黒バス脱出原稿

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職員室を出て二階も探し終わり、次は一階。

階段で下から上がってくるゾンビに出会ったけど、和成が楽しそうに飛び蹴りしていたし何の問題もなかった。

「また技術職員室にお菓子置いてないかなぁ。」

むっくんがソワソワし始めたのを見て今吉さんがニコニコしている。

「そやな、じゃあ技術職員室から行くか?」
「…いいの?」
「あるかどうかは知らんで?」

やけに優しい今吉さんだけど、たぶんこれでむっくんの心は掌握したんだろう。

いや、考えすぎかも。
単に桐皇には可愛い後輩がいないとか…桜井くんって可愛いのかな?

「おい、何考えてんだ。」

パシリと花宮に後頭部を叩かれる。

「ヤダヤダ花宮DVじゃん?」

原が飛び込んできた。

「あ?廊下と仲良くさせて欲しいか?」
「嘘だって。まぁ俺の方がそっちの気あるけどねーん。」

不穏なセリフを吐く原を胡散臭そうな目で見る花宮。

「好きな子の泣いてるところとか超見たい。」
『あー、分かるかも。』

思わず同意するとたくさんのギョッとしたような顔に振り返られた。えっ、えっ。

『いや、違う、泣かせたいとかじゃなくて…。』
「やっべ!湧の性癖始めて知った!伊月さんどうしましょ!」
「え、いやぁ…。」

大爆笑しながら伊月の肩をバンバン叩く和成は、もうちょっと他校の先輩に対する敬意を持って欲しい。

『違うって。なんか泣いてる男の子とかキュンってしない?』
「よっしゃ花宮いっちょ泣いとくか。」

今吉さんが花宮の首にヘッドロックをかけて、花宮はめちゃくちゃ嫌がって暴れている。

あ、なんか男子高校生らしいな。

ただ残念ながら彼の肘が今吉さんの鳩尾に綺麗に入ったのは色んなものの賜物なんだろうな、と。

大騒ぎしながら技術職員室の前に着いた。

和成がガラリと戸を開けるがゾンビはいない。

むっくんがワクワクしながら入っていくのが彼の背中から伝わってくる。

「あった……。」

机の上の小さな黒い金庫の中。

鍵は開いていて、中からむっくんが掴み出したのは個装のどら焼きが入った箱。

「1、2、3、4…10個ある。」
『あ、ちょうどだ!』

もう一つのグループには非常に申し訳ないが、もちろん食べさせてもらうことに。

みんなでどら焼きを片手に技術職員室を探し始めた。

「何にもねぇな。」
『前になかったからありそう…関係ないか。』

和成が頭につけた白いカチューシャをパカパカさせながら歩いている。

『それ返してよ。』
「なーんで。あ、あれやる?前髪あげてカチューシャするの。ポニテだから可愛いっしょ?」

和成が私の前髪をひょいっとあげてくるりとひねり、ポケットから出した黒いピンで留めた。

そして白いカチューシャをさしてくれる。

『あまりの女子力に驚いてるけどいつも通りか。』
「女子力じゃねーし!妹の面倒見が良いお兄ちゃん力だって!」

そこなにイチャイチャしてんスか!という注意が飛んでくる。

前髪が邪魔だったわけじゃないんだけどやられてしまったのは仕方がない。
和成も満足そうだし。

「よっしゃ技術職員室何もないな。次いこか。」

次は廊下の端っこからだ。

保健室かな?

保健室は前の時伊月の幻影がいてめちゃくちゃ怖かったところだ。

「もしかして保健室って俺が出たとこ?」
『あ、そうだよ。さすがに覚えてた?』

自分の幻影が出ただなんてそりゃ驚きだろうな。

和成がまた思い切ってバンっ!と扉を開けるけど何もいないみたい。

保健室は奥に広いからまだ分からないけど。

ベッドの付近を玲央と探していたら、玲央が小さくあっと声を漏らした。

なんだかドキッとする声で思わず聞かなかったふりをしてしまう。

「湧、あったわよ。」
『え、え?』

シーツをめくって中を覗き込んでいた顔を玲央の方を向けると、玲央は鍵を持って微笑んでいた。

『わ!鍵どこにあったの!?』
「枕の下よ。」

自慢げに枕を指差す玲央。

『すんごい。見つかってよかった…。』

これって本当に見逃してたらと考えると怖いものだ。

だってまたこれ繰り返すとか…気が遠くなりそう。

『今吉さーん!鍵見つけましたよ玲央が!』
「お、ほんま?」
「ってことはまた鍵開けるところ見つけねーと。」

花宮が棚をゴソゴソしながら言う。

「ここはもう人手半分にして来賓室調べよか。」

今吉さんの提案に乗って、私と和成と黄瀬くんと原と今吉さんが行くことに。

保健室から来賓室の入り口までの間に賞状なんかが飾っている棚もある。

……って、あれ?

