拍手(過去)

□黒の恐怖
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コトコトと湯を沸かす音が微かに聞こえる。
その音に、トントンという軽快な音が重なる。秀麗が野菜を切っているのだろう。
隣の室から聞こえるそれらを耳にして、劉輝は幸せそうに微笑んだ。

「主上、顔が緩みっぱなしですよ」

「久しぶりの秀麗の手料理なのだ!これが緩まずにいられるか!」

ここは、紅 邵可邸。
いつものように夕飯に誘われた楸瑛と絳攸は、先客を見て目を丸くしたのだった。

「まさか、あなたがいるとは思いもしませんでしたよ」

絳攸が溜息を漏らす。

「ふふん、前もって邵可に夜這い状をしたためたからな。正々堂々と訪問させてもらった」

夜這い状で、正々堂々……?
まだ意味をはき違えているのか……。
更に深い溜息を漏らす絳攸に対して、楸瑛は笑いを堪えきれずに吹き出していた。

この時は、思いもしなかった。
この幸せな一時が、恐怖に包まれようとは……。





「ところで、静蘭は何処に行ったのだ?」

「買い出しに行きましたよ。調味料が切れていたとか……」

楸瑛が答えると、劉輝はつまらなそうに口を尖らせた。

「言ってくれれば、余も一緒に行ったのに!!静蘭と買い物〜」

「王が気軽にその辺をぶらぶらするんじゃない!」

絳攸の叱咤に、劉輝は更に口を尖らす。

「秀麗の家にいる時まで、絳攸に説……教……」

「……?」

突然、途切れた劉輝の言葉に、楸瑛と絳攸は訝しげに顔を見合わせた。

「主上?どうかしましたか?」

「どうした、何かあったか?」

「いや……今、何かが動いた気がして……」

「何か?何ですか、それ」

楸瑛は、室を見回したが、これといって何もない。

「何もいな――……」

「うわあぁぁ!!」

突然、楸瑛の声を遮り、絳攸が悲鳴を上げた。
絳攸が、楸瑛の裾を握る。反対の手で、壁を指さした。

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