D.Gray-man長編
□第5夜 咎落ち
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「スーマン…?」
その人間に見覚えがあるのだろうか…。リナリーがボソッと呟く。
同時に過去の記憶が甦ってきた。
−−マタ 咎落チダ−−
「あ…っ」
そう言った男の顔はぼやけてよく思い出せないが言葉だけはしっかりと頭に焼き付いている。
その言葉が再度繰り返されるとリナリーは突然、悲鳴を上げた。
「きゃぁあぁあああああ」
リナリーは両手で耳を塞ぎながら膝を地につき、崩れるように倒れこんでしまった。
『咎落ちっ…』
使徒のなりそこない、皆消えればいい
「ぁぁぁあああぁああぁ」
「リナリー!?どうしたんです、リナリー!?」
二人はこんなに取り乱す彼女を見たことがない。
アレンがリナリーを落ち着かせるために抱きしめるとリナリーの悲鳴がピタリと止まった。
「咎落ち…」
「!?」
『(さっきのは…何?また声が聞こえた…一体だれの声)』
リナリーがポツリと呟いた。
「し、使徒の…なり…そこない」
リナリーの中の記憶が鮮明に甦った。
彼女が幼い頃、教団でたまたま見てしまった残酷な実験…−−
薄暗い部屋で四人の男に囲まれて座る、当時の自分と同じ歳ほどの窶れた男の子。
彼はエクソシストではない。エクソシストの血縁者として教団に迎えられた。
エクソシストをつくる…実験体のために。
ほらね。やっぱり人間ってこんな生き物なんだ
実に馬鹿げてる
何が使徒だ。
無理矢理ならせやがって
なりたいんならお前がなればいいのに
リンはそんなことを思っていた
そう、リナリーが昔見た男の子と今、目の前にいるスーマンの姿は酷似している。
いや、むしろ全く同じだ。
リナリーの話にアレンは目を見開いた。
冷や汗が頬を伝う。
「咎落ちっていうのは…イノセンスとのシンクロ率が0以下の人間…『不適合者』が無理にイノセンスとシンクロしようとすると起こるものなの…
“咎”は使徒でない者が神に同調(シンクロ)しようとする罪なんだって…」
リナリーは顔を覆っていた手を外し、アレンの服を掴んだ。
「今はもう禁止…されてるけど…教団で行われてた実験を見たことがあるの。
エクソシストをつくる実験…だからあの姿は知ってる」
三人はスーマンであろう巨大なものに目を向き直す。
「でもどうして?スーマンは適合者なのにどうして咎落ちに?」
そう、リナリーには最大の疑問があった。
リナリーが知る限り、咎落ちは不適合者が無理にシンクロを試みた場合のみ起こる現象のはずだ。
スーマンはしっかりとイノセンスに適合し、エクソシストとして戦っていた。
咎落ちになるはずがないのだ。
「彼に何があったの…?」
咎落ちを初めて知ったアレンにリナリーの問い掛けの答えは分かるはずもない。
−−許サナイ
変わり果てたスーマンの中で何かの声が響く。
逃ゲルコトハ 許サナイ…−−
それに反応するかのように心音がドクンっと強く鳴り響いた。
ソカロ元帥護衛部隊 スーマン・ダーク
黒の教団入団歴五年
インド アグラ地区において襲撃に遭う
この戦闘によりカザーナ・リドとチャーカー・ラボンが死亡
彼の消息は以後不明…−−
これがリナリーの知る、スーマンの情報。
「スーマン!!!」
涙ぐみながらリナリーが叫ぶ声もスーマンには届いていない。
スーマンであった巨大なものは空中で円を描くように一回転するとその体からドーム型にエネルギーを放出した。
そのエネルギーは空を割り、幅広く山塊や植物を巻き込みながら一瞬で大量のアクマを消し去った。
そう近い距離にいるわけでもないリン達のところまでエネルギーがビリビリと伝わってくる。
そしてその膨大なエネルギーは放出と共に爆風を巻き起こした。
アレンは鋭く開いた目で空を見上げる。
燃え上がる火柱の中で咎落ちになったスーマンの姿はしっかりとそこにあった。
周囲からアクマの大群は消えている。
「あの数のアクマを一瞬で消し去った…………!!」
アレンが思わず絶句するのをよそに巨大なものは変わらず、咆哮をあげている。
遠く離れた海岸の方ではラビ達が船の上でアクマと激闘を繰り広げていた。
炎が燃え盛る帆柱の上で息を切らせながらラビは槌を振るう。
もう何十体も破壊したがまだまだアクマは湧いて出てくる。
「何がどうなってんさ ったく…ハァッ」
ふと山の方に目をやると異様な光景が飛び込んで来た。
「あっちの空、なんて紅いんさ…!?」
まだ朝には程遠い真夜中…。
こっちの空は深く暗い色をしているのに対し、まるで“逢魔が時”を思わすように山の方の空だけが気味が悪いほど紅く染まっている。
その方向はリンたちがいる場所の方だ。
「リナリー!リン!伏せて!!」
白く巨大なものは見境いなしに破壊を始めていた。
飛んできた岩石をギリギリで避けたが、このままでは被害が拡大するばかりだ。
「リナリー…」
力無く座ったままのリナリーに声を掛ける。
「助けなきゃ…」
リナリーがポツリと呟いた。
「スーマンを助けなきゃ」
リナリーの瞳から溢れていた涙が流れた。
「教団で見た、あの実験のことをどれだけヘブラスカに聞いても何も話してくれなかった
咎落ちになったあの子がどうなったのか私は知らない…」
リナリーの手は小さく震えている。
「何も知らないの…」
リナリーの震えと涙が物語っている。
「スーマンを助けに行こう」
心に決めた決意を言葉にし、リナリーを見つめた
『なんでそこまでして助けたいの?』
あり得ない発言だった
「え?・・・リン?」
『どうしてそこまでしてスーマンを助けるの?』
助けなくてもいいじゃん
『もうっ、いっそのこと楽にしてあげなよ』
誰よりもあの痛みはわかっている
『スーマンも死にたいんだよ』
あぁ…きっとこれで軽蔑されるな
「リン…貴方に何があったかはわかりませんが、僕は言いましたよね?救える命があるなら救いたい。貴方はアレンならなれるよ。なってみせてよって言った。」
『だから何?』
「だから…リン。一人でかかえこまないでください。僕もリナリーも居るじゃないですか?」
マリと神田も居るんだから頼りなさい?
そうやって私の心を見ないでっ
「リン?貴方も私たちの仲間よ、だからスーマンも助けたいの。仲間だから」
仲間?もうどうだってもいいや。
『そうだね!』
仮の笑顔をまた借りて、仮の声もまた借りる
私の本性は見破れない。
たとえユウでも見破ったことがない
笑って流せばいい
面倒事はメンドクサイ
大嫌いな私。今は耐えて…