ここって前に探した時、何も入ってなくて殆ど素通りみたいになったところじゃない?

立ち止まって棚に張り付く。

1つだけ、トロフィーがある。

結構大きいけどWC優勝の時に日向が持っていたやつの方大きい。

よく見ようと思って棚を開けようとした時。

「あっかん!!蘭乃!!」

今吉さんの大声に、弾かれたようにそちらを見ると。

来賓室から突き出たゾンビの手が今吉さんの首を掴んでいた。

喉からヒッ、と声が出るがとにかく大声で和成の名前を叫んだ。

一緒に来るはずの和成や黄瀬くんはどこに行ったんだろう。

原も…そう思った時、視界の端に写ったのは消化器。

何も考えずにそれを掴んで走る。

今吉さんは顔を真っ赤にしてゾンビの腕を掴んでいる。

来賓室の扉を勢い良くあけると、腕を出しているゾンビが出てきた。

その顔目掛けて消火器を打ち込む。

緩くなった手を何とか逃れた今吉さんが咳き込む音が聞こえて。

誰かが真後ろにいる気がしたけどどうしても止まれなくて。

体勢を整えてこっちを見つめるゾンビの顔を真っ直ぐ見ながら、右手に握り締め直した消化器を叩きつけた。

振りかぶって、全力で。

ぐしゃりと潰れる感覚がして、巨体が後ろに倒れる。

倒した、ゾンビを倒した。

「わぁお、初だね?」
『うーん、初、かも。』

急に背後から現れて肩を抱いてきたのは原だ。

「筋いいじゃん?バレーやってたから肩強いんじゃね?」
『うん、まぁ強いけどね。』

振り返ると今吉さんがバツの悪そうな顔で私を見上げていた。

『えーっと…。』
「あー、…すまん。」
『いえ、貴重な経験ありがとうございます…?』

あっと呟いた原が保健室の方を見ているみたいだから、そちらに視線を向けると。

みんなが顔を出していた。

大丈夫だよ、と笑顔で手を振るけど薄暗いし顔なんて見えてないだろうな。

『和成くんと原くんと黄瀬くんはどこにいたのかな?』

一緒に移動しようと言っていたのに今ごろやってきた和成を睨みつける。

「いや、なんかそこのスリッパ並んでるところが気になって…。」
「俺もそこのカーペット捲れてるところ気になって見てました…。」
「俺は湧チャン見てた。」

原は論外として、私も含めてみんな自分の気になるところで立ち止まった結果がこれだ。

「はぁー…ワシの認識が甘かったわ。君らゴーイングマイウェイすぎやろ。桐皇より酷いで。蘭乃がワシに近いところに興味持ってくれて良かったわ。」

まぁつまり私も同罪なわけで。

バツが悪いので今吉さんから思いっきり視線をそらす。

「蘭乃には感謝してるんやで。そろそろ来賓室入ろか。」

今吉さんは笑って私の肩をポンと叩いてから来賓室へ入っていった。

はぁ、とため息をついたらポケットに手を突っ込んだ原が体を当ててくる。

「だいじょーぶ?」

顔を覗き込まれても原の目は見えない。

でもいつもより真剣な顔をしている…と思う。

けどさすがに近いから原から距離を取る。

『大丈夫だけど?』
「そう?ゾンビに消化器ぶち込んでる湧チャンさぁ……ちょっと興奮しちゃったかも。」
『はぁ?!』
「女の子が暴力ふるってんのやばいね。もうなんか全部やばかった。膝上のスカートの動き方とか足の動きとか上半身のひねりとか。」

