黒バス脱出原稿

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真っ白な棺桶を見て、一瞬呆然とした私たちだったがすぐに持ち直す。

「で、何か他に手がかりは?」
「手がかりなぁ。まぁ棺桶の側面見てくれるか?」

花宮の問いに答えた今吉さんに促されて、棺桶の前にしゃがみ込む。
後ろからが乗っかってくる紫…むっくんが重い。

「何か彫られてあるな。これは…。」

花宮が手でなぞった場所、棺桶の側面の真ん中に何か大きな模様…花?

「チューリップね。」
『その下に何か書いてる…えっと…。』
「"hopeless love""unrequited love""brightness""sunshine"。」

氷室くんが読んでくれた。

「望みのない恋、報われぬ恋、明るさ、日差しって感じ?」

むっくんが言う。

「そうだろう。しかしサッパリ分からない。言葉遊びか?」

赤司くんが首をひねる。


望みのない恋、報われぬ恋、明るさ、日差し。


前半二つと後半二つは対照的な感じがする。

「これ、聞いたことある気がする…なんだったかな…。」

氷室くんが頭を抱える。
みんな一斉に考え込むが何も思いつかない。
まだ何か見逃してるんじゃないかと今吉さんが棺桶を舐めるように見つめる。

そんな静寂の中、

「俺、分かるかもしんないッス。」

黄瀬くんが震える言葉を発した。

「…黄瀬?」
「赤司っち…これ俺ッス。」

黄瀬くんの言葉の意味を計りかねる。

「この間、雑誌の企画みたいなんで耳に挟んだんスよ。黄色いチューリップの花言葉。」

黄色いチューリップの花言葉。

「望みのない恋、報われぬ恋、光、明るさ。俺みたい、ピッタリだって思ったんス。」

だからきっとこの棺は黄瀬くんに関係しているということか。

「それにしても、恋愛運のない花言葉だな。」

森山さんが呟く。
うん、私の黄瀬くんのイメージとは違う気がする。

けど私たちの知らないところで彼も色々あったのだろう。
華やかな経歴の下で報われない恋ばかりしてきたのかもしれない。

『けど、この棺桶に黄瀬くんは入らないよね?サイズ的に。』

たぶん黒子くんくらいでも怪しいくらいだと思うけど。
全員が思っていたことだったようで黙り込む。

「分かった…黄瀬、ここのチューリップの彫ってるとこ触ってみ。」

なるほど、そういうことか。
これまでも、触ることで認識されてきた。
黄瀬くんがしゃがみ込んで、そこに触れるとカタリと音がなる。
彫刻に沿って外れたそこから出てきたのは意外なものだった。

「りんご?」
『…りんごだ。』

棺桶にりんご。

「白雪姫だわ。」『あっ白雪姫…?』

私とリコの声が重なる。

「なるほど…ここで毒リンゴを食べて仮死状態に陥った誰かに王子様がキスするってことかい?」

氷室くんの言う通りのことを私も想像した。

あの名シーンを再現しろと。
何のために、と聞きたくなった声を抑え込む。
何のためかなんて聞いても意味がない。
目の前にある材料を使って、求められていることをこなしていけばいい。


こなしていけばいいけれど。


『仮死状態?そのリンゴ、本当に毒リンゴなんですか?』

今吉さんが花宮にリンゴを投げた。
受け取った花宮が匂いを嗅ぐが首を振る。

「今時無味無臭の毒なんてどこにでもあるだろ。」

そりゃそうだ。

『ねぇ…その棺桶に入る白雪姫役ってさ。』

いや、薄々みんな気づいてるのかな。
気づいてて言い出しにくいだけなのかな。

『っ…その棺桶って、えっと…。』

和成が引きつった笑いを浮かべた。

「どう見ても相田さんか湧しか入らねぇよな…。」
「まぁ…白雪姫は女だからな…。」

日向の言う通りだ。

「白雪姫役って誰がやるべきなのか決まってないのかしら?」

決まってないんだろうな。
決まってないとしたらリコか私か…。

「Lips red as the rose. Hair black as ebony. Skin white as snow.」

綺麗な発音だけど氷室くんじゃなくて赤司くん。

「夢の国の映画会社で作られた映画"白雪姫"で使われていた言葉だが、昔から伝わってきた元となる話にも似たような表現が使われていたらしいです。」

唇は薔薇のように紅く、髪は黒檀のように黒く、肌は雪のように白い。

薔薇なんて、黒檀なんて、雪なんて、そんなに美しくはないけれど、確かにここにいる誰よりも私が一番近いのは認めよう。

「俺は黄瀬との関係性や白雪姫という物語を考えると、相田さんより蘭乃さんが白雪姫役に適任だと思います。」

赤司くんは優しく笑った。

『何というか…私がすべきならするよ。仕方ないじゃん。ねぇ、和成そんな顔しないで。』
「だって…!し、真ちゃんだって…白雪姫っぽいじゃん?!ほら、真っ白だし肌きれーし下睫毛なんて湧より生えてるぜ!?」

