はいきゅー

□東京遠征 それぞれの別れ
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@福永招平




『あ、福永先輩。』

「……湧、…。」

久しぶりに開かれた口が私の名前を発した。

少しだけ驚くと共に最後に名前を呼んでくれたことに嬉しくなる。

『福永先輩っ。次会う時は全国ですね。』

その時、烏野は青葉西城も白鳥沢にも打ち勝った紛れもない強者だ。

チームとは生き物で、刻々とその様相を変えてゆく。

今とは全く違うチームが出来上がっているだろうことに軽く興奮する。


「……点、決める。」

福永先輩はじぃっと私の目を見つめて言った。

その目には日頃あまり表に出さない福永先輩の熱が確かに篭っている。

『…はい!』

「たくさん…決める。」




バレーボールとは、先に25点取った方の勝ちだ。

先に相手のコートに25回ボールを落とした方の勝ちだ。

何度コートのこっち側の危機を救っても関係ないんだと、私だって何度も何度も見せつけられた。

相手のコートに1度もボールを落とせないと言っても過言ではない身としては。


『応援してます。』


コクリとしっかり頷いて、福永先輩は少し満足気に音駒のみんなの方へ戻って行った。



例え、もし、両校が全国に行けなかったとしても、福永先輩は二年生。

また来年、ここで会える。







「………湧。」




振り向いた先にいるあなたとは違って。





『黒尾先輩。』




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A黒尾鉄朗



あともう10分もすれば烏野は宮城へと戻るバスに乗ってしまうだろう。

探していた湧は福永と話していた。

話し終わった様子の湧に後ろから声を掛けると、振り向いた瞳には哀しさが詰まっていた。


「おいおい、なんつー顔してんだ。笑えよ。」

『だってお別れですよ。』

「何だよ、笑って別れてくんねぇの。」

苦笑いしながら頭を撫でてやるともっと哀しい顔をされて思わず抱きしめたくなる。

「全く会えないって訳じゃねぇぞ。まずは今年、全国来いよ。」

『来いよって…常連みたいですよ。』

やっと笑ってくれた。



"全国に行く"ということがどれほど難しいことなのか。

それを俺はここにいる他の人間の誰にも負けないくらいよく分かっているつもりだ。

高1の時から全国はあと一歩、ほんの一歩、大きく一歩、遠かったから。



だから次会う時が全国の舞台だなんてどれだけ信じようと思っても、信じなければいけなくても、どこか心の底の方で信じ切れない。



「次とか、分かんねぇから。」

湧は頷いた。

「今一番納得の行く別れ方してくれるか?」

湧が次のリアクションを取る前に俺は言った。

「笑え!」

驚きながらも湧ははにかんだ。

その顔をしっかり目に焼き付けながら、俺は彼女の後頭部に手を添えて身を屈め、その肩口に自分の顔を寄せた。



抱き込んで、離したくないと気づきたくなかったから。





「会うぞ、全国で。」

『はい。』

「そうそう、もう一人お前に会いたい奴がいるみたいだから会ってやってくれ。」

『誰ですか?』

俺は顔をあげて振り返った。

複雑な顔すんなよな。



…分かってる癖に。







「ほら、あいつだ。」



彼女の最後の最後をお前にプレゼントしてやるよ。






大事に受け取れよ、赤葦京治。







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B赤葦京治




木兎さんが別れを惜しむ大きな声が聞こえる。

俺たちはの姿は木に隠されて誰からも見えないだろう。



「湧さん、さよならですね。」

『はい、赤葦さんにはたくさんお世話になりました。』

「俺こそたくさんお世話になりました。」

『…そういや赤葦さん。』

「はい、どうかしましたか?」

『最後に言うのはおかしいですけど、敬語やめて下さいよ。』

「あぁ、これ癖なんですよね。でも辞めようかな。」

『そっちの方が嬉しいです。…赤葦さんとゲーム出来て凄く楽しかったです。』

あの背中を思い出す。

あなたはどんな目であの言葉を紡いだのだろうか。


「またやりたくはならなかった?」


バレーを、リベロとして。

少し沈黙が流れた。

地雷を踏んだか。


『バレーを、ですか。』

その声はこの一連の合宿中に聞いた彼女の色んな声の中で特に澄んでいた。

『いつだってやりたいと思ってますよ。』

こんなこと赤葦さんにしか言えませんね、と彼女は笑ったようだった。

単純に、俺にだけ見せてくれるあなたの顔があるなら見せて欲しい。

隠さず全て。



『公式試合とか見てると苦しいですよ、やっぱり。』

「そうなんだ。」

どこのチームに所属していたって関係ない。
俺たちは同じく一度味わってしまったのだ。

バレーの楽しさを。


『どんなにボールに触っていたって違いますよね。やっぱり試合は、違う。』


あれは独特の、一種の麻薬のような高揚感。

光の舞台。

研ぎ澄まされた集中と止まない歓声と爆発的な喜びと。

それを最高の仲間と味わうことの素晴らしさを俺は思った。



「湧さん俺、バレーが好きです。」

湧さんは俺を見上げて微笑んだ。

あなただって入ってるんですよ。

俺の"バレー"に。


『はい、私もきっと好きです。ずっと昔から途切れることなく。』


あなたのバレーには俺も入っていますか。

共にコートのこっち側に立てて良かった。

それだけであなたの中に入れた気分になれるから。




遠くで俺を呼ぶ木兎さんの声がした。

次いで湧さんを呼ぶ日向の声も。

「行こう。」

俺は湧さんの肩を一瞬だけそっと抱いて促した。



木々を抜けるとニヤニヤした黒尾さんが立っていた。


小声でキスはしたかと聞いてくるが無視だ。


階段を少し下りかけている烏野の方へ湧さんと向かう。

「湧さん。」

くるりと振り返った彼女が俺を見る。

「メール、返してね。」

『はい。もちろんです。』


その顔を見て俺は頷いた。

湧さんも一つ頷いて、それから烏野のマネージャーさんの方へと走って行ってしまった。





さようなら。




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階段を半分くらい降りたところで日向が千切れんばかりに腕を振っている。

振り返ったやっちゃんが泣きそうだ。

私も同じく後ろを向いた。

笑顔で手を降るお世話になったマネージャーさん達。

懸命に手を降る木兎さん。

木兎さんに負けじと目立とうとする木葉さんと小見さん。

飛び上がる犬岡くん。

ちょっと涙目な芝山くん。

ひっそりと手を降る研磨さん、福永先輩。

叫ぶリエーフを蹴る夜久さん。

不敵な笑みを浮かべるクロさん。








そして赤葦さんと目が合う。


さようなら。









隣の清子さんを見ると爽やかな笑顔だ。

やっちゃんが堪えきれずに泣いてしまい菅原先輩が驚く。






私たちはバレーボールで繋がっている。

いつか辞める時がきたとしても、同じ思いを共有した仲間だ。


思いを繋ぐ大切さを知った仲間。






「湧ー!!!!またなー!!!」







クロさんのよく響く声に大地さんが笑った。







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携帯に残ってたので載せました。



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