脱出番外編

□新しい歌を歌おう
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ピンポンとインターホンが鳴り、モニターをチェックすると明るい笑顔で手を振ったのは高尾和成だった。


なんでテメェが俺の家知ってやがる。

まあこいつならいいだろうとエントランスの鍵を開けてやった。

暫くして部屋のインターホンが鳴り、ドアを開けた。


「おじゃましまーす。」
「花宮元気やったかー。」

声を聞いた瞬間、俺は足でドアをすごい勢いで閉めた。

「ちょ、花宮さん危ないって!」

外で爆笑している高尾を今すぐに睨みたい。

あいつ、今吉のこと隠しやがった。

よく確認せずに侵入を許した自分も自分だ。

「まあ開けてくれへんくてもいいで。」

今吉の余裕そうな声が腹立つ。

「蘭乃ちゃんはワシが預かった。」
「いや、あんた今そこにいるだろーが。」

ツッコミどころ満載な今吉の言葉に思わずドアを開けてしまう。

「よぉ花宮。」

ニヤニヤ笑う妖怪の顔。

くそ、殴り飛ばしてぇ。

「今から一時間以内に誠凛高校の体育館来な蘭乃ちゃんはワシのもんや。」
「同意がないのに今吉さんのものにはならないと思いますが。」
「じゃあワシがむりやりちゅーでも何でもするやん?」

いや、俺に代案を提示してくんなよ。

「とにかくそういうことやから。分かったな?」
「センター試験前なんですけど。」
「蘭乃ちゃんが遅れた分はワシが叩き込んだるから安心せぇ。お前はいけるやろ。助けたかったら来るんや。」


助けたかったら、なんて言うくせに高尾はニヤニヤしているしきっと放っておいても大丈夫だ。

それに本当に今吉が無理矢理キスするとは思えない。

だがまあ気分転換くらいにはなるだろう。

ちょっと行ってやれば…。

「ほな、バスケできる格好でな〜。」
「待ってますね!」


「はぁぁ?!」


手を振りながら二人は颯爽と帰っていった。






「なんや、来たんかいな。バッシュも持っとるやん偉いな。」

誠凛高校の門の前には今吉が立っていた。

「来たんだから湧を出してください。」
「しゃあない。じゃあワシは先に行ってるわ。」
「おい、どこ行くん…。」

校門の影から湧が飛び出してきた。

その格好を見て俺は思わず黙り込む。

『あれ、変かな?』

傾げた首と一緒に揺れるポニーテール。

手にはシューズ。

上はトレーナーだが、下は男子でいうボクサーパンツと変わらないレベルの短さだ。

膝にサポーターをしているから若干露出は抑えられているものの、短い。

バレーのユニってのはみんなこうなんだが。

太ももの柔らかそうな部分を思わず見てしまうのは仕方のないことだろう。

「久しぶり…でもないな。」
『そうだね。年末に勉強したよね。』

確かにあの時少し様子がおかしかった。

『バレーしたいなって言ったら、和成がセッティングしてくれたの。』
「だからってこんな寒い冬にそんなに足を出すな。」
『和成が着ろってうるさくて。あれ、バレーするのはいいの?』

