黒バス脱出原稿

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会議室を出て、再び班に分かれて一階の捜索にあたる。
今度は携帯も常にチェックするように心がけて。

一階は事務室や技術職員室や保健室がある。
技術職員室のデスクの上におもちゃの金庫のようなものがあって、同じデスクの引き出しに鍵があった。
あまりにもあっさり見つかったので拍子抜けしてながらも、その金庫を開けると中にはお菓子が入っていた。
技術職員さんのものだろう。
私も小学校の時に技術職員さんがお菓子を食べているのを見たことがあるし。
紫原くんが物凄く嬉しそうにお菓子を抱えるから、花宮も怪しいから食べるな、とは言えなかったらしい。

「はい、湧ちん。飴のお返しね。」

そう言って紫原くんはチョコレートを一つ私にくれた。

「敦が人にお菓子をあげるなんて珍しいね。」
「もらったから返すのは当たり前だし。」

口に入れたチョコレートの甘さと紫原くんの気持ちが心を穏やかにしてくれた。



一階の最後は保健室だ。

そしてその保健室の前にゾンビがいる。

「おい、どうするあいつ。」
「門番じゃね?」

花宮の問いに原が答えたけど私もそう思う。

こちらに気づいている筈なのに全く動かないし門番みたい。

「あれ、俺の出番かな?」
「俺もこれ使うし。」

陽泉のダブルエースが前に出た。

「私もそろそろ攻めたい気分なんだけど。」

玲央が攻めたいなんて言ったらちょっと危険な香りがする。
なんて言ったら和成は声を押し殺して爆笑した。

「じゃあ俺と実渕さんで攻めようか。敦はゾンビがみんなの方に行かないように守っていてくれ。」
「分かった。」

少し離れた場所に私たちを置いて、玲央と氷室くんがゾンビに向かって歩いていく。

『あの二人綺麗だよね。黒髪で…色気あるし。』
「そうだな。伊月も黒髪で美人だから三人でユニットが組めそうだな。」

そう、伊月もこっちが恥ずかしくなるくらい綺麗な顔立ちだ。

『あ、花宮も黒髪で綺麗な顔してるよね。』
「え、俺は入れてくんねぇの?」

和成はなぁ、整った顔はしてるけど綺麗って感じじゃないんだよなぁ。

「俺は?」
『あ、森山さんいけるかも。』
「おい、お前らは頭おかしいのか。どうやったらこの状況でそんな浮ついた話が出来るんだよ。」

振り返った花宮の顔がそうとうお怒りだったので、黙ってゾンビの方を見れば氷室くんが蹴りを入れていた。
氷室くんに蹴られてよろめいたゾンビの脳天に玲央の金属バットが決まる。
凄く痛そうだ。

「いったそ…。」

なぜかゾンビの気持ちになって顔を歪める私と和成。
その間にも、玲央はまるでゴキブリを新聞紙で叩くかのように金属バットでゾンビを叩きまくっている。
なんだかシュールだ。
暫くしてゾンビは反撃する暇も無く氷室と玲央によって殺された。

