PrinceU

□ドルチェ
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中学生の頃からリョーマには振り回されっぱなしだけど、大人になっても何も変わらない。彼はあっという間にプロテニスプレイヤーになった。日本には帰ってくるがほとんど海外暮らしの生活。当然日本で普通に会社勤めの私と時間がすれ違う。







「連絡きてない…」



今日みたいな休日も携帯を何度見たってリョーマからの連絡はきていない。頭の中で思い浮かぶのは自然消滅という言葉。やっぱりそろそろ潮時かなと思う。青学にいたときはいくら彼がキラキラと輝いていて私が不釣り合いだって隣にいてくれた。でも今は不釣り合いどころから隣にすらいない。




きっと今までいい夢を見過ぎていたんだと思う。だからそろそろ現実を見ないと、なんて頭では分かっている。でもリョーマを忘れる?そんなことって出来るのかな。







「あ、」



家の中がしんっとなるのが嫌で何となく付けたテレビ。そこには日本に帰国してきたらしいリョーマがたくさんのメディアに囲まれていた。いくつかのテニスの大会で優勝してから彼の注目は一気に集まった。歩きながら記者からありきたりな質問と眩いフラッシュが飛び交う。リョーマは結構そういうのを無視するんだよね。だけど1人の記者の言葉に彼は立ち止まった。






「今何がしたいですか?」



彼がピタリと立ち止まった瞬間、その空気に呑まれるかのように記者の声もカメラのフラッシュも全て止まった。そして彼は口角を上げながら言った。






「これから大切な人に会いにいく」




この言葉で彼のファンは何人くらい気絶したんだろうな。凄まじい破壊力。やっぱりリョーマが好きだと思い知らされた。目の前に現れないくせに私の心を掴んで離さないなんて本当にずるい。






「…会いたいな」



私しかいない部屋で泣きそうな声で小さく呟く。しかしその声に被せるかのように玄関のチャイムが鳴った。私はいつの間にか目に溜まっていた涙を拭い、玄関の扉を開けた。







「久しぶり」



私は思わず扉を閉めたくなった。というよりも閉めようとした。だってまさかそんなことあるはずがない。だけど彼がその行動を読んでいたかのように足を挟んでいたから閉められない。






「久しぶりに会ったのにそんな態度はないと思うんだけど」


「だって…。本物だよね?」


「他に誰がいるの」




本物だ。この呆れたような話し方も全部本物。今私の目の前にリョーマがいる。





「さっきテレビ出てたよ」


「2時間前くらいにこっちに帰ってきたときのやつだよね。じゃあ質問されたの聞いたんだ」




今何がしたい?っていう質問だよね。珍しくリョーマが立ち止まって周りの空気が止まって…。






「これから大切な人に会いにいくって言ってた…」


「だから名無しさんのところに来たんだけど」



グイッと腕を引かれて私は玄関の外に出た。そしてバタンと扉が閉まる。私は見上げるほど背が高くなった彼の胸の中へ。フワリと香るリョーマの匂い。うん、すごく好き。大好き。






「名無しさんに聞いてほしいことがあってここに来た」


「何?」


「俺、これからしばらくはアメリカで暮らそうと思ってる」




それを聞いた瞬間にこのまま遠距離恋愛なのか、それともここで別れるのかどちらかだと思った。私は付き合っていたいけどリョーマのためを思うならここで身を引いた方がいいんだよね。だけどやっぱり嫌だ。






「ねぇ、人の話し聞いてる?」


「私、別れるのは嫌だよ。遠距離恋愛頑張るから…」




泣きそうというより泣いている。久しぶりにあったのにこんなぐしゃぐしゃな顔。リョーマがやっぱり聞いてなかったんだ、と溜め息を吐いた。







「俺は遠距離恋愛するの嫌なんだけど」





身体中から血が引くのが分かった。頭の中も目の前も真っ白になる。
あれ、呼吸ってどうやってするんだっけ。それでも呼吸していられるのはリョーマがゆっくり背中を叩いてくれるから。あれ、どこに力を入れて立つんだっけ。それでも立っているのはリョーマが抱きしめてくれているから。






「名無しさん、よく聞いて。あんたは俺と一緒にアメリカで暮らそう」



身体を離されてリョーマが私の左手を取った。そしてゆっくりと薬指に指輪が通った。そしてあの言葉。





「結婚しよう」


「はい…っ」



迷いなんてあるはずがない。きっと私は心の奥でこの言葉を待ち望んでいた。





そしてリョーマの唇が私の唇と重なる。久しぶりのキスは甘くて熱くて幸せで涙が出る。名残惜しくもゆっくりと離れた。







「じゃあ行こうか」


「え、どこに?」



あっち、とリョーマが指を差した。その方向にはたくさんの人とカメラの数。…全然気がつかなかった。そもそもここが外だということ自体忘れていた。






「まさか、あっちに行って話すの?」


「当たり前じゃん。世界中に知らせないと。それに親や青学の先輩たちに言う手間が省けるし。あ、あんたの両親にはちゃんと言いに行くけど」



記者からの質問には受けないのにこんなときばっかり調子がいい。さすが越前リョーマだと思う。






「私、涙で顔がぐちゃぐちゃなんだけど」


「じゃあ顔が見えないようにずっとキスしていようか?」


「遠慮しておきます」




ああ、もうここまで来たら行くしかない。だってこれからはずっとだろうから。






「じゃあ行くよ」



リョーマはもう一度キスを落としてから私の手を取って歩き始めた。







ドルチェ
(甘美に、優しく)




-END-




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