息継ぎなしで、真顔で、原は言い切った。

「どうしよう俺おかしい?」
『…分からない。けどとにかく私のトキメキを返して。』

答え方に困って、雰囲気を変えようととにかく茶化す。

「ん?返すよ。大事に取ってて。」

ぐいっと一瞬、顔を近づけられて、原は離れていった。


なにあれ。原怖すぎる。


気を取り直して来賓室に入ろうとして、そう言えば今吉さんが襲われる直前に自分がしていたことを思い出す。

トロフィーだ。

1つだけあったから不思議だなって思ったんだ。

『原、ちょっと来て。』
「ぐぇ。容赦ない引き具合…。」

来賓室に入りかけていた原の服の背中の部分を容赦なく引っ張って、ガラス戸の棚の前に連れて行く。

「なになにどうしちゃったの?」
『これ見て、トロフィーが1つだけあるの。たぶん前回はなかった。』

原はポケットに両手を突っ込んで、腰を曲げてトロフィーをしげしげと見つめた。

『この棚って開かないのかな。』

ガラス戸を引っ張っても、持ち手が上の方にあるし、大きすぎて上手くいかない。

「貸して。」

原が扉をガッ、ガッ、と詰まらせながらもなんとか上手いこと開けてくれる。

トロフィーを恐る恐る手に持つ。

「変なとこある?」
『ない…かな…。』

「どないしたん?」

来賓質の入り口から今吉さんが首だけ出してこっちを見ている。

「そんなとこおっても暗くて見えんやろ。危ないし部屋の中で見たら?」

今吉さんに促されて、トロフィーを持って部屋に入る。

「なにそれ?」
『前はなかったはずのトロフィーがあったんです。』

トロフィーの下の台のところ、金色のプレートに文字が書いてある。

それは初めて見た中学校の名前、それから…。

『バスケだ…全中でベストプレーヤー賞取ってる…。』

これはこの中学校の生徒が全中でとったベストプレーヤー賞のトロフィーなんだ。

「これ結構昔のやつやんな。こんなトロフィーなかったやろ?」
「名前、消されてるじゃん。」

金色のプレートには大きな空白があって、そこは本来ベストプレーヤーに選ばれた人の名前が書かれてある場所。

『でもこの中学校の名前、やっと分かったね。』

花宮が国語の教科書を振った時に、ここが中学校であることは気づいていたけど。

もしかして、前回体育館から元の世界に戻った時に帝光中前に着いたのはそれが理由だったりして。

トロフィーをゆっくり指でなぞって、その裏を見た時、気づいた。

『今吉さん、ここ!鍵穴があります!』

トロフィーの上の部分、金色の装飾の中に入ってる赤い球体に鍵穴が空いていた。

「ほんまや、さっき見つけた鍵誰持ってるっけ。」
『玲央です!!』

トロフィーを引っつかんで来賓室を飛び出そうして、首根っこを原に掴まれた。

『う"っ…!!』
「はい、落ち着いて〜。」

どうやら反射的に出て行こうとした私を止めたのは原らしい。

そのまま左腕で体をホールドされる。

「今吉さぁん、この子拘束した方がいい?」
「そやなぁ、こない学習能力のない子や思わんかったわ。」
『あーやっちゃった…。』

危なかった、またゾンビの前に飛び出すかもしれないところだった。

ニヤニヤした二人に囲まれる。

「あっ、今吉さんと原さん!湧にセクハラしないで下さい!」

和成が叫ぶ。

「え〜あかん子にはお仕置き、やろ?」

今吉さんのニヤニヤした顔が真上から近づいてくる。
妖怪みたい。よ、妖怪みたい、本当に。

原に拘束されてるおかげで全く動けないし。

頼みの和成は大爆笑してるし、黄瀬くんも変な笑顔で見てるだけだし。

味方が、いない。

っていうか今吉さんは何するつもりなの…


その時、扉がガラリと開いた。

「おい、何して…」



ゴチン。


『ひぇっ…!』

和成によって晒け出された私のおでこに今吉さんのおでこが控えめにぶつけられた。

「さっき頭打ってたから優しいんやで。」

そっと呟かれて、体が縮み上がった。むやみやたらに囁かないで欲しい。

『分かった、分かったから離れて下さい…!』
「ひひひ。」

原の笑い声が不穏すぎて、拘束がなくなった瞬間に全力で離れる。

『花宮ぁ、いじめられた!』

眉間に皺を寄せて原を睨みつけている花宮に飛びついた。

「おい!…お前、びっくりするだろうが。」

片腕で軽く抱きしめられる。

そう言えば花宮も私にとって完全に信頼出来る人じゃないのか。下心的な意味で。

和成はあっさり裏切るし伊月もアレだし…水戸部とコガと離れちゃったの間違いだったな。

『ねえ花宮、原が変な目で見てくる。なんとかして。』
「抵抗すればするほど喜ぶぞあいつは。」

あぁ〜…やっぱりそんな趣味あるんだね。

原を見たらニヤニヤしながらピースされた。

思いっきり睨んだら花宮にため息をつかれた。

「その強気さがダメだっつってんだけどな。」


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