黒バス脱出原稿

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人が気を失うところを初めて見た。
しかもそれが目の前で、相手は湧。
俺の腕の中で力を失った湧の体を抱き上げて、棺桶の中に寝かせて、戻ってきた俺の手は震えていた。

「高尾、大丈夫か。」
「大丈夫だっつーの。」

真ちゃんに心配されるくらい酷い顔をしているのかもしれない。
この間だって、湧が俺の部屋で寝ちまって家まで運んだこととかはあったけど、それとは全然違う。
あーあ、俺情けねぇな。

「じゃあ涼太…。」

赤司に促されて黄瀬が湧が横たわる隣に膝をついた。
ほんと、王子様みたいだ。
黄瀬が右手を湧の頭に添えてゆっくり顔を近づけて。

どんなことを思うのだろうか。
キスをしようとする時、人はどんな気持ちになるのだろうか。

そんなことを思っているうちに、角度的に俺からは見えないけれど、黄瀬が湧にキスをしたのだろう。
時間にして一秒にも満たなかった。
また黄瀬がゆっくり湧から離れる。

沈黙が流れた。


「湧さん…?」

「黄瀬、どないした。」
「蘭乃さん?」

今吉さんと赤司が棺桶に駆け寄った。

「えっ、湧さん、なんで…!」

花宮さんが溜息をついて首を振った。

「何かが足りねぇんだ。」

何かが足りない?
宮地さんに肩を抱かれた。

「何すか宮地さん…俺別に大丈夫っすよ。」
「誰もてめぇのことなんて心配してねぇよ自意識過剰か、殴るぞ。」

何なんすか、宮地さんは…。
思わず苦笑が漏れる。

「黄瀬くん、本当に蘭乃先輩にキスしましたか?」
「したッスよ!」
「黄瀬、お前キスの仕方知らねぇのか?」
「知ってるッス!」

黒子と青峰に矢継ぎ早に責められて黄瀬が叫んでいる。
王子役が間違っていた、何てことはないだろう。
そうじゃないとあの側面に書いてある言葉に意味がなくなってしまう。
棺桶で眠る湧はビクともしない。
まるで…いや、何にもない、考えるな和成。

「何かが足りない…考えられるとしたら…再現度が低い…まだ何かやらなければならないことが…。」

実渕さんが呟く。

やっべ、ほんと頭働かねぇ。

「あっ……。」

青峰が突然目を見開いた。

「どうしたの峰ちん?」

紫原が聞く。

「俺、どっかで王冠見たわ。どこだあれ。今吉さんと見た。」
「は?!思い出せよ!黄瀬が被ればいいんだろ?!」

火神が青峰に詰め寄った。

「王冠…思い出した。」

今吉さんの顔を見ると、普段はほとんど開いていない目がしっかり見開かれていて驚いた。

「そうや、二年の教室や。花宮から放送あった時の…おもちゃやと思って…。」
「二年七組ですね。」

赤司と今吉さんが頷き合った。

「行くぞ!」

宮地さんが走り始める。

「ちょ、速…って聞いとらんがな、何人か残して行くで!」

既に氷室さんと黄瀬も走り始めている。

「どんな状態なのかは分からないが、長い時間そのままにするのも良くないだろう。人数は多い方がいい。」
「誠凛残ります。」

黒子が赤司に言った。

「何ボーッとしてるの!行くわよ、原!」
「え、だって湧ちゃんの足エロいなって…。」

実渕さんに腕を掴まれて原さんが連れていかれた。
そして原さんは気持ちが良いくらいいつも通りだ。

もしかしたら原さんが本気で焦る時が来たら、それが俺らの本当にピンチな瞬間なんじゃないか。

花宮さんは既に姿すら見えない。

「俺も残る!」

真ちゃんにそう言うと真ちゃんは頷いた。

「必ず早急に届けるのだよ。」

ものの数秒で体育館前には誠凛の6人と俺だけになった。

相田さんが溜息をつく。


「あんなに行く必要あったのかしら…。」
「ゾンビ何体に囲まれても勝てるぞあれ。っていうかそれが狙いなんだろうけどな。」
「残ってるの7人だしちょうどいいんじゃないかな。」

日向さん達は棺桶を背に座り込んだ。

火神だけは落ち着かなげにウロウロしている。

「それにしても脱出ゲームって記憶力も必要なのね…このゲームには色んな能力が必要だわ。」
「僕は青峰くんが記憶の中にある王冠と王子様役を結び付けられたことに感動しました。」

まぁ黒子の言う通りだけど。
青峰が思い出してくれたことに感謝だわ。

湧の顔を覗き込んだ。
普通に呼吸してるし眠ってるだけかもしれない。
でも、白雪姫のように仮死状態じゃなくても赤司の言う通り、湧がどんな状態にあるのか分からない以上、急いだ方がいいだろう。

