■小説2
□Darlin'×2 −最愛の男−
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題:「Darlin'×2 −最愛の男−」
[其の弐]
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此の日。とある意匠を凝らした絢爛豪華な温泉宿に、浦原は足を踏み入れた。
数奇屋風建築にて統一さられた本館。玄関近くの広間には石畳の土間と上がり框があり、非常に風情があり美しい。隅に置かれた土の匂いがしそうな花器と凛然と活けられた牡丹桜も、無理に主張をしておらず、心地良い空間を創り出している。当然ながら、女将や仲居も非常に愛想良く。「ペア」ご招待でありながら、当旅館へと一人訪れた浦原は、アッと言う間に自身の部屋の座敷へと通されてしまった。
部屋は、これまた一等場であった。角部屋であったが、眼前に望む風景は素晴らしく、少し小高い場所にて建てられた宿からは、川の流れや小滝が見えるのだ。横には手入れの行き届いた日本庭園があり、池には丸々と太った鯉が泳いでいる。景色だけでは無い。飾られた掛け軸や部屋自体も品良く感じられ、外へと面した叩きには、源泉掛け流しの桧の内風呂が設置されているのだった。
女将達を帰した後、浦原は、窓際に設置されている椅子へと腰を下ろした。
あの後、マユリからは何の連絡も来ず。故に、この温泉旅行をキャンセルしようとした浦原。それをテッサイが無理矢理引き止め、「折角だからゆっくりなさっては」と、浦原を一人送り出したのである。
本当であるなら、今この隣にはマユリが居る筈であった。それを思うと、どのような素晴らしい部屋、景観であろうとも、浦原の瞳は悲しく曇り、唇からは溜息が漏れ出てしまう。
浦原が想うは、マユリの事ばかりであった。
「空気を読め」と浦原に激昂したマユリ。未だ怒っているのか?そして、今頃マユリは何をしているのであろう。やはり研究に没頭しており、自分の事など既に忘れているのやもしれぬ、とすら思えて。
些かの切なさ、物悲しさも、心の内に湧きいで。浦原はじくじくとその胸の奥を痛くするのであった。
「失礼致します」
そんな折、襖向こうより、仲居の声がした。
「浦原様。お連れの方がお見えになりました」
此は一体どういう事か、と浦原は怪訝そうに、眉間に皺を寄せた。連れなどいない、何かの間違いでは、と浦原は椅子より身を乗り出した。その視線の先−入って来た仲居の背後に、ある人物の姿があった。
浦原の目に映りたるは、藍色の髪と飴色の瞳を合わせ持つ、白き肌の凄艶なる美しき男であった。白い衿の大きなシャツと黒いパンツといった、今時の現世の服装に身を包んではいるが。それは紛れも無く、先程まで浦原が想いを馳せていた、マユリの姿であったのだ。
「マユ、リ…さん。ど、どうして?」
仲居を下がらせ、マユリは浦原の前へと来ると、対面している椅子へと静かに座した。
「どうして…か。成る程。その言いようからすれば、あの男、今回の件、お前に何も言っていないようだネ」
「あの男?あの…マユリさん。話が全然見えないんスけど…」
「握菱鉄裁だヨ。元鬼道衆総帥−大鬼道長のネ。浦原、お前が私に連絡を寄越して来たあの日、私はお前を叱咤した。覚えているだろう?あの後、その握菱鉄裁から連絡が入ってネ。酷く憤慨した状態にて一喝された。『空気を読め』とはどういう事か、とネ。自分は「浦原喜助」という男を随分前から知っているが、この男程周りに気を遣う者はいない。事にお前の私に対しての献身は、傍から見ていても涙ぐましいものが有る、と。それから、お前がどれだけ我慢をし、私に気遣い、今酷い言葉を投げ掛けられて、どれ程に憔悴致しているかを懇々と諭されたのだヨ。まぁ、この私に説教などと片腹痛いとは思うがネ。普段大人しく寛容な男程、いざ自制がきかなくなると可様な行いに出るという、良い例であろうヨ。後学の為、随分と参考になった」
「…テッサイ、さんが?」
「フン。浦原、お前…中々いい仲間を持っているじゃあないカ」
下より浦原の顔を覗き込みながら、ニィと口角を上げて微笑うマユリ。
「このような理由にて、あの男から此処へ行く事を勧められた訳だが。何分、此の私が、局の作業を放っぽり出して外出するなどと。前代未聞の珍事であろうヨ。まぁ、今頃局員共も降って湧いた『連休』を愉しんでいるやもしれぬがネ」
「あ、じゃあ…」
「暫く此の場にて厄介になる事としよう。構わぬかネ?」
「ハイッ、それは、もうッ!!」
マユリからの思いも掛けぬ突然の訪問と、嬉しい言葉を貰った浦原。これからマユリと三日の間、ずっと一緒にいられる。その至上の喜びに、思わず声も裏返ってしまう程だ。
「しかし、些か疲れたヨ。ム、中々良い内風呂があるではないか。フム…では、風呂にでも入るとするかネ。どうかネ、浦原…お前も一緒に?」
唐突に、マユリから発せられた誘い文句に、浦原は、飲んでいた茶を今にも噴き出しそうになった。
「ブッ!グフッ…ゲホッ、グホッ…なッ…突然何言い出すんスかァッ!?マユリさん、アタシで遊んでるんスかッ?それとも、からかってるんスか?いい加減にしてくださいッ」
「駄目、なのか…ネ?」
冗談であろうかと思えたマユリのその言葉は、存外に本気のようである。と、眼前のマユリは小首を傾け、動揺する浦原を不思議そうに見遣るのだ。マユリのよくやる仕種であるのだが、浦原はこうしたマユリが堪らなく好きであり、どうにも愛おしく感じてしまう。
−ああ、マユリさん。そんな顔されたら、アタシ…我慢出来なくなっちゃうっスよォ…−
浦原はマユリに誘われるままに、着ていた仁平を脱ぎ、鍛えられた精悍なその裸身を晒す。そしてそのままゆっくりと湯に浸かる。
「マユリさんも。…来て、ください」
浦原に言われ、マユリもまた衣服を脱ぎ、一糸纏わぬ状態とした。
浦原の眼前にて余す所無く見せるのは、肌理の細やかな白磁の肌と、男としては心もとない華奢な裸体。確かに痩せぎすであるが、内より湧き出る艶を纏い、そこはかとなく妖しい色香が感じられる。
食い入るようにそれを見ている浦原。悩ましき眼前のマユリから、目を逸らせられぬのだ。
ドクンドクンと、浦原は身体の芯が熱く拍動するのを感じている。同性でありながら、マユリの身体は扇情的でいやらしい。浦原にとってマユリとは、確かに愛おしい恋人なれど、もう一方で非常に淫らで、抑える事の出来ぬ性愛の対象であろう事は、認めざるを得ない事実であったのだ。
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[其の参へ続く]