はいきゅー

□東京遠征 赤葦の夜空
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*元リベロの東峰妹と赤葦くん
*合宿終盤



東京遠征 赤葦の夜空




なんとなく、一人きりでトスをあげたくなった。

俺はいつも木兎さんのために、チームのためにトスをあげる。

セッターなのだから当たり前だ。

俺のあげたトスを木兎さんが打つのが好きだ。

正面から受けても誰も取れないような力強いストレート。

決まると胸が熱くなってもっと良いトスをあげたいと思う。




それでも、誰のためでもなくただボールをあげたいと思う時だってある。










体育館の裏でボールを弄んでいた。

月が綺麗で、星が綺麗で、山の空気も綺麗で、誰に乱されることもない夜は気持ちがいい。

頭上で軽くボールをあげる。

体育館に取り付けられた電灯のお陰でボールはよく見える。

真っ暗な夜空に赤と緑と白のカラフルなボールは眩しすぎると思った。

木兎さんのように。






背中を思い出した。

あの時からずっと、頭の片隅にある。

木兎さんよりももっともっと小さくて細くて、でも同じくらい誇り高き背中。

でもその色は木兎さんのようにカラフルではない。

何色だろうか。

僕にはまだ分からない。

君が近くにいないから。






「東峰、湧、さん。」



誰にも聞こえないように口元を両手で覆って名を呟いてみる。

夜空が似合うと思った。









月の輝く夜空が似合うと思った。









眼鏡の生意気そうな烏野の11番。

彼は彼女の月なのだろうか。






そこまで考えて思わずフッと笑った。


少しセンチメンタルすぎた。



乱暴にボールを高くあげてみる。



そのまま夜空に吸い込まれてボールが消えてしまうのではないか、と自分らしくないことを思った。

二度三度、試合中は決してあげないような高い高いトスを放ったところで背後から誰かが近づいてくる音がした。




ボールをキャッチして振り返って。





確かに、俺の全身が歓喜した。








『赤葦さん、こんばんは。』




「湧さん、こんばんは。」


少し驚いた顔で俺を見つめる湧さん。


どうしてこんなところに来たのですか?

こんな夜に俺の隣に来てはいけませんよ。




『練習、ですか?』
「違いますよ。なんとなく触ってただけです。」


そう言ってまた高く高くボールをあげてみせる。

湧さんは目を細めてきっと、俺の考えていることを探している。

この人は心に寄り添おうとする人だ。

見ていたら分かる。

黒尾さんといる時、澤村さんといる時、菅原さんといる時、月島くんといる時、灰羽といる時。

目の前にいる人が求めている自分になろうとしている。


おそらく無意識で。


この短時間でそこまで見抜いた俺は正直気持ち悪い。



俺は簡単に、君に自分の気持ちは教えてあげられない。





けれど俺らを繋ぐものは確かにあるのだ。



「打ってみる?」
『赤葦さんのトス、ですか?』
「そう。」


先の試合では、最後まで彼女がリベロとしての仮面を脱ぐことはなかった。

「打てない…ってことはないですよね?」
『私中学一年生の頃はウイングスパイカーだったんです。』

サーブも打てますと静かに目を伏せて笑う。


その笑顔が好きだと思った。


灰羽や日向の前で顔をクシャクシャにして口を大きく開けて奔放に笑ってみせる笑顔。

菅原さんに見せる子犬のような人懐こい笑顔。

黒尾さんに見せるニヤリと意地悪そうな笑顔。


そのどれとも違う笑顔に俺のための笑顔かと錯覚してしまう。

絶対違うのに。





頭上にボールを構えてみせると湧さんが頷く。

「いきます。」

フワリと優しくボールをあげた。


湧さんがゆるく助走をつけて俺の目の前で


タタン、バシッ


教科書のようなフォームでボールを打った。


落ちたボールを見つめる湧さんを見つめた。



『赤葦さん。』



「はい。」



『私やっぱりボール拾いたいみたいです。』


おかしいですかね。


そう言って笑う彼女は誰に対する笑顔でもない、


その目を見て、やっぱりどうしても、焦がれずにはいられなかった。





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ツイートを二ヶ月分遡って投稿していたのを発見しましたもはや執念です
気に入っていたので残ってて良かった嬉しい…


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