黒バス脱出原稿

□2-2
1ページ/1ページ

2-2





護身用に教室から椅子を拝借し、廊下を静かに移動する。
コガと水戸部の二人でゾンビは倒せるから、と言ってはみたものの、水戸部はまだ凄く不安そう。
出来るだけ避けられるものは避ける方向で行こう、と教室に隠れて安全を伺いつつの移動は非常に時間が掛かった。
途中、どうしても階段でゾンビを倒さなければならなくて、コガが段差を利用して上段から椅子で叩き潰す場面もあった。

何とか二階に降りて、渡り廊下を歩く。

『あれからどれくらい経った…?』
「分かんね。たぶん10分は経ってる。…水戸部もうちょっと掛かったって?」

時計がないから分からないが、けっこう時間は経っている。
前回のゲームで会議室に全員が辿り着いたのは、今吉さんの放送があってから10分もかかっただろうか。
今回は今吉さんの放送があった時点で残り6人だったらしい。
これは確実に遅刻になりそうだ。

「やべーって湧。ゾンビ…めっちゃいる。」

渡り廊下から二階の廊下を覗き見たコガがげんなりした声を出した。
その様子を見ているとどうやらゾンビには慣れてきたらしい。
元々コガはホラゲーが大好きだし。
しかし慣れたからと言ってなんでも倒せる訳ではない。
水戸部が私の肩を抑えて首をフルフルと振った。

『うんうん、大丈夫行かないよ。』

廊下を見たが、三体くらいいる。
会議室は二階の真ん中にあるから、三人で向かえば確実にバレて一気に襲ってくるだろう。
会議室の扉の近くには私たちと同じことを考えたであろう、武器に使ったらしい椅子や箒や、果ては机まで捨てられていた。

『どうする?こっから大声出して、会議室から応戦が来るまで何とか持たせる…とか。』
「そうだな…会議室に近いところに二体いるし、あと一体はけっこう遠いし、何とかなるかも。」

コガと頷き合った時、会議室の扉がガラリと開いた。
あ、と思った時にはもう氷室さんがスルリと出てきて、そのまま会議室近くにいた二体を倒してしまう。
何か言う暇もなかった。
どうやら定期的に掃除しているらしい。

「……よし、走るか。」
『……うん、そうだね。椅子はここに置いておこう。』

三人で頷き合って、廊下の向こうの端にいるゾンビが背を向けた瞬間に音もなく走り出す。
もちろん三人が走っているのだから気づかれない、なんてことは不可能で。
足音にゾンビが振り返る。
ゾンビが私たちを見つけて走り出す。

「くっそ…走れ…!」

コガが私の手首を掴んで全力疾走。
そのままゾンビとは結構な距離を残したまま、コガの手は会議室の扉へと掛けられて、一気に目の前で扉が開く。
突然の眩しさにクラリとした瞬間に、コガが私を会議室に突き飛ばした。
え、と思った瞬間に目の前にいた誰かに受け止められた。

「あっぶな…!!」

真後ろの扉がぴしゃりと閉められ、コガと水戸部の少し荒い息遣い。
一気に襲ってくる安心感と疲労感。
顔を上げると私を抱きとめ、驚いて目を見開く今吉さんがいた。

「コガに水戸部?!」
「湧!良かった…!」
「水戸部先輩と小金井先輩?!」
「ビビったわ。受け止めれて良かったけど。」

日向と和成と降旗くんがほぼ同時に叫ぶのを聞きながら勢いよく今吉さんから離れた。
どうやら彼はタイミングよく入り口付近に立っていたらしい。
円卓を見ると、私たち三人以外の席は全て埋まっていた。
そして円卓に座るみんなの驚いた顔を見ると、いる筈のない人がここにもいた。

『嘘だ…伊月、なんで…?』

いないのは誰?もしかして火神と…リコもいない。
じゃあ木吉と火神とリコが抜けて、水戸部と小金井と伊月が入ったということだ。
あぁ、さっき水戸部のことで思いっきり泣いて、それからずっと暗い所にいたから明るい会議室に目が慣れない。

「蘭乃とコガ、目が…泣いたのか?」

日向が困惑したような声で聞いてくる。

『リコがいないなんて…あぁ、泣いたけど大したことは…コガ大丈夫?』
「泣いた後の顔見られんの恥ずかしいじゃん…。」

下を向いて顔を隠してしまったコガの背中を水戸部が撫でていた。
あ、そうか、泣き顔…私も酷い顔してるのか…。
何となく頭が回らない、ぼーっとする。

「おい、蘭乃、頭ちゃんと働いてるか?受け応えが危ういで。頭とか打ってへんやろな?」

今吉さんが心配そうな顔をしながら私の顔の前で手を振った。

『いや、本当に何もなかったです。ちょっと怖いことがあってコ…小金井と泣いただけで…。』

ここで水戸部の話をする必要もないだろうから誤魔化す。

「それだけ目が赤く腫れているということは二人とも相当泣いたのでしょう。感情の激しい変化はエネルギーを使う。兎に角座ったらどうですか?」

赤司くんの優しい言葉に促されて、開けられた三人分の席を見る。

「おい、湧…。」

何か言いながら立ち上がりかけた花宮に首を振り、私は急いでコガを引っ張って空いた席へと向かった。
今やこの場にいる殆どの人間が花宮の私に対する好意を知っている。
さっきの放送のこともあって、花宮から心配されるのがとても恥ずかしかった。

