はいきゅー

□道程〜私と彼の3年間〜
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〈道程〉 〜私と黒尾の三年間〜




高校一年の春、私は音駒高校の男子バレーボール部に入部した。

理由はバレーが好きだったから。

同じクラスの夜久くんがバレー部にいて、すぐに仲良くなった。

三年生は怖かった。
悪い人たちではなかったけれど。


そして何があったのかは覚えていないが、気がついた時には私は黒尾鉄朗という男の子が大好きになっていた。


黒尾は黒髪で身長が高くて、バレーも一年生とは思えないくらい強くて、レシーブもアタックもサーブもブロックも、何でもよく出来た。

大人びた意地悪な笑顔が特徴的で、それでいて時折子供のように笑い転げる。
そんな所も含めてたぶん、彼の全てが好きだった。


でも黒尾に対する"好き"は恋や愛の好きではなかった。









高校一年の秋、私は黒尾に初めて抱きついた。

練習試合で他校のバレー部に囲まれて困っていた時に、ヒーローの如く現れた彼。

黒尾が助けに来てくれたというあまりの嬉しさに感極まった私は大胆にも正面から抱きついた。


驚いたことに、これがまた恐ろしくしっくりきたのだ。

彼の匂い、体温、胸板の厚さ。

ただ心地よかった。

それから私は黒尾限定の"ハグ魔"になってしまった。








高校二年の春。

私と黒尾は兄妹のようになっていた。

彼の面倒見の良い長男気質と、私の彼への憧れに似た"好き"がそうさせたんだと思う。


この年に入学した研磨も私を慕ってくれて、たまに三人で遊びに行くほどだった。

この時には、私の黒尾へのハグはかなり安いものになっていた。

何でもない時に普通に抱きつく。

彼も暑いだの邪魔だの今日はいいぞだの、この年齢の男女にあるまじき反応。

一応、体裁を気にしているのか外で黒尾に飛びかかると華麗に躱されていた。

研磨も許した人にはパーソナルスペースがかなり狭くなるので、誰もいない時、私たち三人はピッタリくっついて過ごしたりもした。







高校二年の夏、私に彼氏が出来た。

水泳部の男の子だった。
告白されて驚いて大きく頷いてしまった。

彼は黒尾より背が低く、夜久より優しく、海くんよりは子供っぽかった。

つまり普通の男の子。

たまに部活が終わって一緒に帰った。

それなりに好きになった。

でもバレー部といる方が楽しいと思った。

黒尾には抱きつかなくなった。

でも、研磨は何も変わらなかった。


バレー部は先輩が卒業して出来た新体制がようやく落ち着きを見せ始め、主将になった黒尾は以前にも増してかっこよかった。

黒尾は優しい。

前からそれは周知の事実であったが主将になってからはそれを殊更強く感じた。

後輩の面倒もよく見て、監督の思いも背負い、マネージャーの私にまで気づかってくれる。

意地悪な見た目とは裏腹に、悲しいくらい優しい人。

もっともっと好きになった。

でもやっぱりそれは恋愛感情ではなかった。






高校二年の秋。

彼氏とはもう別れていた。

フったワケでもなくフられた訳でもなかった。

何となく別れていた。

それを聞いて黒尾は驚いたが研磨と夜久は全く驚かなかった。

そんなにショックでもなかったけれど、なぜか私は一時期異常に明るくなった。

黒尾はそんな私を見てポジティブ病だと笑った。

彼氏が出来る前よりもっと、一日に一回以上、黒尾に抱きつくようになった。










高校三年の春。


最後の一年が始まった。

新一年生は感動するくらいの良い子揃いだった。

これなら全国に行けると黒尾は嬉しそうに笑った。




IHはベスト4だった。

今までで一番良い位置だったけれど、全国に行けないのなら一緒だった。

夜久が泣いた。

夜久を見て私も泣いた。

私を見てリエーフも泣いた。

黒尾は泣かなかった。

研磨が私を抱きしめた。







高校三年の夏、最後の合同合宿。

音駒の"繋ぐバレー"が強豪相手に充分に通用するようになってきた。







高校三年の夏の終わり、黒尾が怪我をした。

怪我と言っても左手小指の突き指だ。

深刻なものではない。

練習中に強張った顔で怪我をしたと私の所へ来た黒尾を落ち着かせようと、取り敢えず二人で部室に戻った。

静かに小指を薬指にテーピングで固定する黒尾は一粒だけ涙を零した。

見なかったことにした。

一生、見なかったことにしようと思った。

ただ、そばにいた。

それは純粋に大切な仲間を思う気持ちだった。








高校三年の秋、部活を引退した。

笑顔で引退した。

海くんが泣いてびっくりした。

呆れるくらいに泣きじゃくる犬岡や芝山、リエーフを見て夜久が声を震わせた。


黒尾がマネージャーお疲れ様と言って私を抱きしめた。

黒尾から抱きしめられるのは始めてだった。

三年間頑張ってきたご褒美だと思って素直に嬉しかった。


そして、志望校を決めた。

黒尾がスポーツ推薦で決めた大学と私の行きたい大学はかなりキャンパスが近かった。

……嘘。
私が黒尾がスポーツ推薦で決めた大学の近くの大学を志望校に選んだんだ。



何度も言うが、黒尾に恋愛感情はなかった。








高校三年の卒業式一週間前。

私は東京の私立にセンター利用で合格出来なかった。

一般入試の筆記試験を受けたが結果はまだ出ていなかったので後期のための勉強をしていた。



そんな中、久しぶりに会った黒尾はバレーをしていなくても充分にかっこよかった。

思わず外だと言うことも忘れて黒尾に抱きついた。

いつもみたいに離れろー、と笑われるかと思った。

それなのに、黒尾の手が私の背中に回った。




黒尾に抱き締められた。



理由もないのに。




驚いて、驚きすぎて、私は固まった。





「久しぶりだな。元気にしてたか?」







バカ。


黒尾のバカ。


好きになったらどうしてくれるんだ。







卒業式の日、私は志望校合格が決まっていて晴れやかな表情だった。


卒業式が終わった後、私はバレー部の卒業パーティーに出た。

みんなのことを一番近くで応援出来て幸せだったと伝えた。


リエーフと山本が馬鹿みたいに泣いていた。

卒業パーティーが終わった後、私は黒尾と二人で歩いた。

よく研磨と三人で歩いた道だった。










「楽しかったな。」
『うん。』
「俺ら幸せだったよな。」
『バレー部に入ってよかったよ。』
「お前がマネージャーしてくれてよかった。」
『そう言ってもらえて嬉しいよ。』



こんなに素晴らしい高校生活を送ることが出来た自分は本当に幸せ者だと思った。




「なぁ、あのさ。」
『なに?』
「好きだ。付き合ってくれ。」



黒尾が私にキスをした。



高校生活最後の試合前と同じ顔をしていた。















一体何人の人間がこれほど輝く青春を過ごすことが出来ようか。



そう思うくらい私と黒尾の三年間幸せに溢れていた。











『私、鉄朗と初めて出会った時のこと、覚えてないの。』
「あぁー、俺も覚えてないかも。」
『気がついたら好きになってたもん。恋愛感情じゃなかったけど。』
「俺もお前のこと気づいたら好きになってた。愛してるって意味で。」

そして今、私は裸の鉄朗の胸に顔を擦り付ける。

初めて抱きついた時よりかなり胸板は厚くなった。









いつだったか、夜久が言った。



え、お前らやっと付き合ったの。

黒尾もお前もいつ本気になったのか全然分からなかったけど、それでも、お前らは絶対付き合うと思ってた。




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