。絖った粘膜をとろり、と絡ませると、互いの内に劣情とも言う可き淫靡な焔がともされていく。

「う、む、ッ…うう、っ」

浦原に唇を塞がれ、マユリはくぐもった声を発した。始めは浦原の胸を押し返すなどしていたマユリであったが、浦原からの卑猥な口づけを受け、やがてマユリは抵抗を止め脱力し、されるがままとなったのだった。

「はぁ、ッ…マユリさん…好き…」

長い口づけを終えた浦原は、直ぐにマユリの白い胸元へと舌を這わせ始めた。この時浦原は、抵抗せぬマユリを肯定的に受け止めたのである。
そう、もしかしたらマユリも自分の事を少なからず想ってくれているのではないか、と。

浦原はマユリの死覇装の合わせをぐい、と押し開き、そこにある小さな突起へと躊躇いもせずにむしゃぶりついた。マユリの身体は化粧を施しており白粉を塗られていたが、浦原にそのような事は何の支障すら無かった。
浦原はこの時、マユリが欲しくて欲しくて、堪らなかったのだ。

欲望のままに浦原は、マユリの小さな突起を吸い上げ、舌先で舐め回した。口に含みながら、ころころと舌で転がしもした。浦原が愛撫した先は白粉が取れ、ぬるぬると絖り光っていた。それをまた指で挟み、弄くり、摘みあげた。

「あ、あッ…や、イヤだヨォッ」

マユリは信じられなかった。愛撫される毎に唇から漏れ出る、鼻に掛かった己の甘い淫声。そしてマユリを組み敷き、その身体を余す所無く舐め、弄くり回している浦原が、である。

今迄浦原は告白だけで、マユリに対し手を出して来たりはしなかった。故に、このような事を浦原が望んでいたなどと、マユリは考えもしていなかったのだ。
行為は更に次の段階へと進もうとしていた。浦原がマユリを裸に剥こうと、死覇装の上を脱がそうしたのだ。胸元の合わせを開いた上、袖を引こうとした、その時−

「や、…止め給エ、ッ!」

思わず喉奥より声が走った。そうしてマユリは浦原の胸を、ぐっと力任せに押し遣ったのだった。

「マユリ、さ…?」

マユリから制された事に驚き、浦原は動きを止めて、その顔を上からまじまじと覗き込んだ。
見ると、マユリははだけた死覇装を胸の前にて掻き合わせ、小さく震えていたのである。マユリの赤く高揚した頬に伝う濡れたものがあった。
飴色の瞳から溢れ出る透明な液体。マユリはその目に涙を溜めていたのである。

「…−−ッ!?」

浦原は黙ってそれらを暫く、じいと見詰めていた。が、やがて手を延ばしマユリの着衣の乱れを整えたかと思うと、静かにマユリから身を離した。すっくと立ち上がった浦原。

「…浦原?」

「ハハッ。ボク勘違いしてたみたいっスね。すみません。ボク、貴方を傷付けてしまいました。その事に関しては、謝っても謝り足りない位です。でも、安心してください。もう二度とこんな事はしませんから。そして、貴方を追い掛ける事も、もう…」

浦原の声は小さく、神妙ですらあった。マユリはハッとなり浦原の顔を仰ぎ見たが、その表情は長い前髪に隠れて見えず。
やがて浦原は、未だ横になったままのマユリへと背を向け、出て行こうと倉庫の扉に手を掛けたのだった。

−違う。違うのだ。浦原、私は…−

背を向ける浦原に、言いたい事は沢山あった。伝えたい事も。だが、マユリはこの時、己の想いを言葉にする事が出来ずにいた。
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[其の参へ続く]
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