格納庫

□零の翼3
1ページ/2ページ

「今日は3分遅刻だな」

「お前の腹時計かよ…」

どこにも時計は無いはず…と流川は辺りを見回して少し呆れ気味に桜木を見た。そんな流川を桜木は先程のような射るような眼差しではなく、今は微笑みさえ浮かべている。流川はやっと暗闇から浮上したように感じた。だが毎日この浜辺に来るようになって思う事がある。以前の桜木なら考えてる事、思う事、行動する事など何時も喜怒哀楽が見事で捉える事が容易かった筈なのに、今はそれが叶わない。どこか儚げでつかみ所が無い。これが心の距離なのだろう。バスケットの距離はまだまだあるのに、同じくらい幼い精神は激闘後の桜木は一足先に流川を交わして大人の領域に踏み入れてるかのようだった。毎日桜木の元を訪れ、かけたい言葉や聞きたい事があるのに出来なかった。元からの話ベタや流川自身の性格がそうさせてる訳なく、桜木の無言の瞳が流川の決意の言葉を封印していた。

『今日こそは…』

言えるだろうか、この瞬間流川に見せる微笑を見下ろし、競り上がる言葉を吐き出そうとした。

「桜…」

「流川!」

吐き出そうとした声は桜木の少し荒々しい自分を名を呼ぶ声に消された。 鋭く鋭利な色素の薄い瞳は再び柔らかな眼差しに変わる。自分を見上げる桜木を動じる事なく見下ろす。予測はできた。あの日から掴めない桜木を初めて掴める距離に来た。桜木は膝を抱えていた腕を後ろに突き、大きく脚を開いて、目を閉じながら見上げると流川に告げた。

「流川…、もう帰れ。そしてもう来るな…」

海風が流川の前髪をサラリと通り抜ける。

「帰らねぇ」

何時もなら言葉と力技の応酬だろうが桜木も流川の返答が解っていたのだろう。諦めたように顎をクイッと向けて座れと促した。流川も素直に従い砂浜に腰を落とし両膝に両腕を預ける。やっと波の音が耳に届き、海の匂いが鼻を擽る余裕が現れた。左隣にいる花道をチラリと見ると珍しく白い半袖のパーカーを羽織って、はだけた胸元から覗く肌は屋外に出る事が出来なかった事実を物語るように日焼けは鳴りを潜めていた。桜木は向風に挑むように流川の方に顔を向けた。

『綺麗だ…』

流川の感情が臨界点に達しそうだった。溶けだし爆発しそうな衝動のままに流川は右手を桜木の頬に手を伸ばそうとする。しかしまた桜木は寸でで遮る。手首を捕まれて繰り返し流川を拒否する言葉を吐く。

「日常に帰れよ。これがお前の日常か?」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