黒バス脱出原稿

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今吉さんが開いた扉の向こう側は真っ暗だった。
和成に続いて体育館に入る。
真っ暗なのでうっすらとしか見えないが、普通の体育館のようだ。
舞台があって、4つのバスケのゴールもある。
電気はどこだろう。
付くか付かないか試さないと。
入って右側の壁の真ん中に体育館倉庫の扉があったので、そこに向かってみる。

「おい、一人で行くな…。」

花宮が後ろからついてきた。
倉庫の扉は音もせず、簡単に開いた。
中を見ても暗すぎて何があるのか全く見通せない。
今吉さん達が舞台脇に電気をつける場所があるのでは、と向かっているようだ
その姿を横目で見ながら、私は体育館倉庫の中に入ってみた。

少し歩いたところで進行方向に何かがいるのが分かった。
ゾンビだ。
そっか、ここにもいたのか。
体育館倉庫を出ようと慌てて振り向こうとした時、自分たちが歩いてきた方向、つまり背後からズドン、と重量感のある音。
え、嘘だ、挟まれた?
真っ暗で見えないけれど、もしかしてここにはたくさんのゾンビがいる?

思わず恐怖で固まっていると、真後ろにいたらしい花宮に腕を引かれた。

「隠れるぞ…!」

そしてそのまま掃除用具入れに押し込まれた。
中には何もない。
後から入ってきた花宮が掃除用具入れの扉をゆっくり閉めて、こっちを向いた。

「だから言っただろ…一人で歩き回るなって…。」

あぁ、失敗したな。
体育館倉庫に入ったのもそうだけど、奥を向いて掃除用具入れに入ればよかった。
花宮の肩越しに扉が開いてゾンビが見えたら死ぬ。
いや、ゾンビが扉を開いた時点でもうヤバイのだが。
肩幅が窮屈なのか花宮が顔を顰めている。
怖くて花宮の制服のブレザーをぎゅっと掴む。

「やっと怖くなったか?お前は毒リンゴ食う時も平気そうな顔してたからな…。」

あの時はみんなが助けてくれると思ってたから。
それに"王子様のキスで目覚める白雪姫"なんだから大丈夫だろうと思っていたし。
でも今はこんな真っ暗なところで花宮と二人で、ゾンビは何体いるか分からない。

怖いでしょ。

花宮が小さく笑って私の腰に腕を回した。

「大丈夫だろ、すぐに探しに来る。」

花宮の少し掠れた囁き声が、異様に耳元近くで聞こえる。

花宮に抱きしめられている。
WCでの花宮を思い出す。あの時はこんなことになるなんて夢にも思わなかったな。

「おい、黙り込んでるが大丈夫か?」

花宮の声って意外と甘くて高いんだな、とか。
それ以上耳元で話されると困る、とか。

花宮あったかい、とか。

花宮の匂いする、とか。

「おい、息荒くなってないか?蘭乃?息しにくいか?」
『だ、大丈夫…。』

いつもバァカと笑う花宮が甘くて優しくて、ゾンビの怖さも忘れそう。
花宮の手が背中を撫でてきて、あぁ、この手、伊月や小金井の手より大きくてゴツゴツしてる、なんて思って無性に叫び出したくなって、思わず顔を花宮の胸板に押し当てた時。

電気がついた。
思わず驚いて顔をあげる。
掃除用具入れの隙間から差し込む光。
明るくなったことで、自分たちがどういう状況なのかを視覚的に理解してカッと顔が熱くなる。
上を向くと花宮の顔が見えた。近い。
花宮の左手が急に私の顔を覆った。

『はな、みや…!』

慌てて花宮から離れようとすると花宮は私が暴れ出すと思ったのか、もっと強い力で抱きしめてきた。

「おい、落ち着け…!」

異様に密着しているせいでよく分かる。
和成や伊月よりも少し大きくて筋肉質で、木吉よりは細くて小さい、花宮の体。

これが花宮なんだ。

遠くの方で日向の声がした。
次にガタン、と音がして誰かが体育館倉庫の扉を開けた音がする。

「湧!花宮さん?!」

和成だ。
和成危ないよ、一人で来たの?

「ってゾンビいるし!氷室さん!ゾンビ!てかあの二人マジでどこ行った!」

和成が援軍を呼んだらしい。
バタバタと向かってくる足音がする。
花宮の腕に力がこもった。
私の顔を覆う左手を引くもんだから顔が自然と上を向く。
目を覆われていて見えないから、花宮がどんな顔をしているのか分からない。

「湧…。」
『な、なによ…。』

花宮の吐息が鼻を擽って、花宮が私の顔を見下ろしているのが分かる。
どうして急に下の名前?
なんで目を覆われてるの?
混乱していると掃除用具入れの前を誰かが通り過ぎる音。
直後に氷室くんの声がして、戦ってるんだと分かる。

「出るぞ。」

花宮が突然私から離れて反対を向き、掃除用具入れの扉を開けた。
光が眩しい。

「お前ここにいろよ。」

そう言い残して花宮が飛び出して行った。
今の何だったの。
今のって…これが花宮じゃなければ…。
心臓を抑えると凄いスピードで鳴っていた。

「花宮さん!そこにいたんすか!湧は!」
「湧もそこにいる…原!!後ろだ…!!」

花宮の怒鳴り声が聞こえて、思わず掃除用具入れの扉を開けて外を見た。
和成と原と日向がいる。
背後にいた方のゾンビに誰も気づいていなかったのか、原の真後ろにゾンビがいて。
危ない、と思った瞬間、原が振り返り状に消火器の安全栓を引き抜いてノズルをゾンビの顔面に向けた。
まるで訓練していたかのような華麗な動き。
そしてそのまま原はレバーを握り、ピンクの粉をゾンビの顔面…いや、目に向けて一気に噴出した。


