脱出番外編

□二人の日常 emerald
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4.


ちょっとゴミゴミした居酒屋は案外好きだ。
お店が壁じゃなくてビニールで覆われているような。

一応未成年だし私は自分から進んで飲むことはないんだけど、花宮はお構いなし。
やめときなよって一応言うけど、言う方も意味ないと思いながら言ってるし、言われる方も本気で言われてないって分かってる。

焼き鳥が有名なお店らしくて、花宮がてきとうに頼んだ二本セットの串メニューが何種類もテーブルに乗っている。

「これうまいな、食えよ。」
『ごめん内臓系ダメなの。』
「へぇ、知らなかった。」

ごめんね言ってなかった。
あと皮も食べられないんだけど…まあ花宮も皮は嫌いなのか頼んでないし大丈夫かな。
普通にねぎまが一番美味しいと思う。塩よりもタレかな。

あ、ここのジンジャーエール、なんか美味しいな。
お酒の匂いがするの、悪いことしてる気がしてちょっとピリピリしちゃうけどまあ…いいか…。

「お前さ、食細くなったな?」

パッと顔を上げたら花宮が太い眉毛を顰めて私を睨んでいる。

「高校の時ファミレス行ったらお前死ぬほど食ってただろ。」
『し、死ぬほど?!』

なにを失礼な。確かにパスタ一皿じゃ足りなくて花宮と大きなサラダとピザ分け合ったりしてたけど。
あれ二人で四人分くらい食べてたってことだよね。

でもこの間、同じファミレスに行ってパスタ一皿で充分と感じるようになっていたことに気づいて驚いたっけ。

確かに食は細くなってる。
その分部活もしてなければ、週三回の体育の授業もほぼ遊びみたいなのが一回に減ってしまったんだから、これが普通だとは思うけどね。

花宮はいつもみたいなワザとらしい溜め息じゃなくて、困ったように息を吐いてから頬杖をついた。

「怖いんだよ食えよ。最近立ちくらみ多いだろ。気づいてねぇと思ったら大間違いだからな。」

バレてたか。
和成にバレてるのは知ってるけど。
黙って見られているのが怖くて最近はそれも知らないふりしてる。

「お前腕どんだけ細くなったか気づいてんのか?ほら貸せ。」

差し出された右手に、従順に片腕を差し出す。
ガッと掴まれた腕は確かに筋肉が落ちた。

中学の時についた筋肉は、高校でも結局なんだかんだバスケットボールを触ることが多くて維持されていたのに。

そう言えば、今はパソコンばかりでシャーペンさえ持つ機会さえも減ってしまったな。

「なんだこれ、なんもねぇ。」

花宮は私の腕を揉みながら驚いたように言う。

『いやあるよ、ないことはない。』
「ねぇよこんなもん。あれ、お前サークルは?」

そう、バレーサークルに所属してるから本当はこんな腕にはなっていないはずなんだけどね。

『あんまり行ってない。』
「なんでだよ。」
『先輩チャラすぎて合わなかった。』

そういや和成に助けてもらった時の先輩もチャラかったな。

「男か?」
『うん、そうだけど。』
「そんな話聞いてねぇ。」
『言ってないもん。』

花宮が目を瞬かせた。

「高尾にばっか話して俺には何にも言わねぇのかよ。」
『あ、えっと、ごめんね。先にあの子に話してしまってもう終わりにしちゃってるんだと思うの。』

私自身、あまり物事を引きずるタイプではない。
和成にでも違う人にでも、何かあっても一度話せばもうその話は終了。

どうでもいい話を相手が違うと言えども、何度もすることないし。

『ごめん、もっと色んな話すればよかった。』
「…お前さ。」

花宮が箸を置いた。

「俺の言うことなんでも受け入れるよな。ほんとにちゃんと考えてんのかよ。」
『え、考えてるよ…ほんとに悪いと思ったし…。』

確かにどこまで報告すればいいのよとか思うけどさ、でも改善しようって本気で思ったもん。

「お前は色んなやつがいるんだろうけど俺はお前だけなんだよ。」
『でも、友達そこそこいるでしょ。』

霧崎のバスケ部だって、仲良いのはスタメンだった人たちだけじゃないみたいだし。

「そうじゃねぇわ。自分のことととか相手のこととか、なんでも知りたくてなんでも言おうと思うのは、お前だけなんだよ。」

酔っているのだろう。普段の花宮はこんな女々しいことは言わない。
言ったとしてもこんなにシュンとしちゃった花宮はありえない。

「付き合ってんのに、お前は何も教えてくれないだろ。」

どよんとした顔に猫背気味の背中に暗いオーラ。

花宮がそんな風に思っていただなんて、すごく可哀想なことしてたんだなって、胸が痛くなってきた。

思えば彼はSNSをしていないのだから、私の一日の流れとかだいたい知っちゃってる森山さんや原なんかと比べたら、会わない日の私のこととか全然知らないんだね。

そういうの、寂しかったんだ。

思わずテーブルの上に投げ出された彼の手を握ると、下を向いていた顔が上がった。

「無茶なこと言ってんのは…。」
『ううん、花宮は悪くないんだよ、私が寂しくさせてしまって、あの、和成はほんと弟…じゃなくてもはや妹みたいな…。』

あーダメダメ、こんな言い訳みたいなの一番ダメなのに。

「そんな顔すんな。湧が湧で俺と誠実に付き合ってくれてんのは分かってんだよ。」

花宮はそう言って、繋いだ手を握り返してくれた。

「お前絶対押しに弱いタイプだろ。」
『えぇー、誰とでも仲良くできるけど実は頑固で負けず嫌いなタイプだよ?』

和成も実はそうなんだよね。

「でも俺に嫌だとか、否定の言葉言ったことねぇだろ。今日だってほんとは未成年なのにこんなとこ来るの嫌だって思ったくせに。」

全部顔に出てんだよばぁか。

そうだよ、ちょっとなって思ったのについてきちゃったよ。
なんでって?

『だ、だって、花宮のこと好きだから。』

そう言ったものの、居たたまれなくなって目線を反らす。

「…お前、頭悪いんじゃねーの。」
『頭悪い人が好きなんじゃなかったの?』
「くっそ、原殺す。」

人には見せられないような顔をしながらそっぽを向く花宮。
その凶悪な顔も好きだよ。

「まあなんつーか。…お前は俺のものでいてくれるだけでも充分なんだけどな。」

ガシャン、と厨房から大きな音。

すみませんでしたー、とお兄さんの謝罪がすかさず飛んでくる。

『今なんて言ったの?』
「別に。」

花宮は笑って残りのお酒を一気飲みした。



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