黒バス脱出原稿

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初めに入った教室には何もなかった。
次の教室は家庭科室。
通常の教室の二倍の大きさだ。
廊下にいたゾンビはいなくなっていたので静かに全員で移動。
和成がガラリと戸を引いて「あっ。」と声をあげた。

「います!ゾンビ一体!」

氷室くんがスマートに出てきてゾンビに向かっていく。

「取り敢えず中に入るぞ。」

今更だけどあれはゾンビなのか。
全然人間の形ではないし、ゴーレムって名前の方がしっくりくるけど。
氷室くんは家庭科室の大きな机の上にヒラリと飛び乗り、汚い緑色の頭部に回し蹴りを食らわせた。
完璧な一撃、本当にスマートな殺し方。

「俺もあれやりたい…。」

原が呟く。

「よし、終わったな。調べよか。」

今吉さんがパンっと手を叩いた。
さっきと同じように分かれて調べ始める。
探し始めて1分後くらいに声をあげたのは原だった。

「給食の献立表、この間来た時もあったね。」

原の方を見ると壁に掛かっているざら紙の束を見ていた。
向かおうとして立ち上がった時、頭痛がして思わず座り込みかけたが目を閉じて耐える。
地面を踏ん張り直して原の元へ歩いていく。
よくある立ち眩みだ。

『私これ記憶にないかも。変なところある?』
「さあ?別にないと思うけど。」

1枚に1日分の献立が書かれていて、その日の分が終わると後ろにめくっていたのだろう。
日めくりカレンダーようにちぎっていた訳ではなさそう。

「無理して倒れちゃったら俺遠慮なくセクハラすっからねん。」

原がチラッと私を見て小声で呟いた。

『えっ…。』

思わず彼の前髪の奥を見ようとする。

「湧、来て。」

伊月に呼ばれて振り返った。
教室の前の黒板の横、窓際に立って何かを見ている。
原はさっさとそっちに行ってしまうし、彼の気遣いだけありがたく受け取っておこう。

『どうしたの?』
「これ、ちょっと変じゃない?」

伊月が指差したのは時間割表だ。
よく見る普通のマス目になっているやつ。
横列は月曜から金曜か土曜まで。縦列は1時間目から6時間目くらいかな。
中のマス目には教科とか、家庭科室に貼ってあるものだったら何年何組が来るとか、そんな感じだろう。

でもこの時間割は違う。

月火水木金
1 * *
2 *
3
4 *
5
6


曜日と時間は一般的だけど中のマス目の4つだけにマークが入っている。
ハート、スペード、クローバー、ダイヤ。
なぞなぞですよー、と言わんばかりの記号たち。
時間割表の中で、明らかにマークだけが別に印刷されたのが分かる。

『なに、この、よくある感じ…典型的すぎて…。』

教室を振り返って、今吉さんを呼ぼうと思ってやめた。

『花宮!』

花宮の首が凄いスピードで回った。

『来て。何か見つけた。』

花宮が教室の中央から早足で向かってくる。

「なんだ?…怪しいな。怪しいというかあからさますぎて馬鹿にしてんのかって気になる。」
『まぁまぁ、きっとゲームに慣れるためのリハビリなんだよ。』

てきとうな私のセリフに釈然としない顔を見せる花宮。

月曜の4時間目にハート
火曜の2時間目にダイヤ
水曜の1時間目にクローバー
金曜の1時間目にスペード

『これ単体ではたぶん謎は解けないよね。』
「ああ。誰かメモ取っておけ…ってメモるもんなんかねぇよな。携帯も電源つかねぇしな。」
『え、携帯あるの?!』

前回は誰も自分の携帯電話を持っていなかったはずだ。
代わりにゲームで使う携帯があった。

「あぁ、お前らが会議室に転がり込んで来る前に話してたんだが。お前携帯ないのか?」
『カバンに入ってたと思う。』
「ポケットに入れてた奴はそのまま入ってたらしいぞ。」

花宮が自分の携帯をポケットから出し、私の顔の前で揺らす。
使えないなら邪魔なだけだからなくてよかった。

「それからメモするものだけど、あるぞ。」

伊月が花宮にノートを見せた。

「…なんだこれ。」
「ネタ帳だ。」
「ネタ帳?」
「あぁ、ダジャレの。」
「ダジャレ。」

花宮の光のない目が伊月を見る。
伊月はいつも通りペンでサラサラとメモしている。

『…花宮、伊月に特技なにか聞いてみて。』
「…おい、お前特技なんだ。」

本当はイーグルアイっていう誇れる特技を持ってるのにな。

「ん?ダジャレ100連発だよ。」

柔らかく綺麗に微笑んだ伊月に思わず声を出して笑った。
人好きのする自然な笑顔はもう、花宮を煽っているようにしか見えない。
温厚な彼がちょっとだけ攻撃的なのも面白い。

「なんかあったっスよ!!」

教室の壁に沿って備え付けられている棚を物色していた黄瀬くんが声をあげた。
取り敢えず全員が黄瀬くんのところに集まる。

棚を覗き込んだらけっこうしっかりした装置がついていた。
まず数字が入るパネルが5つ、棚の中の壁に貼り付いている。
そのそれぞれの上下には矢印型のボタンが。

↑↑↑↑↑
□□□□□
↓↓↓↓↓

そのパネルの前には箱が置いてあって、ハート、ダイヤ、クローバー、スペードが彫られてある。

「この謎はこの教室で完結しそうだな。」

花宮が時間割表を見ながら満足そうに頷いた。

『これ押していい?』

1つのパネルの上についているボタンに手を伸ばしながら花宮に問う。
たぶんパネルに数字が出るんだろうな、っていう予測を大半の人がつけているだろう。

「押してみろよ。」

花宮から許可を貰い、上のボタンを押すと、そのパネルに"0"という赤い数字が点灯した。
もう一度押すと"1"になり、下のボタンを押すとまた"0"になる。
うん、予想通りね。

