黒バス脱出原稿

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赤司くんの家の玄関は20人がギリギリ立てるくらいのスペースがあった。
一番最後の宮地さんが駆け込んで、赤司くんがピシャリとドアを閉める。
この分厚い扉はそうそうゾンビに負けることはないだろう。
パチリと玄関の電気がついてみんなの顔が見える。
みんな肩で息をしている。
ホッと一息つく。
でもまだだ、まだ外にあいつがいる。

「どうする?どうやって倒す?」

赤司くんが自問するかのように言った。

「赤司なんか持ってねぇのか、銃とか。」
「持ってないし使い方が分からない。」

火神の問いに赤司くんが首を振る。

「塩とか効かんよな…。」

今吉さん、それ悪霊ですよ。

「要は頭と胴体を切り離せばいいんだろ?じゃあ包丁とかどうだ。」

花宮が恐ろしいことを言った途端、赤司くんが勢いよく靴を脱ぎ捨てた。
その時、玄関の扉を外からガンガンと殴る音がした。

ゾンビだ。
一気に緊張が走る。

「今吉さん、僕が後ろからゾンビの首を斬ります。だから前から注意を引きつけておいて下さい。」

そう言って赤司くんは脱いだ靴を持ったまま家の中へ走って行った。

「よっしゃ、よう分からんけど赤司のこと信じるで。背後から迫る赤司にゾンビが気づかんようにしなあかん。」

今吉さんが扉を中からノックすると、一瞬外からの攻撃が止んでまた激しく扉が叩かれる。

「なるほどな、そうやって意識を引きつければいいのか。」
「一番効果あるんは、ここちょっと開けて扉の引き合いをすることやなぁ。…紫原、出来るか?」

むっくんが今吉さんに呼ばれてビクっとする。

「俺も力比べは苦手じゃないぞ。」

木吉が名乗りをあげるがむっくんが首を振った。

「あんたは膝悪いんでしょ。俺がやるし。」

むっくんがフイっと木吉から背けて、木吉は目をぱちくりさせている。

「俺も持つのだよ。こういうのは腕力だけでなく体重があった方がいい。」

そろそろ赤司くんは用意出来ただろうか。
赤司くんがどういう方法を取るのかは分からないが、彼の目に迷いはなかった。

むっくんが両手でしっかりドアの細長い引き手の上の方を握り、緑間くんがしゃがんで下の方を握る。
何かあった時のために宮地さんと青峰くんも扉のそばに立った。
むっくんが慎重に、一瞬扉を細く開けると、すかさず外からゾンビが指を滑り込ませてくる。
緑色の指が扉を引っ張る。
リコが声の無い悲鳴を上げて、私も思わず後退った。
和成が後ろから抱きついてくる。

『か、和成邪魔…!』

木吉に腕を引っ張られて何かと振り返ると、靴を脱いで上がって来いとのこと。

「もしゾンビが上がってくるようなことがあったら逃げるぞ。」

いつになく真剣な木吉の顔を見て、ガクガク頷きながら私と和成は靴を脱ぎ捨て、赤司くんの家に上がる。
木吉が和成と私を背中に隠すように前に出た。

指先しか見えていなかったのに、今はもう片腕が家の中に入り込んでいて、一生懸命むっくん達が扉を引っ張っていても負けてしまいそう。
赤司くんはどこに言ったの、と言おうとした時、むっくんが思い切りバランスを崩した。
見るとへにゃりと力の抜けているゾンビの腕。
向こうから引っ張る力が急に無くなったからバランスを崩したんだ。
むっくんと緑間くんが二人して玄関の床に倒れこむ。

「む、紫原、重いのだよ…!」

今吉さんが慌てて玄関の扉を開けると、何とそこには首のないゾンビが立っていた。

『えっ……。』
「ひぇぇ…!」

降旗くんが悲鳴を上げた。
私は思わず腰が抜けて座り込んでしまい、後頭部を和成の膝で打つ。
会議室に行くまでの間に、赤司くんがゾンビの首をちょん切った時は全然怖くなかったのに、どうして今はこんなに怖いのだろう。
あまりにも非日常な世界観にあの時は感覚が麻痺していたのだろうか。

