AliceU
□口付けより、愛を
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「棗、抱きしめて…」
我ながら、いきなり何を言っているんだろうって思う。恋人でもないくせに。もっと言えば、棗には蜜柑がいる。
棗は、え?と言う顔を一瞬見せたが、何も言わずに抱き締めてくれた。本当に棗は優しい。
「何かあったのか?」
『何にもないよ。ただ抱き締めて欲しかっただけ』
ただ理由をつけるとするなら、急に寂しくなったってところかな。誰でもよかった訳じゃない。棗がいい。そんなこと言えないけど。
『ごめん…』
何だか急に我に帰ったように申し訳なくなって、彼の腕から離れようとした。だけど離れられない。寧ろ抱き締める力が強くなっている気がする。
『棗…?』
「キスしろよ」
えっと、急に言っているんだろう、この人は。しかも命令形だし。
『蜜柑がいるじゃん』
抱き締めてもらっておいて何だが、私の言っていることは間違っていない。
「いいから」
『いや、よくないって』
だから離して、と今度は力づくで腕の中から出ようとするが、棗は卑怯だ。耳元で名無しさん、と名前を囁かれたら誰だって落ちる。その隙をつかれて、もう一度腕の中へ。
「名無しさん」
名前を呼ばれて、彼の顔を見上げれば悲しい口付けが降りて来た。それは皮肉にも甘くて激しくて熱くて。それでもやっぱり悲しかった。
口付けより、愛を
(私にください)
(そんなこと叶わないけど)
-END-
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