「箱に掘られた4つの模様から見ても、時間割とこのパネルが対応するのは間違いないはず。でもどうしてパネルは5つあるのかしら?」

玲央の言うことは私も不思議に思っていた。
4つの記号から4つの数字が出るってわけじゃないんだって。
今吉さんが立ち上がって時間割に近づいた。

「これ剥がしてええかな。」

画鋲は簡単に外れたようで、時間割を持って今吉さんが帰ってくる。

『うん、伊月がメモした意味なくなったね。』
「いいよ俺はこれ見るもんね。」
「あ、じゃあ俺も伊月さんの見る。」

和成と伊月が仲良くメモを見るのが可愛い…とか言ってる場合じゃないぞ。
もう一回繰り返そう。

月曜の4時間目にハート
火曜の2時間目にダイヤ
水曜の1時間目にクローバー
金曜の1時間目にスペード


「座標、だろうな。」

花宮が呟いた。
横軸の曜日と、縦軸の時間。
時間割は何かの座標を表している、と。

「百マス計算みたいだね〜。」

なぜか原が楽しそうに言う。

「じゃあ曜日の月から金を、1から5と考えて掛け算してみる?」

氷室くんが珍しく謎解きに参加してくる。
ハートは月曜の1と4時間目の4で答えは"4"。
同じようにダイヤは"4"、クローバーは"3"、スペードは"5"。

『4435で5桁にならないよ。』
「足し算でもあかんな。」

うーん、曜日を1から5に置き換えるのが悪かったのか。

『分かった!!!』

突然ひらめいて大声が出た。
黄瀬くんがビクッとする。

『曜日を英語にして文字数にする!』
「えーっと、じゃあ月曜はmondayで6文字だから6×4=24で、火曜はtuesdayで7文字だから7×2=14で…5桁超えそう。」

和成が計算してくれたが合わない。

「いるところだけでいいじゃん。」

むっくんが言った。

『いるところ?』
「dayはいらないんじゃねーの?」

そうか、dayはどの曜日にもあるんだからそれ以外の文字数ってことか。
つまり月曜は"mon"dayだから3文字だ。
そして4時間目だから3×4=12。

『えーっと…火曜日は…。』
「12863だ!」
「キタコレ5桁!!」

3×4=12
4×2=8
6×1=6
3×1=3 【A.12863】

顰めっ面で必死に暗算をしている今吉さんや花宮より、紙とペンを持ち、協力し合った伊月と和成の方が速いのは当たり前で。
花宮がちょっと悔しそうな顔している。

「ボタン押すッスよ?」

黄瀬くんがパネルのボタンを押し始めた。

『むっくんやったね。』
「たまたまだし。てか英語なら室ちん気づかなきゃダメでしょ。」

氷室くんは肩をすくめた。
その時、棚の中からカチャっと音が鳴った。
どうやら黄瀬くんが数字を揃えて、箱の鍵が開いたらしい。
黄瀬くんが恐る恐る箱を開けて中のものを取り出す。
それは小さな銀色の鍵だった。

「なんやこれ結構ちっちゃいやん。」
「ドアを開けるような鍵ではねぇな。」

花宮が黄瀬くんから鍵を受け取り、じっくり観察した後にズボンのポケットに突っ込んだ。

「この鍵使えそうなところも探していかなあかんな。これまでに見たやつおるか?」

今吉さんがみんなの顔を見渡すが、誰も心当たりのある人はいないようだ。

『向こうの班の方かもしれないですよね。』
「それがめんどくさいとこやなぁ。」

家庭科室にはもう何もなかった。
仕方なく小さな鍵穴を探す、という課題を残しつつ部屋を出ることに。
家庭科室のドアに手をかけた和成がビクッとした。

「やばいっすよ。ゾンビけっこういるっぽい。」

確かに、白く曇ったすりガラスの窓越しに何か動く気配がある。
どうします?と今吉さんに視線を向ける。

「まず扉の目の前に来た瞬間に一体倒そか。氷室いけるか?」
「待ってそろそろ俺もやりたい。」

原が名乗りを上げた。

「じゃあ譲ろうかな。」
「はいはーいありがと。任せて。」

今吉さんが引き戸に手をかける。
原が扉の正面に立って深呼吸する。
ガラスの向こうの影を見ながら花宮が指をパチンと鳴らした瞬間に、今吉さんがタイミング良く扉を引いた。
飛び出していく原、教室から顔を出す和成。

「おっけー、後は右の方に一体しかいない!」
「俺もちょっと行ってみる。」

それを聞いて氷室くんと伊月も廊下に飛び出していった。

『素晴らしい連携プレーだね…。』
「そうね…チーム組めるわよ。」

今吉さん、花宮、氷室、和成、伊月。
…あぁ、控えに原も入れなきゃ。
いや、花宮は監督かな?

『でもPGばっかだよ。』
「PGって可愛らしい男が多いわよね。」

そう言ってウインクを一つかました玲央の顔を見て、私は誤魔化すように変な笑いをするのだった。



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謎を思いついてもそれを文章で説明するのが…
ハートなどのマークは全て*で表しています。



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