空けられた三つの席の端っこに座る。
玲央の隣だ。

「湧、こっちを向いて…腫れているわ。冷やしてあげたいんだけどどうにも出来ないわね。」

玲央の冷たい手が瞼を撫でるのが気持ちよくて思わず力を抜いてしまう。

「ずいぶん疲れ切った顔してるわね。」
『大丈夫だよ…って玲央ジャージじゃん。』

見渡すと、赤司くんも同じ洛山のジャージ。
良く見ると今吉さん、森山さん、宮地さんは私服だ。
そうか、大学生だからそれが当たり前なんだ。
他には、むっくんは…練習着かな、部屋着かもしれない。
黄瀬くんと青峰くんも練習着だ。
前回は全員冬の制服だったのに。

そう言えば、前回は電車から降りて家までの道でこっちに飛ばされたんだっけ。
今回は帰りに校門に向かっている途中だった。
飛ばされた時間帯が違うからまだ練習中のところもあったり…でも練習中に突然赤司くんや玲央が飛ばされたなら次に全く同じ場所に戻らないと…。

「よし、湧の頭が回り始めたみたいやからさっきまでしてた話しよか。」

ハッと顔を上げると今吉さんがニヤニヤしていた。

「自分、今何考えとった?」
『赤司くんや玲央がジャージだったから…今回脱出が終わった後に二人は消えたところと全く同じところに戻ら…。』
「なくても大丈夫だ。」

赤司くんが私の言葉を遮った。
前回、ゲームクリアとなった直後、戻ってきた携帯を見た私たちは驚いた。
自分たちがゲームに飛ばされてきたであろう時刻からほとんど時が経っていなかったのだ。
つまり私たちがゲームに参加している間、元いた普通の世界の時は進んでいないということだ。
その時はそうなんだ、で納得したのだけど。

「あの日、ワシらは疲れすぎてて休むことしか頭になかった。そんで何の議論もせんとそのまま別れた。ワシはずっと確かめたいことがあったんやけどな…。」

そうだあの時、ゲームはクリアしてしまったんだから、今更ゲームの根本的な謎に迫っても意味がないとどこかで思っていた。
不思議な体験をしたね、で話が終わっていた。

「なぁ、蘭乃、小金井、水戸部。自分らさっきまでどこおった?」

私たちは顔を見合わせる。

『私は1人で校門に向かって歩いていました。』
「俺は水戸部と部室出て、帰る前にトイレ行って、手洗ってタオルで拭いている時です。水戸部は俺のことトイレの外で待ってました。」
「うっそ、トイレの最中じゃなくて良かったっすね!」

和成が笑って会議室の雰囲気が明るくなる。

「じゃあ、三人とも自分の周りに誰かおったか?」

思い返してみる。
校門に向かっている、と言っても具体的には部室を出て、ロッカーで靴を履き替えた直後。
ロッカーがたくさんあるあそこを抜ける直前、誰も私のことを見ていなかった…ことは十分にあり得る。

「ここにおる全員が共通してることや。ここに飛ばされた瞬間を誰にも目撃されてない。このことはもう一つの謎を解いてくれるんやで。」

今吉さんはそこで言葉を区切って左を見た。
降旗くんがびくりと震える。

「あ、あの、ここにカントクと火神くんがいない理由について…俺、今日部室の鍵係だったんです。」

コガが頷く。

「それで、みんなが出て行くの見てて知ってるんですけど、火神はいつも黒子と帰ってるのに、今日は黒子が早く帰ったから他の二年と一緒に帰っていたんです。」

他の二年といたから火神はここに来なかった。

「最後に出て行ったのは日向先輩なんですけど、出て行く時に"そろそろカントク、顧問のとこから帰ってくるかな"って言って出て行ったんです。」

つまりリコは職員室で顧問の武田先生と一緒だった。

少し考えたら分かることだったんだ。
だって前回、全員で帝光中の前に戻ったというのに誰も失踪した、なんて騒がれなかった。
その心配すらしていなかった。
みんな自分が連れ去られた時に一人きりだったことを知っていたからだ。

『でもどうしてゲームに選ばれたのかなんて、またここに連れて来られたことに関係あるんですか?』

それは同時に、またここに連れて来られることのないようにするための意味になるのか。

「蘭乃は結果主義なんか?」

今吉さんの言葉に思わず怪訝な顔になる。

「いや、責めてへんねんで。ワシもそうあるべきやと思うしな。ただ前から思ってたんやけど、ゴールに繋がることにしか興味なさそうな感じやから。」

先走り過ぎてる、ということだろうか。

「しかも割と相手が何考えてるかも検討ついとる。…自分、ワシに似てるなぁ。」

あぁ、そういうことか。
今吉さんが言葉の最後にちらりと右を見たのはきっと、花宮を見たのだろう。
凄い虐め方だな。
原がニヤニヤしている。

『そんなまさか、全然似てないですよ。それより、今回はどうやって脱出していくか検討はついてるんですか?』
「その話はまだしていなかったからこれからですね。」

赤司くんが立ち上がった。


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