「はい、眼薬ですよ〜。」


そのセリフに愕然として、そして思わず笑ってしまう。
原は凄い。
氷室くんとは違う方向に強い。
あんなに大声で危険を知らせていた花宮も白い目で原を見ている。
和成が落ち着いて消火器を浴びて暴れているゾンビを横から蹴り飛ばした。
体制を崩したゾンビに、花宮がいつの間にか持っていた跳び箱の1段目を叩きつける。
日向もバッドを振りかぶった。

「湧、こんなところにいたんだね。」

一人でゾンビを片付け終わった氷室くんが掃除用具入れを急に全開にするから、思わずバランスを崩して床に突っ込みそうになった。
氷室くんが咄嗟に助けてくれる。

「大丈夫?ごめんね。あっ向こうも終わったみたいだね。」

床が原が噴出させたピンクの粉まみれで、和成の制服のズボンも少し汚れているが、ゾンビは消えたようだ。

「もう、湧どこ行ってたんだよ!この馬鹿!」

和成が背中を叩いてくる。

『ごめんごめん、ちょっと気になっちゃって…。』
「これだから湧は…って何かいつもと違う匂いする。」

和成が鼻を近づけてパーカーの匂いをスンスン嗅いでくる。

『わっ、なによ…!』

たぶん花宮の匂い。

『さ、さっきまで掃除用具入れに入ってたからかな!』

慌てて距離を取ってそう言うと納得したらしい。

『っていうか和成ホークアイ持ってるくせになんで後ろのゾンビに気づかないのよ。』
「常に発動してる訳じゃないんですー。」

伊月みたいなもんか。

「てめェどこほっつき歩いてんだこのダァホ!!」

日向と目が合うと吠えられた。

『クラッチタイム…ごめん!!』

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら体育館倉庫から体育館へ戻る。
全ての電気は付かなかったらしく、ほんのり薄暗い。

みんなが体育館に入ってすぐ左のゴールを見上げているので急いで近寄る。

『どうしたの。あれ、何か書いてある。』

ゴールのバックボードに何か書いてある。
横並びで丸に囲まれた1から5までの数字。

@ABCD

その数字の上に鍵の絵。
……鍵だ。

「この数字なんだ?」

火神が首を捻る。
5つの数字か…。
丸で囲まれているのは何か意味があるのだろうか。

「普通、ゴールがあったらシュートするのだよ。」

緑間くんが呟いた。

「確かに、わざわざここに文字が書かれてあるのだから、ボールを入れればいいと考えるのが普通だね。」

氷室くんが頷いて、それもそうだと私が思った時、私たちの上を真っ黒なボールが通過した。

青峰くんだ。
ボールはそのままゴールに入る。
何も起きない。
というかその黒いボールは黒子くんが扱うべきなのだから当然なのだが。
じゃあ、あの丸はバスケットボールを表してたってことでいいのか。

『5回シュートするとか?』

てきとうに発言してみる。

「体育館倉庫に他に普通のボールはなかったんですか?」

赤司くんが聞いた。

「俺見てくる!」

火神が走って行き、降旗くんと木吉も続いた。

それにしても、何か変なんだよな。
5つの数字の場所が。
全体的にバックボードの左に寄っている。
つまりBが真ん中にない。
バランスを考えず、てきとうに数字を@から書き始めたら右側が余ってしまったみたいな感じ。

まぁいいか。

「ボールあったぞー!」

木吉の大きな声が聞こえてきて、おぉ、とそっちに走り出したら後ろからパーカーのフードを掴まれた。

『んぐっ…!』
「だーから、歩き回るなっつったろ。」

花宮だった。
今はもう安全なんだからいいじゃん、と言おうとしたけど言い負かされそうなので黙る。

「まぁまぁ離したりや。」

今吉さんがニヤニヤしている。

「蘭乃がちょこまかするから花宮だって美味しい思い出来たんやろうに。」
「てんめぇ…やっぱ分かっててあん時止めなかったよな。お前見てたもんな、蘭乃のこと。」
「じゃあワシが行けば良かったんか?」

今吉さんの口が吊り上がる。
何の話をしてるんだろう。
口を挟もうとした時、火神達が帰って来る。

「ボール!番号書いてあるぞ!」

火神が放ったボールを赤司くんがキャッチする。
赤司くんの手元を覗くと確かにボールに"1"と書かれてあった。

『5個あるの?』

振り返って木吉に確認してみるとそうだ、と頷く。
じゃあやっぱりここに1から順番にシュートを打てばいいのか。
簡単すぎないかな。
さっきあんなに難しかったのに。
でも他に考えられないし、とにかくやってみよう、ということになる。

『誰が入れるの?』
「偶然にもここには高校バスケ界を代表するSGが五人いるじゃないか。」

緑間くん、氷室くん、日向、森山さん、玲央。
緑間くんを見上げると軽く頷いて言った。

「当たり前なのだよ。五人とも外す訳がないだろう。」
『じゃあ折角だし緑間くんは一番遠い所からシュート打ってね。』

え、と全員が私を見た。
私何か変なこと言った?
緑間くんは一瞬呆気に取られたような顔をした後に、元からそうするつもりだったのだよ、と呟いてコートの端へと歩いて行った。

「蘭乃さん…面白いことを言いますね。」

赤司くんが笑った。

赤司くんって意外とよく笑うんだね。





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