PrinceV

□好きと叫びたい
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学生の頃は早く大人になりたいと思っていた。自分でお金を稼いで好きなものに使って、大好きな人と一緒になる。もちろんその相手は…って。だけど現実は違っていた。




学生の頃、将来一緒になると思い描いていた相手は私の隣にいる彼とは別の人。彼とお付き合いしてもう長い。彼のことは好き。大切に思っている。良いところもたくさんあって悪いところもある。でもそれはお互い様でしょう?歩み寄って受け入れる。妥協だなんて悪い言葉は使わない。だってそれが大人でしょう?このままいけば結婚。それがきっと大人としての幸せ。




辛い時、疲れている時、彼が欲しい言葉をくれなくても気にしないフリをする。切なくなる事にも慣れた。それでも君だったら…と考えてしまうのは私の悪い癖。何年経っても直らない。直す気がないのかな。




「無理しないでって言ったよね?あんたは何で分からないわけ?」


わざとらしく溜息を吐きながらきっと君はそう言うんだろうな。それで私が困ったように笑って誤魔化す。そうしたら抱き締めてくれるかな。


記憶の中にしかいない君だったら、を考える。タラレバの話をしてもキリがない。そんなことは分かっている。それでも無性に君に会いたくなる。会って触れたくなる。でも会いたくない。会ったら心が揺れて今ある安定した幸せが消えてしまう。その恐怖に勝てるほどもう子供じゃないの。




だから泣きそうなくらい会いたいけど会いたくない。会わずにこのまま今の彼と結婚する。それがいちばんいい。




「綺麗になったね、名無しさん」


「…リョーマ」



彼との待ち合わせ場所に向かう途中、君に出会ってしまった。呪うのは運命か、神様か。はたまた悪魔なのか、君なのか。最早自分自身なのか。誰なのか分からない。時間が止まったように感じるのに心が揺れ動く。ああ、だから会いたくないと思っていたのに。



ん、っとあの頃のように差し出された手。君の行動は言葉がなくていつも突飛。それでも言葉がなくても差し出された手の意味を理解してしまうのは嬉しくて悲しい。

私がこれからどこに向かうとか今恋人がいるとか思わないのかな。この手を取ったら崩れる。頭では分かっている。分かっているけど、心がその手を掴みたいと叫ぶ。まるで世界の終わりのように。








好きと叫びたい
(ああ、手を掴んでしまった)




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