novel(百神)

□ブログ連載詰め合わせ
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「……少し落ち着いたら?」
揶揄するような弁財天の言葉に、大黒天はただ、ん、と小さく相槌を打つ。全くもって心はここにあらずといったふうだ。
いつもは無駄に余裕綽々の彼にしては珍しいものだと、彼女は苦笑する。
無理もない、今日は人間のいうところのばれんたいん。秘めたる思いを抱く乙女が、贈り物に思いを託して相手に心を伝える日である。
福の神々である彼らには一見無縁の行事に見えるが、今はちょっとした事情があった。
正体の知れぬ存在により封じられた彼らを救った、解放者と呼ばれる人間の少女がいる。大黒天はこの少女をいたく気に入ったらしく、いつぞやは離れたら許さんとまで言ってしまったとか。執着にもほどがある。
つまりは彼は今、解放者の来訪を、ばれんたいんの贈り物を貰えるかどうかを待ちわびているわけである。
いつもは陽のあがるまで寝所に引きこもっているくせに、今日に限っては日の出よりも早く床から這い出し、清掃を口実に社の門に出向く有り様。
ようやく戻って役目を始めたはいいが、書に墨はこぼすわ、単純な間違いは繰り返すわと散々である。
どこの子供かしらね……半ば呆れながらも、密かに微笑ましい思いに浸る弁財天である。
悪い兆候とは思わない。他人をあまり近づけたがらない彼が、誰かを気にするようになるのは良いことだ。
これで貰えなかったら、私が今夜は酒盛りにでも誘ってやろうかしらと内心思っていた矢先。
ちょろりと小さな白い鼠が一匹、彼女の肩に駆け上がった。
大黒天の御使いであるそれが、主でなしにこちらに来るなんてと思ったが、直ぐにその理由は判明した。
もう一匹がどうやら先ほどから彼の足元にうろちょろしてたようだが、全く気づいて貰えていないようなのだ。
「あー……」
彼女はくすり笑い、白鼠の鼻先をつつく。
「あいつは今は使い物にならないわね。それで?どうしたの。お客様かしら」
その言葉にほっとしたように頷く白鼠。
やれやれ、どうやら待ち人が来たようだ。
白鼠を肩に乗せたまま、弁財天は玄関へ向かった。



いつもながら広い社屋である……本殿へ続く道を辿りながら、解放者は嘆息する。ふわりと白いものが広がった。
先日の積雪の名残が残る庭園には、名前の知らぬ鳥が一心不乱に地をつついている。
さすがに如月の時分とあり全体にうら淋しいが、ふと柔らかい梅花の色彩がこぼれているのを見ているとほっとする。春はもう直ぐのようだ。
さくりと砂利を踏みしめ、解放者は足を早める。
今日はとても特別な日。あの方に贈り物をする、とっておきの日。
日本古来の神にその風習はないようだが、彼女について旅をするうち、彼も幾らか知識を得たようだ。前の守護神交代時に、期待しているぞと悪戯に囁かれた。
早く行かないとと、軽く深呼吸した時だった。
「あ、解放者じゃない」
朗らかな声と共に、ふわんと大きな尾を持った少女が現れた。
その手にある細い枝に、何故彼女がこの辺境にいるかを理解する。
「梅を頂きに参られたのですか、オオゲツヒメ様」
「うんっ」
梅よりも向日葵を思わせる笑顔で、オオゲツヒメと呼ばれた少女は頷く。
「イナリと来たんだよ。今度日本神社で祭礼あるんだけどね、あっちよりこっちの梅の方がいいから分けて貰いに来たの。他のみんなも来てるんだよ」
ぴょんぴょんと跳ねながら話す彼女だが、ふとひょこんと小首を傾げた。
「ねえ、なんか甘いもの持っていない?すごくいい香りする」
「あ……ああ、大黒天様に差し上げたくて、チョコレートを持ってきたんです」
言って、解放者は手にしている包みを軽く振ってみせる。
「チョコレート?」
「はい。西洋のお菓子です。甘いものがお好きと伺いましたから」
敢えて本来の目的をぼかして、曖昧に解放者は言った。
だが、それがいけなかったようだ。
「じゃあ、ヒメも欲しいな」
「え……」
少しばかり解放者は迷った。
確かにチョコレートは多めにある。大黒天と共にある弁財天への挨拶用もあったし、小さな御使いへの差し入れ分だって。
でも……
「駄目?」
目を潤ませるオオゲツヒメ。
仕方ない、一つくらいなら大丈夫だろう。
「判りました、どうぞ」
にこりと包みを開いた解放者に、ぱあっと彼女は顔を輝かせた。
そして振り返ると、大きな声で庭園に呼びかけた。
「みんな、解放者がお菓子くれるって!」
今度こそ解放者は固まった。
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