「はぁ、倒したわよ。」
『玲央イケメンだった。』
「当たり前よ。」

髪をかきあげる玲央に色気で負けている気がしてならない。

保健室の扉をあけて全員で慎重に中に入る。

「うん、普通の保健室だよな。」

和成がそう言った時、背後でガチャリと音がした。
信じられない思いで振り返る。

「は?嘘だろ?!」

森山さんがさっき私たちが入ってきた扉を開こうとするがビクともしない。

「と、閉じ込められたんスか?!」

学校にも閉じ込められ、保健室にも閉じ込められた。

二重に閉じ込められた。

その時、突然私の真後ろの真っ白なカーテンに仕切られた部屋の向こうから聞こえるはずのない声が聞こえた。


「あぁ、やっと来たんだね。」


黄瀬くんが悲鳴をあげる。

この声、知ってる。
知ってるなんてもんじゃない。

振り返った木吉が、驚きよりも困惑の勝った顔をしていた。

シャーっとカーテンの開く音がする。
後ろを振り返る勇気が出ない。

「湧、やっと来てくれた。待ってたよここで。」

「蘭乃!何ボサッとしてんだ!」

花宮に無理矢理手を引かれて後ろを向かされる。

「やめろよ、湧に触るな。」

桃井ちゃんのあのリアルな幻影とは違う。
そこに立っていたのは、形も蜃気楼のようにフワフワとした、今にも消えそうな伊月俊だった。


1年前、私と伊月は付き合っていた。

だから直感した。

これは私が消さなきゃいけない。


花宮を睨む幻影の伊月にボールを構えた時、彼は私を見て悲しそうな顔をした。

「ねぇまた俺を捨てるの?俺あんなに好きだったのに。」
『は?』

捨てた?
捨てた覚えなんてない。

「湧が他の奴のものになるのは嫌だ。どうして?いつだって俺のそばにいるって言ったのに。ねぇ、来てよ。」

幻影の伊月が腕を広げる。
後ろで木吉が何か呻き声を上げたのが聞こえた。
知ってる、あの腕の中で感じる温もりを知っている。

「ねぇ、もう一度やり直そう。もう一度俺のものになってよ。」

花宮が私の腕を掴んだ。

「俺寂しかった。湧に捨てられたと思った。死ぬほど好きだったのに、湧は俺のことそんなに好きじゃなかったなんて知らなかった。ねぇもう一度、俺に抱きしめさせてよ。」

幻影の伊月の顔が歪む。
大切な彼と同じ顔をしているから、彼は偽物の筈なのに心が苦しい。

でも、やっぱり本物の伊月はそんなこと言わないよ。


あの頃。伊月は慣れないイーグルアイからくる頭痛に苦しんでいて。
マネージャーとしていつも具合が悪くなった伊月に付き添うことが多かった。

背中を摩ると伊月は誰にも言えない弱音を吐いた。
自分が使えなくなったら部員が6人しかいないのに迷惑がかかる。
まだ小金井と土田は初心者で心許ないし、自分が使い物にならなくなる訳にはいかない。

そんな追い詰められた伊月と彼に寄り添う私。
私たちが同じクラスだったのも影響したのだろう。
高校生になったという少しの高揚感と、弱い部分にダイレクトに触れた優しさが、伊月を恋へと落とした。
そんな伊月の気持ちを私も深く考えずに受け取って。
日向とは違って器用な私たちは、そんなこんなであっさりとお付き合いを始めたのだ。

異性と手を繋ぐのが楽しくて、お互いの優しさに舞い上がり、意味もなく嫉妬した。
あんなに淡白そうに見えて、少し部員と二人きりで話すだけでも拗ねる伊月を、始めの頃は可愛いと思っていたのに。

気がつけばお互いの嫉妬が愛故ではなく、ただの独占欲から来るものに変わっていた。
器用な私たちはそれに気づくのも早くて、別れるのも早かった。
色々あって部活が余りにも忙しくて、正直失恋の痛みなんて感じている暇もなかった。

夢を見ていたようだった。
お互いに恋をする夢を見ていたのだ。
でも良い夢を見れたのは、それが相手が伊月だからこそだった。

だから感謝している、伊月には…俊には。

そんな俊を、これ以上下手なコピーで汚さないで欲しい。


『俊のことペラペラ喋るのは好きじゃないけど一つだけ教えてあげる。あいつは別れ話の最中にだってダジャレ言ってたよ。あんたとは違ってね。』

もう何も言うことはない。
左手でトスをあげ、ボールを幻影に打ち込んだ。

さようなら、偽物と呼ぶ価値もなき幻影よ。




**
(木吉視点!)



幻の伊月が消えた方向を見つめる湧は決して悪い顔はしていなかった。


「優しくしてもらって、湧が自分のもののように思えるのが気持ち良かったんだ。最低だろ。何も与えてやれなかったから、次は湧が幸せになることを祈ってる。」

そう伊月が笑ったのを俺は思い出した。
だからこそ伊月の本心と真逆のことを言う幻影が許せなかった。

でも湧はそんな幻影にも全く動じずに消してしまった。
つくづくうちの女の子は強いと思う。

伊月と湧。
分かりにくいが二人ともちゃんとお互いのことが好きだった。
普通の高校一年生なんて、お互いを上手に愛せなくて当たり前なんだと思う。
ただ彼らが器用すぎるのが問題だったんだ。
無意識に二人揃って楽な方に逃げたんだろう。
間違ってると思うなら、自分の心に踏ん切りをつけて切り替えて終わらせてしまうのではなく、ちゃんと心に向き合って良い方向に向かって行く努力をすれば良かったのに。

まぁでも彼らもこの経験を活かして次は素敵な恋愛をして欲しい。

伊月、頑張れ。

いや、違うな。
今は俺らがここから出るために頑張らないとな。


「おい、木吉動け。テメェでかいんだから止まるな。邪魔だ。」
「あぁ、スマンスマン。」

花宮に急かされて、俺も保健室の捜索を始めた。




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