09/05の日記

22:25
神様と光・おまけ
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神様との出会い

あれから10年後……





「この曲……」

昔懐かしい曲を耳にして、幼い頃の記憶が蘇る。
J.S.バッハ、シンフォニア第5番……神様と出会った時の曲。

「どうしたの?彩音」

難しい顔をして、手帳と睨めっこしていた百合が、顔を上げて聞いた。
いつもの如く、「今月も仕事がキツキツだ」と嘆いているところだった。

「アンコールの曲は、バッハのシンフォニアだったんだね。お義父さまと初めて会ったときのことを思い出して……」

「あぁ、この曲弾いてたんだ、黎深」

百合は柔和に微笑むと、手帳を閉じた。
楽屋のモニターには、舞台の様子が映し出されている。そのモニターから、美しいバッハは流れていた。

「それにしても、あの時は本当に吃驚したなぁ。チャリティーコンサートで集まった寄付金を寄付しに行ってさ、院長に挨拶して、さぁ帰ろうと思った途端、黎深が子供二人を養子にするって言い出すんだもん」

「おかげで、私はかわいい二児の母になれたけどね」と百合は可笑しそうに目を細めた。

「あの時……私、小さかったからあんまりよく覚えていないんだけど……ずっと不思議に思っていることがあって……」

「うん?」

「なんで、絳攸だけじゃなくて、私も引き取ることにしたのかな」

ずっと疑問に思っていた。
黎深と百合に引き取られて、絳攸とも一緒にいられて、私はとても幸せだけど……
本当は、養子になるのは絳攸だけでもよかったのではないか。

『この音の狂いが分かるか、面白い』

そう言って、口元に笑みを作った黎深。
黎深が興味があったのは、最初から絳攸だけだったのではないか。

黎深には、聞けなかった。
答えを聞くのが、怖かった。

自虐的な思考をする自分に、思わず苦笑が漏れる。
その顔を見られたくなくて、百合から顔を背けた。

「やっぱり、何でもない。変な事聞いてごめんなさい」

「……変な事じゃないわ」

背けた私の顔を戻すように、百合が頬を触った。
そして、優しく頭を撫でてくれる。

「黎深はね、あなたのことも気に入ったのよ。面白いって、ね」

「面白い……?私が……?」

「えぇ」

「……え、な、何が?あ、顔、とか?」

自分自身が面白味のない人間だと理解している私は、何が面白いのか理解できず、しどろもどろになりながら聞いた。
すると、百合は大きな目を更に大きくして、私の顔をまじまじと見た後、ぷっと吹き出した。

「あはは、何それ……ちょっと笑わせないで……」

百合は、苦しそうにお腹を抱え、盛大に笑っている。
本気で聞いたんだけどな……。

「自分で言っておきながら、顔を見てそんなに笑われるとショックなんですけど……」

「あはは、ごめんごめん。彩音の顔が面白かったんじゃなくてさ、発言が面白くて」

百合は、ひとしきり笑った後、お茶を一口飲んで話を続けた。

「かみさまのおと……黎深の音を、そう称したのは、あなた。そういうことよ」

いまいち百合の言いたいことが掴めず、首を傾げると、百合は優しく笑った。

「まぁ、それにしてもさぁ……神様の音って、言い過ぎな気がするんだよね、私は。百歩譲って音はそうでも、中身は悪魔のような男よ!?」

「誰が、何のようだって?」

いきなり降って沸いた声に、視線を移すと、楽屋の入り口に黎深が立っていた。
その後ろに、青い顔をした絳攸も立っている。

「あ、あら、黎深……リハーサルはもう終わったの?」

「あぁ、どこぞのマネージャーがぐうたらしている間にな」

二人の間に、ピリピリとした空気が流れる。

「あー、もう、なんでこんな男のマネージャーなんかやってるんだろう。性格悪いし、我儘しか言わないし、本当に辞めたい」

「ほう、辞めたところでお前なんぞが2000席のホールを満席にする演奏家のマネージャーになど、二度となれんがな」

「……今回満席になったのは、絳攸が特別出演するからじゃない?黎深のマネージャー辞めたら、絳攸のマネージャーにしてもらうもん」

「ちょっ、止めてください、百合さん!!火の粉をまき散らすのは!!」

二人の言い合いに巻き込まれた絳攸は、必死に頭(かぶり)を振る。
その様子に、私は思わず吹き出した。

「はいはい、もう止め!!絳攸が出演しない時でも、お義父さまの演奏会は毎回満席だし、お義母さま以外にお義父さまのマネージャーが務まる人はいないよ」

笑いながら仲裁に入ると、当の二人は「うっ」と押し黙った。
絳攸は、ほっとして胸を撫で下ろしている。

「本番まで、結構時間あるね。私、お腹空いちゃった。みんなで何か食べに行きたい」

「……そうね、じゃあ、食べに行こうか」

「うん!」





そして、日が落ちたら聴きに行こう。

2000席が満席のホールで

神様とその子供が奏でる

優美な音楽を……



Fin.



●あとがき
「神様と光」これで本当に完結です。
ちゃちゃっと簡潔に書こうと思っていたのに、予想外に長くなってしまった……

「神様と光・1」に出てくる院長先生のお客さまは百合さんなのでした。
10年前から黎深さまのマネージャーをやっている。
あの日は、チャリティーコンサートの寄付金を寄付しに行ったのでした。
そして帰り際に子供を二人連れた黎深さまを発見する……。

彩音も養子にした理由が曖昧になっていますが、それは本編でハッキリする、と思う(笑)

さて、息抜きしたし、本編を書こう!
でも、その前に拍手も新しい話に変えたい!
やりたいこといっぱい!

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