湧は目を見開く。

「あぁ、するんだろ。行くぞ。」
『勉強は?』
「俺を誰だと思ってるんだ。」

正直センターの勉強なんか今更することねぇよ。



湧について誠凛の中を歩く。

門までは迎えに来たことが何回かあるが、中に入ったことはない。

体育館の中に入ると何人もの声がした。

『脱出メンバーだよ。』

湧は嬉しそうにそう言って鉄の扉を開けた。

脱出メンバーってどんなネーミングだよ。


「あ、花宮さん!!」
「クソ、花宮来たのかよ。」
「花宮じゃん!」
「マジかよ。」

歓迎されてるのかされていないのか。

扉を開けるとそこには確かに脱出ゲームに巻き込まれたやつらが。

誠凛から黒子、火神、小金井、水戸部、伊月、日向、相田…と犬がいるな。

秀徳から高尾、緑間、宮地。

海常から黄瀬、森山。

桐皇から今吉、青峰。

それから原もいる。しかもこいつ、結構馴染んでいやがる。

正月明けとは言えやはり受験や練習に忙しくこっちに帰ってきていないのか、陽泉や洛山のやつはいない。

よくもまあこんだけ受験を控えた三年ばっかり集めてきたもんだな。

つーか木吉以外の関東圏の高校のやつら全員来てんじゃねーか。


「で、バスケって言われて来たんだが。」

体育館の片面に用意されているのはバレーコート。

今は小金井と水戸部の手によって最後のネットの調整が行われているところだ。

「今日はこっちでバレーもしまーす!」

高尾が元気よく手を挙げながら答えた。

「青峰と火神は1on1やるらしいからそれ以外でバレーやりたい人こっちね!」
「はーい!俺バレーやりたいっス!」

大盛り上がりの黄瀬と高尾がハイタッチしている。

それに比べてあんなにバレーをしたがっていた湧は静かだ。

「バレーやりたいんじゃねぇのかよ。」
『あ、うんやりたいよ!まあ男の子相手だから私何もできないかもしれないけど。』

そう言いながらニッと笑って高尾の元へと走っていく湧。

色々と思うところはあるんだろ。

意外と繊細なところもある。

「バレーしたいの他には?!」
「俺もやるー!」
「ワシもうバスケしんどい。」
「俺もこっちー。」

手が挙がったのは小金井、今吉、宮地、伊月、原。

ここに高尾と黄瀬であと四人必要だ。

「俺もやる。」

まあ楽しめそうだと俺も手を挙げた。

「真ちゃんは?」
「やってやってもいいのだよ。」

あと二人。

『黒子くんはバスケ行くの?』
「いえ、バレーしてみたいです。」

あと一人。

「水戸部に譲られたしここはありがたく。」

森山さんが手を挙げてこれで12人で決まりだ。

「じゃあ審判させてもらうわね。ほら、2号もこっちよ!水戸部と日向にはラインズマンしてもらうわ。」

日向は風邪気味なのか予防なのかマスク姿だ。

「チーム分けは…。」
『待ってそれはリコ一緒に考えようっ!』

突然叫んだ湧の迫力に相田は驚きながら頷く。

犬が嬉しそうに吠えた。







**







「じゃあ試合開始!」

相田の声が響く。

「いいか。なんとしてもボール取って、なるべく高尾に上げる、それから黒子以外スパイクは左手で!」

宮地さんが後ろから喝を入れてくる。

向こうのコートでは湧が…あいつマジかよ。全員に別々の動きを指示してやがる。

振り返って細く鋭い息を吐いたその顔に見惚れた。

高尾が集中した湧の顔を見てヒュッと口笛を鳴らす。

こいつもたいがい湧のことが好きだ。



俺のチームは高尾がセッター役で宮地さん、緑間、黒子、森山さん。

湧のチームはセッターはもちろん湧で伊月、今吉、黄瀬、原、小金井。

食い気味に相田に飛びついていた湧だが、自分のチームに黄瀬を入れろということ以外は何も言っていなかった。

確かに、黄瀬がこっちだとすぐに湧のプレーをコピーしてセッターとして上手く立ち回るだろう。



湧の心底嫌がりそうなことだ。





向こうのサーブからスタート。

「いっくよー!」

小金井がえいっと言いながらサーブを…サーブは利き手打ちが認められている…打った。


「え?え?俺?!」

意外とコートは広くて、中途半端なところに飛んできたボールを森山さんが戸惑いながらもレシーブ。

ボールはそのまま向こうのコートに返ってしまう。

『原!』
「オーラーイッ!」
『黄瀬くんいくよ。』

湧の的確な指示で原が落ち着いてレシーブ。

憎らしくも綺麗に湧の真上に返ったボール。

指名された黄瀬が真剣な顔で助走の準備。

さすがセッターがしっかりしていると形になる。これは厳しい戦いになるだろうな。

湧が軽くジャンプした。

へぇ、ジャンプトスすんのか。

綺麗な姿勢に思わず見惚れそうに……




トンッ



「は…?!」



俺の横をボールが落下していった。


体が動かなかった。


「えええええ?!?!」

目標を失った黄瀬がでかい悲鳴をあげながら着地した。

『え、喜んでよ…あははは。』

湧が若干の引きつった笑いを浮かべる。

こいつ、わざわざ黄瀬の名前呼んでトスを上げると見せかけてツーアタックかましてきたのかよ…!

