うちに帰ろう

□兄弟彼氏
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兄弟彼氏



なかなか落ちない日に初夏の訪れを感じる午後7時。

飛雄は携帯を片手に首を捻っていた。

「どうしたの、兄ちゃん。」

それに気づいた忠が後ろから飛雄の携帯を覗く。

「いや、これ、湧の画像。」

飛雄が見せた画面には、便利なトークアプリのタイムラインが開かれていた。

湧がカバー画像を変更したという知らせが載っていて、飛雄が言っているのはその画像のことだろう。

美味しそうなケーキと、それから湧の対面に座っているであろう男の人の大きな手。

たぶん飛雄の手より大きい。

「え、えーっと。」

忠は反応に困った。

「これ気になるの?」
「この男誰だよ。」

思ったよりストレートな飛雄の言葉に本人に聞きなよ、と言いかけて口を閉じる。

いつだって真っ直ぐな飛雄がこんな風に自分に聞いてくるんだから聞けないんだろう。

忠は困ったように笑いながら答えた。

「なんで分かんないかな。これ蛍だよ。」

えっ、と飛雄の目が僅かに見開かれた。

自分の片割れを見抜けなかったという驚きもあった。

「だってそうでしょ、ほらこの手。」

よくよく手を観察してみると確かに。

いつもネットの上から頼もしく伸びるあの手かもしれない。


「蛍かよ。あいつらケーキとか食いに行くのか。」




ここで話が終わればよかったのだが。






夕食時。


「そう言えば湧と蛍ってケーキバイキング行ったんだよね?どうだった?」

アプリの画像変更の知らせを見てか、旭がその話を持ち出した。

『楽しかったよ。安くなったしね。』
「湧。」

なぜか諌めるような蛍の口調に忠は思わず箸を止めた。

「え、何だ?どうした?」

同じく蛍の様子に気づいた龍之介が蛍を見た。

「なんで安くなったの?」

少しオロオロとしながら旭が尋ねた。

安くなったという言葉に反応した蛍に突っ込んで良いのか悪いのか分からないといったところだ。


『えーっと、なんか蛍と行ったら安くなった。カップル割り。』

父、大地はぶふっと噴き出しそうになるのを懸命に堪えた。

「な、え、カップル?!」

旭が目を白黒させる。

「ほら、面倒くさいことになったじゃん。」

蛍のふて腐れた言いように、確かに忠は自慢気な色を見つけた。

「お前ら2人で店行って付き合ってますって言ったのか?」

孝支が笑いながら聞いたのに対して湧は微妙な顔をしながら蛍を見た。

蛍は肩を竦めて見せた。

その反応に龍之介の笑いが止まる。

「えっと、申告しなくても男女ならいいとかじゃないの?」

怪しい雰囲気になってきた食卓を守ろうと忠は明るい声を出した。

旭もうんうんと頷く。

「言っちゃいなよ。」

蛍が面白そうに笑いながら湧に言った。

「ほら、何したんだっけ。僕が言おうか?」

そのセリフに龍之介が両手で顔を覆った。

孝支は噴き出しそうなのを懸命に堪えている。

『え、だって仕方ないじゃん、半額だよ?!キスしただけだもん。』



旭の手から箸が転がり落ちた。




「えーーっ!!!お前らちゅーしたのか!!?」

夕が叫んだ。

「その身長差でどうやってするんだよ!!」

違う、そこじゃない夕、違う。

堪えられずに孝支が噴出した。

「ちゅー…。」

ショートした飛雄が呟いた。

「身長差なんて関係ないでしょ。普通に僕が屈んだけど?」

いつもより幾分挑戦的な蛍の目が龍之介を見る。

「兄弟でちゅーか、まぁ、そういう意味じゃないんだからいいよな…。」

複雑そうな顔でご飯を口に入れる大地。

「待てよ湧、兄弟の中で彼氏にするなら…。」
『蛍だよ。それか力。』
「だよなぁ。」

湧の即答に知っていた、と肩を落とす龍。

『だいたいさ、キスしたのだって兄弟だから良いんでしょ。ここで徹とか鉄朗とか選べばよかった?』

想像して全員が首を振った。

湧の人選も悪かった。

信用ならないツートップと言っても過言ではない。

「俺的には一静さんと貴大さんも怖い。」
「どう考えても鉄朗さんはダメでしょ。」
「お父さんも鉄朗くんは許さないかな。」
「京治くんなら許すべ。」
「衛輔さんもいいぞ!」

好き勝手言われる"人の家の子批評"に忠は曖昧に笑った。

「湧、今度は俺と行こうな!」

夕がニカっと笑った。

「それなら俺もね。」

忠も口を挟んだ。

『夕は嫌だよ、ケーキバイキングとか似合わないし。』
「いや、忠はダメなんじゃないか?」

思わぬ駄目出しに忠は大地を見てどうして?と聞いた。

「お前ら似てるからな。」

よく言われる言葉だ。

でも忠はそうは思えなかった。

昔は似てたけど、だってまず性別が違うし、湧の目は忠のようにへにゃんと垂れ下がってはいない。

唯一髪の色だけは似ているとは思うが。

「あー、そうだね。湧と忠はいかにも兄弟って感じする。」
「っていうか湧と忠以外の奴らが似てなさすぎるんデショ。」


蛍の言葉に全員がグッと黙る。

そんな子供達を見て孝支は笑う。

見た目のことを言われたら確かに似ているのは湧と忠だけ。
けれど、一人一人の中身を比べていると、みんなそれぞれに似ている部分があって面白い。

それに、芯の強さは澤村家全員に共通するものがある。

「俺は…橋の下の子…?」

オレンジ色のフワフワした髪を掴んで唖然としている翔陽の頬の汚れを拭いながら、孝支はニカリと笑った。

「みーんな、俺の子だべ。」



頼もしい母の笑顔はいつだってこの家の太陽である。



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