首なしのゾンビはやがて音もなくサラサラと消えてゆく。
降旗くんがあっ、あっ、と単音を発する以外は誰も声を発しない。

そしてゾンビが完全に消えたその向こう側に立っていたのは、肩で息をし、両手に日本刀を持っている赤司くんだった。

「赤司、くん…?」

黒子くんが呼びかける。

赤司くんの手から重たい日本刀が零れ落ちた。
ガシャンと音が鳴る。

「なんだい…どうした光樹?そんな真っ白な顔をして…。」

赤司くんが顔を上げて私たちを見て微笑んだ。
今吉さんがゾンビのいたところにしゃがみ込んで何かを拾い上げた。
白い紙だ。

「"Game clear"…っ…やって。」

今吉さんが紙に書いてある言葉を読んで、その文字が見えるように私たちに紙を突き出した。

〜Game clear〜

そして一迅の強い風が今吉さんの指先から紙切れを奪って行く。

「あっ……。」

今吉さんの目が僅かに見開かれた。
誰もが言葉を失くし、その紙切れが飛んでいくのをぽかんと見つめていた。


終わった。



「終わった!!!湧終わったって!!」

突然、和成が物凄い大きな声で叫びながら私の正面に座り込んで抱きついてきた。
和成の大声を皮切りに、一切音のなかった玄関がみんなの歓声で溢れかえった。
見上げると木吉がニコニコ笑っている。

『えっ、あ、うん…。』

え、終わった?
今ので?
凄い力技だったけど。
パーカーに手を突っ込んで携帯に触れると自分のものだった。

終わった…本当に?

和成の肩越しにみんなを見上げると、黄瀬くんが黒子くんに抱きついていて、それを見た降旗くんが目に涙を浮かべながら笑っている。
玲央は赤司くんを抱きしめているし、原は口の中のガムを新しいものに交換していた。
リコは日向の背中をバンバン叩いて笑っている。
私にひっついていた和成が、緑間くんにタックルをかましに走っていった。

その瞬間、なぜかブワッと涙が溢れてきた。

「おい、蘭乃何泣いてんだバァカ。」

目の前に花宮が座り込んで、私の頭に手を置いた。
もう私は疲れてしまって、涙を拭うのだって億劫だ。
少し困った顔の花宮が乱暴に頭をポンと叩く。

『ゔぅ…はな、みやぁ…。』
「なんだ?すげぇ顔してるぞ。」
『お風呂入りたい…お風呂…赤司くん…。』

花宮は私の言葉を理解するのが遅れたとでも言うように一瞬固まったあと、少しだけ笑って頷いた。

ゲームをクリアしてから私が初めて発した意味のある言葉だった。


『あと、私の名前呼びたいなら呼んでいいよ花宮。』
「…はぁ?!」

近くにいて偶然聞こえたらしい今吉さんが思いっきり笑った。






**






赤司くんの家でみんなで雑魚寝だということになった。
彼のお父さんが日本にいなくてよかった。
家中の客用の布団を持ってくると20人分はなんとか確保出来たらしい。
赤司くんは京都に帰る新幹線のチケットを予約したり、明日の部活の中止を連絡したりと忙しそうだった。
陽泉の二人も大変だなぁ。
誠凛も明日の部活は午後からになったらしい。

私はリコとお風呂に入り、赤司くんの中学生の時のジャージのズボンに和成のオレンジ色のパーカーを着ている。
そう言えば、赤司くんが持っていたあの日本刀は昔から一番大きな和室に飾られていたものらしい。
赤司くんは体育館で最後はやっぱり光と影なんだ、と言っていたけれど、結局終止符を打ったのは赤司くん自身だったわけだ。
それが何を表してるって訳じゃないと思うけど。


「俺、湧の隣〜。」

大きな大きなお部屋に敷き詰められた布団の一つに、ぼうっと座り込んでいると隣に和成が座った。

『みんな一緒にお風呂入ってたの?』
「おぅ、楽しかったぜ。原さんの下ネタえげつなかった。」

うわぁ、えげつなさそう。

「あと青峰が湧がCかDカップって言ってた。」

へぇ…、分かるんだ。
っていうか和成それ報告するんだ。

「あとねー…って湧?眠いの?」

さっきから凄く瞼が重い。

『うん…疲れた。寝る。』

布団にごそごそと入り込み、目を閉じると和成が頬の辺りを撫でてきた。
何人かまた部屋に入ってくる音がする。

「あれ、湧さんもう寝ちゃったッスか?」
「まぁ湧ちゃんって実は一番大変だったかもしれないよな。」

黄瀬くんと森山さんだ。

「伊月と毒リンゴだろ?あと花宮とロッカー。」
「え、それなんスか!森山さん詳しく!」

あー…バレてるよね。
でもゾンビ怖かったっていう思い出よりあの不可思議な花宮の行動の方が印象に残っているから、その点は本当に良かった。
そんなことを考えながら私は殆ど一瞬で眠りについた。
反対側の隣に誰が寝たのかは知らない。






