うちに帰ろう
□澤村家の日曜日
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澤村家の日曜日
澤村家の日曜日の朝はゆっくりだ。
普段、学業に部活にと一生懸命な子供たちの唯一の休みが日曜日になることが多いからだ。
まず一番に起きるのは翔陽。
一緒の部屋の忠を起こさないようにそっとベッドから抜け出して両親の寝室へと忍び込む。
「おかーさん、おかーさん。」
もちろん孝支は寝ている。
まだ寝ていたい。
「翔陽、一緒に寝るか。」
「寝る!おかーさんと一緒!」
「ん…?また来たのか翔陽は。」
そうやって翔陽は孝支と大地の間に滑り込んでもう一眠りする。
次に起きるのは忠だ。
わざわざ日曜日なのに早くに目覚ましをセットして起きるのには理由がある。
彼は眠い目を擦りながら何とかベッドから這い出して湧の部屋に行く。
「入るよ…。」
もちろん返答はない。
湧は夢の中だ。
忠は湧の部屋の扉をそっと開けてそっと閉めて、それから何の躊躇もなく彼女の眠っている暖かなベッドに滑り込む。
忠がベッドに進入してくると、いつも壁を向いて眠っている湧はほとんど条件反射のように寝返りを打つ。
「湧、起きちゃった?」
忠は左腕を湧の首の下に差し込んでその頭を自分の胸にそっと抱きしめる。
『ただ、し…。』
「おやすみ…湧…。」
次に起きるのは飛雄だ。
ベッドの上で伸びをして、のそのそと起き上がり、まだ誰も起きていない家を音を立てないよう静かに歩く。
歯を磨いて昨日の夕飯の残りを少し食べてジャージに着替え、そっと家を出る。
走りに行くのだ。
彼が澤村家で最も早く活動する人間。
次に起きるのは夕。
彼は目が覚めて数秒で覚醒し、元気に二段ベッドの上から飛び降りる。
「龍!!朝だぞ起きろ!」
「…んん…夕…うるせぇ。」
「俺、旭起こしに行ってくるな!」
まだ寝ている弟たちを少しだけ気遣って、控えめに、しかしなかなかの勢いで彼は一階へと降りる。
そして旭の部屋に飛び込んでベッドの上の大きな塊に飛びつく。
「旭!起きよーぜ!」
「…んん?夕か…元気だなぁ。」
夕の特攻の勝率は五分五分だ。
なぜなら旭の大きな体に丸め込まれて一緒に寝てしまうことがあるから。
「もうちょっと寝ようか。」
「えぇ!寝るのかよ!」
「うんうん、寝ような。ほら、おいで。」
旭に柔らかく微笑まれると夕は何も言えなくなる。
体の小さい夕は旭にすっぽりと抱きしめられ、それを少し悔しいと思いながらも暖かな夢に落ちていく。
龍も寝ている。
この頃には既に蛍が起きている。
神経質な彼は夕のドタバタと煩い足音で起きてしまうのだ。
「何なの…うるさすぎ…。」
ぶつくさと文句を言いながらも枕元に置いていた携帯を片手に彼は部屋を出て飛雄の部屋のドアを開ける。
「うわ、もういないし…。」
いちいち双子の兄の動向を確認をするところが可愛らしいがそれを突っ込む人間はいない。
そんな無粋な人間は澤村家にはいないからだ。
ちなみに飛雄が静かに家を出て行くのも、元はと言えば蛍のために改善されたことだ。
蛍はそのまま湧の部屋に行く。
当然、中では忠と湧が寄り添って眠っている。
この二人を眺めるのが随分昔からの蛍の癒しだ。
「僕が部屋に入ってきても絶対起きないよね。」
そう言いながら蛍は二人の髪を撫でる。
本当はその中に入って行きたいのだが、湧の普通のシングルのベッドに三人も入るのは至難の技だ。
自分のベッドなら出来るのになと顔を顰めていると忠が起きる。
「けい…?」
「起きた?おはよう。」
「今何時?」
「もう10時くらいだよ。」
「そっか、俺起きるね。お母さんとお父さん起こして来ようかな。」
「今日は夕兄ちゃんが旭兄ちゃんに負けたみたいだからまだ誰も起きてないよ。」
「じゃあ飛雄のために朝ごはん作っておこうかな。」
「うん、そうしてやって。忠はえらいね。」
「そんなことないよ。湧をよろしくね。」
忠はそっとベッドを出る。
代わりに蛍がベッドに入る。
体を折り曲げて窮屈そうだ。
忠と同じように湧の首の下に左腕を差し込んで、右腕は湧の腰を抱く。
体の細さを確認するかのようにゆっくりと力を込める。
自分の胸の辺りにある彼女の髪に唇を寄せて、蛍は目を閉じた。
そしてまた新しい夢が広がる。
起きているのは飛雄と忠の二人だけ。
忠は疲れて帰ってくる兄のために朝ごはんを作る。
飛雄は頼んだこともないのに弟が毎週作ってくれる朝ごはんを楽しみにしながら走る。
……龍は一人夢の中。
日曜日の朝10:30。
そろそろ飛雄が戻って来る。
大地と孝支と翔陽も起きるだろう。
一階は一気に騒がしくなり、旭と夕も起きるだろう。
家を離れて一人暮らす力はどうだろうか。
もしかしたら親友の成田、木下と飲み明かして潰れているかもしれない。
湧と蛍が起きるのはもう少し先のこと。
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