「ねぇ、相田さん。」
「なに?」

相田さんは振り返って俺を見た。

「何か赤い色付きのリップとか持ってないっすか?」
「私そんなの持ってないわよ。」
「そーっすか。あざす。」

まぁ持ってねぇよな。
湧、唇ちょっとカサカサしてるぞ。
俺のメンソレータムでもいいかな。
間接キスだな、とかしょーもないことを考えながらリップを唇に塗ってやる。
心なしか色も鮮やかになったようだ。

「蘭乃先輩どうですか?」

一年のPGの子が俺の隣にしゃがみ込んだ。

「ん?お前……。」
「降旗です、蘭乃先輩にはいつもお世話になってます。」
「あっそうそう、降旗くんね。」

そういや湧のマネージャーってどんな感じなんだろう。

「湧っていつもどんなんなの?あ、敬語いいから。」
「分かった。蘭乃先輩は…誠凛のお姉さんって感じかな。料理が上手くて優しくて…カントクが厳しい言葉で引っ張ってくれるなら蘭乃先輩は優しく背中を押してくれる感じ。」

あぁ、それ俺が知ってる普段の湧と一緒じゃん。
湧って年下からすげぇ好かれそうだしな。
大人っぽいし、なんつーか、聡明って感じ…懐が広いところとか?
あ、でもよく笑うし、けっこう皮肉も言うけど。

「じゃあ誠凛の伊月さんってどんな感じの人なの?」

面識はあるとはいえ普段の伊月さんは全然知らない。

「伊月先輩?先輩は…うーん、バスケやってる時の真剣さとフザケてる時のギャップが面白い人。俺はPGとして尊敬してる。」

ほんと、湧の元彼が俺と同じポジションとか運命感じるわ。

「おい降旗、伊月はありゃフザケてねぇんだぞ。真面目にダジャレ言ってんだからな!」

日向さんが振り返って言った。
え、ダジャレ…?

「伊月先輩の特技はダジャレ100連発ですからね。」

黒子が神妙な顔で言う。

「は?ダジャレ…100連発…?」

ちょ、待って、何それそういう系…?!

「ちょっとみんな、勝手に伊月くんの株を下げないの!伊月くんはとっても良い人よ高尾くん。今だって私は安心して湧を預けられるくらいね。」

相田さんの言葉に安堵する。
俺の知らない間に変な奴と付き合ってるかと思ったら恐ろしい。

「そういや湧って昔、部活終わった後に小金井のシュート練付き合ってたらしいぞ。」
「え、何それ初耳よ。だからあの二人妙に仲良いのね…。」
「あと無駄に騒いだりしないから水戸部にも好かれてるしな。」
「何それ、私への嫌味かしら?」

日向さんが相田さんに怒られる。
なんだ、やっぱ湧めっちゃ好かれてんじゃん。


「そういえばさ。」

日向さんを殴ろうとする相田さんの手を止めながら、のほほんと木吉さんが言った。



「花宮って湧のこと好きなのか?」


「はぁあ?!」

大声を出して火神が持っていた携帯を落とした。

全員が動きを止めて木吉さんを見る。

「あれ?違ったか?」
「はぁあ?!てめぇが言い出したんだろーが!」
「いやぁ、そう見えたから応援しようかと思ってな。」


木吉さんは正気なんだろうか。
俺だってあの試合見たのに。
あんな風に自分を痛めつけた人間の恋を応援しようと言うのか、この人は。

しかも相手は湧。

日向さんは一瞬変な声を喉から出した後に金属バットを掲げた。

「てんめぇ…ケツの穴にバット突っ込んでやろうか!」
「ちょ、日向くん待ちなさ…。」

相田さんの言葉を遮るようにして遠くからバタバタも足音が聞こえてきた。

「帰ってきましたね…そう言えば装備のページに王冠が書かれてあります。」

黒子が話し終えるか終えないかの内に角から現れたのは黄瀬と紫原。
黄瀬の手にはしっかり王冠が握られていて、歩幅のでかい紫原に引きづられるようにして走っている。

「黄瀬!」
「高尾くん!持ってきたッス…!王冠っ…!」

二人の後ろから花宮と赤司が来た。
黄瀬と紫原が到着し、黄瀬は何とか息を整えながら金色のよくある王冠を被った。
さっきより髪はボサボサだし、呼吸だってぐちゃぐちゃなのに、さっきより断然かっこいいからむかつく。

王冠を被った黄瀬が今度は湧の手を握って顔を近づけた。
宮地さんと真ちゃんが走ってくるのが見える。
黄瀬が湧にキスをした。
感嘆するほど綺麗な絵だった。
赤司が黄瀬の肩に手を置いて、花宮さんが黄瀬の横に膝をついた。

「湧さん、起きて下さい。」

王子からの優しいキス。

そして白雪姫は…湧は目を開いた。


『あっ……。』



湧、俺の大切な人。






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この場面よく質問が来るので自分なりの答えを最終話のあとがきに書きました。気になる方は読んで下さいね。







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