そんな半分諦めたような顔で言わないでよ。
和成の頭を優しく撫でると黙り込んだ。
白雪姫にされそうになった緑間くんが複雑そうな顔をしている。

「湧…。」
『リコ、分かってる。それにリコが白雪姫とか笑っちゃうでしょ。脱出したらジュースくらい奢ってね。』
「あ、あんたねっ…まぁいいわ。」

後ろから肩を叩かれて振り返ると木吉だった。

「大丈夫だぞ、だって赤司と花宮と今吉さんがいるからな。」
『そこは俺がいるからって言うところじゃない…?』
「じゃあ俺がいるから大丈夫だぞ!」

木吉がニコニコしながらいつもみたいに頭を撫でてくれるから安心する。
その隣で玲央もニコニコしていた。

「蘭乃…もしものことがあるかもしんねぇから遺言くらいは聞いといてやるよ。」

花宮が冗談か嫌がらせか本気かよく分からないことを聞いてくる。
これはネタで返すべきなのか…でも本当に、人生は何があるか分からない。
突然訳も分からず異世界に放り出されて変なゲームに参加させられて、毒リンゴを食べて死んでしまう、なんてこともあるかもしれない。
今ここにいるメンバーには何も言うことはないし。
だいたい可能性はあるにしても本気で死ぬとは思ってないんだし、残しておく言葉なんて咄嗟には思いつかない。

まぁ、でも。
敢えて言葉を残すとしたら。

『それじゃあさ、幸せになってって言っといてよ。伊月…俊に…俊に。』

彼とちゃんと話しておけばよかったなぁ。
別れ話以来、腰を落ち着けてまともな話をした記憶がない。

私の言葉を聞いて驚いた顔をする誠凛のメンバー。

「まぁそんなことはないやろ。ワシらが許さんわ。…それじゃあお姫さん。毒リンゴ、ワシから手渡されたら臨場感出るやろ。」
『じゃあそのままキスもしてくれます?』

今吉さんはジッと私の顔を見てから視線を黄瀬くんへと移した。

「いや、ワシなんかには勿体ない…黄瀬の方がええわ。」

黄瀬くんは私よりよっぽど緊張しているみたい。

「あの、湧さん。湧さんが俺のこと一番に見つけてくれたんッス。それなのに、こんな巻き込んでばっかで…。でも、俺、前にも言ったように頭良くないッスけど、湧さんのためなら死ぬ気で頑張るッス。だから安心して食べて欲しい。」
『うん、別に怖くないしみんな巻き込まれた側だよ?それに黄瀬くんだけじゃない、こんなにも最強なメンバーがいるんだし。』

青峰くんがニヤリと笑った。

彼にも最強という言葉がよく似合う。


「黄瀬くん。」

氷室さんが黄瀬くんに話しかけた。

「俺さっきどうして黄色のチューリップの花言葉だって思い出せなかったかって、実は俺の知ってる黄色のチューリップの花言葉と少し違ったんだ。」

花言葉は完全に定義されている訳ではなく、国や地方で変わるものだと言う。

「俺が知っている黄色のチューリップの花言葉はね、"望みのない恋"、"光"、それから"fame"……"名声"、だよ。」

名声、それもまた黄瀬くんのイメージにぴったりだった。
黄瀬くんがどこか恥ずかしそうな顔で頷く。

そして視界の隅で何か言いたげにしている彼には話をふってあげるべきなのだろうか。

『原。』
「なになに?」
『言いたいことがあるなら言えばいいよ、原が空気読むとか…奇妙なことされたら何か不吉だから。』
「じゃあ遠慮なく聞いちゃうよ。」

口元をニヤリと緩めた彼を見て、突然その前髪の下が気になった。

「湧ちゃんってこれがファーストキスなの?さっきのPGとやった?」

花宮が盛大に溜息をついた。
意外にも赤司くんが笑った。
おぉ、と言いながら森山さんも興味津々な顔をしている。

『じゃあ、答えてあげるから抵抗しないでね。』

一気に原に詰め寄ってその前髪をかきあげた。
驚いて丸くなった目と視線があう。

あら、意外と綺麗な目。

『ファーストキスはあのPGだよ。部活後体育館裏。』

これで満足か。
降旗くん、赤くならないで。
何だか伊月にも申し訳なくなってくるから。

毒リンゴをジッと見てみる。
普通のリンゴにしか見えないけど。
仮死状態ってどんな感じなんだろう。
でもまさか、本当に仮死状態になるとは思えない。
ここまで来るとゲームというよりファンタジーだが…いやこの空間が既にファンタジーなのだが…黄瀬くんのキスだけで目覚めるような状態になるのだろう。

腰に衝撃が来たと思ったら和成だった。
直後に宮地さんにも頭を掴まれる。

「てめぇ、これで食って何もなかったら…撲殺すんぞ。」

そんな、私のせいじゃないことを。

腰に抱きついた和成が頭をグリグリし始める。

『ちょっと和成、こんな人前で甘えないで。』

頭を軽く押しのけてもビクともしないから離れる気はないらしい。

「愛されてますね。」

黒子くんが穏やかに笑うからそうだね、としか言えない。


『食べるよ?』

和成から反応はない。

この人、こんな不器用なんだよね本当は。

『ここで食べるから和成がちゃんと運んでね。』
「ん…。」

拗ねてる理由はよく分かるけど。

『和成のこと大好きだよ。』

優しく囁いて、がぶりと一口。
咀嚼して飲み込めば全身から力が抜けた。
これで宮地さんからの撲殺は免れたな、と思いながら和成に痛いほど抱きしめられて、最後に目に入ったのはなぜか固い顔をした花宮だった。


あぁ、心配してくれているのかな。






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自分の強みは多種多様な大阪弁を話せること、だと思うので、今吉さんの大阪弁は大丈夫なはず。




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