「はぁーーー?!?!」

宮地さんが叫んで、体育館が騒然とする。

原は爆笑しながら湧を抱きしめているし、今吉もいい笑顔で湧の頭を乱暴に撫でている。

「まあ仕方ない花宮。今のは取れねぇな。」

なぜかフォローを入れてきた宮地さんにてきとうに返事をしながら湧を眺める。

初めて見る湧のプレーに期待していたが、まさかここまで大胆に出し抜かれるとは。

「…わはっ。一本目から仕掛けてくるとは。」

高尾がどこか嬉しそうに、しみじみとそう呟いた。

「ん?」
「湧は良くも悪くもめちゃくちゃ強気っすよ。基本的にはね。」

確かに今のはどちらかというと賢明な判断ではなかった。

今のプレーで俺の脳内に自分のプレースタイルに関するデータが増えることを湧は予測できたはずだ。

大人しく全員に打たせて和やかに始め、試合の真ん中あたりにツーアタックを入れる方がより効果的だった。

しかも体制の整っていない序盤、普通に打たせるだけでも点が見込めた筈。

だがそれでも、1点目は自分が取りたかったのだろう。

頭が良く冷静で、物怖じしない彼女のような人間はセッターに向いている。

だが同じくらいあの勝ち気さはセッターには向いていない。

自分が1点目を取りたい、なんてやつは普通セッターにはいないだろ。

それはエースの仕事だ。




だが失策に近いと分かっていながらもやるほどに意味があるのだ。

「一般的にベストな選択でなくても"湧が1点目を取ったことは湧に取ってはベスト"なんだな。」
「そういうことっす。」



なんだ、お前、俺とそんなに変わんねぇな。



「いやぁ、無理して誠凛の体育館借りた甲斐があった!」

そう言った高尾の良い笑顔を見て、こいつが湧と俺が付き合うことを快く受け入れた訳をなんとなく理解した。







試合は順調に進む。

こっちのチームも荒削りながらも良い形が作れてきた。

高尾のセッターもなかなか上手く、打つ方も苦し紛れながらもあまり高くないネットのおかげでなんとか踏ん張っている。

「やはりサーブを上手くレシーブ出来るかどうかがポイントなのだよ。」

緑間がレシーブの型を確かめながらそう指摘したが正しくその通りだ。

上手くボールが上がらないとそのあとに繋げられない。

俺がいくら湧が次どこにあげるかを予測したとしても、俺らのレベルじゃほとんど意味がない。

蜘蛛の糸は技術があるからこそ獲物を絡め取れる。


向こうはすでに黄瀬がブロックできるッス!とスパイカーの前に立ちはだかり始めた。

しかも湧は黄瀬や原にバックアタックを打たせてみたりと、素人相手にしてはかなり挑戦的な攻撃を組んできている。

黄瀬のバックアタックが綺麗に決まった時、湧は喜びを通り越して呆然としていた。

初めてのバックアタックだったらしい。


このまま行くと確実に負けるだろう。


「次はサーブが湧だからそんなに強くないだろ。この機会にちゃんと取るぞ高尾。」
「いやぁ…どうでしょうね…。」

宮地さんに対して歯切れの悪い高尾の返事。

「サーブそんなに強いのか?」

さっきから湧が打つ場面がなかったから力量が分からねぇ。高尾はなんなんだよ、言いたいことははっきり言え。

「取り敢えず一本打ってもらいましょう。」

黒子が真剣な目をしている。

なんだよ。あれか?

まさかフローターサーブとかいう曲がったりするサーブか?

警戒しながらも待ち構える。

『行くよ…。』

左手でボールを持った湧が息を吐いた。

そして高々とボールを放り上げた。

「ジャンプサーブかよ!」

森山さんが叫ぶ。

さっきからちょっと上にボールをあげて軽く飛ぶやつはいたが、こんなに本格的なジャンプサーブはさすがに練習しないと無理だ。

良い音と共に打ち出されたボールは恐ろしい威力というわけではない、だがそれは迷いなく黒子の左に飛んできた。

黒子は右利きな訳で、左下にずれたボールは取り辛く、なんとかレシーブするも後ろに飛んでしまう。

「予想はしていましたが、明らかに狙われました…!」

緑間がなんとかねじ込んだボールは湧に綺麗にレシーブされてしまった。

だが、ここで湧がレシーブするということはトスを上げる人が…

『黄瀬!高いのちょうだい!』

湧が手を挙げて黄瀬を呼んだ。

なんでセッターのくせに打とうとしてんだよバァカ…!

「俺ブロックしますっ。」

湧のスパイクは想定内で身長的に可能だと踏んだのか、高尾が宣言した。

そしてこの時間ずっと湧のトスを見ていた黄瀬は、山なりの高いトスを綺麗に上げる。

落ち着いて湧が助走をし、跳んだ。

それに合わせて高尾も跳ぶ。


「おい黒子、来るぞ!」

思わずそう叫んでしまった。

『っしょ、と!』

湧はその二本の腕の間を綺麗に打ち抜いた。

そしてやはり、狙われたのはまたしても黒子の近くの空いたスペース。

「よっしゃ決まった!湧ちゃんマジ女神様だわ!」
「花宮は妖怪みたいやなぁ。」

今吉が神経を逆なでしてくる。

くそっ、わざわざ黒子相手に叫んでやったのにこいつ、弾きやがった。

つーか自分の後輩のはずなのに、容赦ねぇにもほどがあるだろ、おもしれぇ。

「なんでブロック躱せんの…?」
『あのねぇ、そんなザルみたいな一枚ブロックに引っかかるわけないでしょ。』
「もう!湧ムカつく!」

高尾が吠えた。

『経験者なんだからこんなもんでしょ。』
「つーか高校入ってからもけっこうな頻度で練習してたから中学ん時より打ち分け上手いじゃん!おかしいだろ!」

高尾がめんどくさい子どものように喚くのを見て、困ったように笑いながら湧は伊月と拳を突き合わせた。



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