■小説2

□嘘つきと憂鬱男〜紫陽花恋情〜
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題:「嘘つきと憂鬱男〜紫陽花恋情〜」
  [其の弐]
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ちゃり…

マユリの薄い掌の中で小さく音を発てるのは、存外に愛らしい『根付け』であった。

『根付け』とは、黄楊、一位、黒檀等の硬い木や、象牙を用いた装飾品である。古くは印籠等、腰から下げた入れ物を繋ぎ留める為の物であるのだが。
実はこの『根付け』。此処数年、尸魂界では著しく人気が上がっており、殊に貴族などは高級な根付をこれみよがしに、その身分の象徴として身につける者も多かった。

今、マユリは自室に敷いた布団の中で横になったまま、この『根付け』を手にしていた。斬魄刀と共に枕元に置いていた、自身の薬入れ(とは体の良い言い訳で、中身は自身の開発した武器代わりの薬物である)の為の『根付け』がふと目に留まったのだった。

マユリは手を延ばしてソレを掴むと、右手の指にて摘み、その小さな装飾品を枕元の洋灯へと翳したのだった。
繊細に彫刻された逸品は、暖色の明かりの下にくっきりと芸術的な陰影を落とす。基本円形であるのだが、良く見ると細やかな花が折り重なるように彫られている。紫陽花、…だろうか。色は薄い紫色をしていた。

今より二年程前であったか。マユリが「蛆虫の巣」より出て、浦原と共に開発局創設に奮闘していた頃。

それは一番隊隊舎よりの隊首会の帰り道であった。浦原、ひよ里、マユリの三人は瀞霊廷にある商店の建ち並ぶ通りをそぞろ歩いていた。
一人先を行き、雑貨などを売る店を梯子するひよ里の後を、浦原とマユリは立ち歩いていた。奇しい漢方薬を売る店などにマユリが興味を見せて立ち止まると、横から浦原がひょいと顔を覗かせ、丁寧に説明してみせたりしている。
その様にして暫く進んだ頃であっただろうか。

ひよ里が入った雑貨屋にて、マユリは食い入るように何かを見詰めているようであった。浦原が後ろから覗いてみると小さな『根付け』をマユリが手に取る所であった。
繊細な細工は、恐らく名の知れた匠の品であろう。薄い紫色が、手に取ったマユリの麗しき白皙の貌にとてもよく似合っていた。

「ハァ…綺麗っスね」

浦原が思わず口から漏らしたその言葉に、マユリは驚いたように後ろを振り返った。

「あ、いや…その、『根付け』っスよ。マユリさん、随分気に入られたみたいだから」

「別に。そんな事は…」

そう言いながらその『根付け』を元在った場所へと返そうとするマユリ。その手から、浦原は手を延ばしてそれを受け取った。

「同じなの、二つ有るんスねぇ」

何やら思案するように、顎に手を当て暫くそれらを見ていた浦原。やがて二つ共その掌に収めると、浦原は何も言わずに店の奥へと入ったのだった。

暫くして再びマユリの前へと現れた浦原。その手には小さな包みがあった。

「はい。マユリさん」

マユリの手を取り、その掌へと包みを握らせた。訝しんだマユリが袋を開けて中を見ると、先程の紫色をした『根付け』が小箱に収められている。

「貰えぬヨ。こんな…」

その繊細な造りから『根付け』は恐らく高価な品である事に間違い無い。そう感じてマユリは浦原の胸へと、それを押し返したのだった。

「イヤァ、実はボクも此れ気に入りましてね。つい二つも買っちゃったんスよォ。だからボクもう既に一つ持ってるんで、返さなくてもいいっスよ。その『根付け』マユリさんに差し上げます。何時も開発局の為に随分と奔走されてるでしょ?ささやかですけど感謝の気持ちっスよ。あ、でもボクとお揃いになっちゃうんスけど…構わないっスか?」

「それは、…別に…」

「なら、良かった。その『根付け』もマユリさんに使って貰えるならきっと喜んでるっスよ。ねッ」

そう言うと浦原はマユリの手へと『根付け』の入った包みを再び握らせ、両手でそっと覆うようにするのだった。そして、瞬間頬を染めたマユリの貌を、浦原は下から愛おし気に、じい、と見詰めているのである。

「う、うらは…」

マユリが口を開き掛けた時である。

「あーッ!!それ何やッ!?喜助ェ、マユリの奴に今、何か買うてやったやろ?いかん、いかん!贔屓はイカンでぇ!大体お前マユリに甘過ぎやで!奢るならウチにも何か奢りぃや!」

どうやらひよ里に見付かってしまったらしく、浦原はバツが悪そうにそのやわい金髪をくしゃくしゃと掻くようにしたのだった。

「ああ、ハハッ。じゃあ今から何か食べに行きますかァ?甘味処でお団子でも…」

「団子ォ?ケチ臭い事言うなや、喜助ェ!どうせマユリにはええもん買うたったんやろ?ならウチかて…そうやなぁ、柘植の櫛にしよか!ウチ前から欲しかったんやァ」

「ひ、ひよ里サン。…ハァ…ボク、今月やっていけるっスかねぇ…」

どんよりと暗澹たる表情となる浦原を尻目に、ひよ里は嬉々として、既に店の商品へと目を遣っているようであった。

斯様にして。この小さな装飾品はマユリの物となったのであった。以来、薬入れと共に常に肌身離さず携帯している。

今思えば、あの時より浦原から寄せられる自身に向けた『恋情』に、マユリはそれとなく気付いていたのだった。気付いてはいたが、知らぬ振りをしていた。
それが浦原の為であろうとマユリには思えたからだ。同性間の恋愛感情など一時のもの。いつしか自然に時が解決していくものであるとマユリは考えていたのだった。

故に先日の浦原からの告白はマユリを驚愕させた。浦原のマユリへの想いは、純潔な、所謂「精神的な恋愛」であろうとずっと鷹を括っていたのだ。
マユリは自身の浅はかな考えを呪うのであった。否、実際呪いたいのはあの時の自分の態度である。浦原から自分が求められていると知り、驚いたマユリはつい『心と反対の事』を口走ってしまったのだから。

あの日から一週間となるが、浦原は変わらず腑抜けた状態が続いている。
それが儘ならぬ恋の病と知らぬ者が殆どであるのだから、困りもので。隊では妙な噂が立ち、心配する者も出て来ていた。このままでは浦原の隊長の座も危うい所であろうと思われ。
マユリは自身が招いた此のとんでもない状況に、頭を抱え込んでいたのである。

小さな紫の『根付け』を掌に忍ばせ、マユリは深く息を吐くと、がばりと頭上を布団で覆い尽くすのであった。
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[其の参へ続く]
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