異常に喉が渇いて目が覚めた。
目が覚めるのはこれで何度目だろう。
ゲーム開始時と毒リンゴの時と今か。
水でも飲みに行こうと起き上がると、私の左側には宮地さんが死んだように寝ていた。
和成は相変わらずスースーと可愛らしい寝息を立てている。
この響き渡るイビキは青峰くんかな?
立ち上がって、黒子くんや木吉を踏まないように注意しながら跨いで、扉を開けると廊下は真っ暗だった。

そりゃもちろんそうなんだけど。
思ったより怖かった。
ゾンビが脳裏を過る。
大丈夫、いるわけない。
ゲームクリアしたし。大丈夫。

そう思ってゆっくり足を踏み出したけど、分かってても怖いものだ。
やっぱりやめて寝なおそうと振り返ると、目の前に人が立っていた。
あまりにも驚きすぎて悲鳴を上げかけると口を塞がれる。
そのまま廊下に押し出された。

「悪いな、驚かせて。」
『は、花宮!ビックリした…。』

私の後について来ていたのは花宮だった。
心臓がドクドクいってる。

『花宮どうしたの?トイレ?』
「いや、俺は寝れなくて…雑魚寝とか無理だろ。そしたらお前が起きるのが見えて、部屋から出ねぇし怖いのかと思って…ついて行ってやろうか?」

前から思ってたけど花宮って実は優しいよね。

『ありがとう…。』

水を飲みに行きたいと言うと花宮が頷いて歩き出した。

『何でそんなスタスタ歩けるの…。』
「は?普通だろ?」
『いや、そこの影とかからゾンビが…。』

花宮が立ち止まって振り返った。

「お前って何?本当はゲーム中も怖かったのか?隠してたのか?」
『あの時はなんか…開き直ってたっていうか。』

ふーん、と言って花宮が手を差し出した。

「繋いでやろうか。」
『えっ、え?』

そのまま強引に手を繋がれる。

「ふはっ、お前すげぇ手あったかいぞ。眠いのか?」

バカにしたように笑ってくる。
こっちの方が花宮らしくて安心するというか。心臓が騒がなくていい。

暫く歩いてキッチンに辿り着いた。
花宮が適当にグラスを取って冷蔵庫の中のお茶を注いでくれる。

やっぱり花宮が優しい。
おかしい。

『ねぇ、原が喉乾いたからついて来いって言ったらどうする?』
「は?…無視だろ。」
『木吉が言ったら?』
「木吉ぃ?頭から水ぶっ掛けるな。」

これは花宮だ、間違いなく花宮。
グラスを受け取ると花宮は舌打ちした。

「あのなぁ…俺が優しいのはてめぇだけだ。気づけ。」

思わず固まると花宮は私の手からグラスを奪った。
思いっきり溜息をつかれる。

『な、なに…。』
「だから言ってんだろ、気づけよバァカ。」

花宮の目は真っ直ぐだった。



「蘭乃湧、てめぇが好きだ。」



何のリアクションも返せないでいると、花宮は持っていたグラスを流しのところに置いて背を向けたまま言った。

「返事は。」

花宮は振り返らない。

『返事…?』

別に付き合ってくれと言われた訳でもないのに何て返せばいいんだろう。

正直、花宮って告白するんだ。
人のこと好きになるんだ。
しかもこんな普通の人間を。

そういう驚きで一杯だった。

「なんかあんだろ…絶対無理とか、意味分からないとか、別にどうでもいいとか。」

怖いくらい否定の言葉がポンポン出てくる。

『花宮は私に振られたいの?』
「振られるんだったらさっさと斬り捨ててくれ。」

花宮が吐き出すように言った。

『えっと…え…。』

花宮の背中が揺れた。
彼も不安に思ったりするのだろうか。

『私、このゲームで初めて花宮と仲良くなったから、花宮のことよく分からない。』

ずっとただの最低な奴だと思っていた。
でもそれだけじゃないって知った。

『だから花宮がどんな人なのか知りたいなって…思います…。』

こっちが告白している気分になって、恥ずかしくなって下を向くと花宮が振り返った。

「…そうか。」

え、それだけ?
と思わず顔をあげると花宮が悪い顔で笑った。

「理解した。覚悟しとけよ。」




やっぱり花宮の笑顔は、好きだ。









-----------------------------------【完】



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