BLEACH短編
□もう遅いですか
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「ねぇ、湧…。」
『ん?…なに?』
顔も向けずに生返事する湧は難しそうな顔で生物の教科書を見ている。
「湧のばーか。」
『んー。』
久しぶりに一角がどこかへ消えた土曜日の午後。
いつもは僕たち2人が騒いでいる隣で湧は静かに勉強している。
「ねぇ湧。」
『んー。』
「恋次のこと好き?」
『んー。』
完全に聞いてない。
染色体地図の問題を解いているらしい。
遺伝関連の問題はみんなが思ってるより簡単だと思うと彼女は言っていた。
「修兵のこと好き?」
『んー。』
「イヅルは?」
『んー。』
もはや答えにもなっていない。
でも今のところ嘘はついていない。
だって湧は恋次とも修兵ともイヅルともとっても仲が良いし。
「…一角のこと好き?」
我ながら胸が痛くなる質問だ。
『んー。』
みんなと同じ反応をする湧に少しほっとする。
「じゃあ…京楽さんのこと好き?」
『んー。』
ここまで聞いてない人間も凄いと思う。
物凄い勢いでルーズリーフにガリガリとシャーペンで文字を刻み込む湧はまるでテスト前のイヅルが乗り移ったかのよう。
「雛森くんのこと好き?」
『んー。』
この辺に住んでる子はみんな仲が良い。
でも特に湧は一角と僕と同じ年だから小さい頃からずっと一緒に自転車に乗って追いかけっこをしたり、イタズラをしたり、いつも三人で色んなことをしてきた。
だから湧を特別だと思った時にはもう、僕たちは男女の仲なんて完璧に意識しない関係が出来上がっていた。
僕にはそれを変えることが出来ない。
一角はどう思っているのだろう。
いつも無造作に後ろで束ねていた髪の毛を、綺麗に結いあげた日の湧を。
いつも少しカサカサした唇を、ピンクのルージュで彩った日の湧を。
一角はどう思っているのだろう。
少なくとも僕は、今真っ白なワンピースの裾からのびる同じくらい真っ白な足にキスを送りたい。
なんの色もない真っ白な肌をピンクのチークで彩りたい。
流れるような艶やかな黒髪を誰の目にも映らないように閉じ込めてしまいたい。
「ねぇ湧?」
『んー?』
君はこの先に僕が言いたい本当の言葉を知らないだろう。
もしかしたら知らないまま人生が終わってしまうのかもしれないね。
「ねぇ…。」
掠れた声は湧の耳にすら入らずに、空中で溶けて、なくなって。
僕はどうしたらいい?
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