黒バス脱出原稿
□2-9
1ページ/1ページ
2-9
「で、お前は何をしようとして怒られた?」
花宮に尋ねられてやっと思い出した。
『そう!これ見て、ほら、ここに鍵穴あるでしょ!』
「あぁそうだな、で、何で怒られた?」
『えっ…。』
和成が震えているのが見えなくても分かる。
『えーっと、玲央が鍵持ってるから…。』
「から?」
『鍵をもらいに行こうと…した。』
花宮は無言で私を見つめる。
私も見つめ返す。
花宮は何も言わない。
『……えっと、飛び出そうとしました、ゴメンナサイ。』
謝ってしまえばもう花宮の顔は見れない。
顔の位置はそのまま、目だけ思いっきり反らせた。
「蘭乃凄い顔しとんで。」
「花宮さんすげぇ。」
和成がなぜか本気のトーンでそう言った。
「湧を謝らせるとか強い。全然感情こもってないごめんなさいだったけど。」
『待って、私そんなに謝らない?』
勢いよく和成を振り向くと、キョトンとした顔の彼。
「いや、そういうことじゃないけど、うーん、負けず嫌いだから分かってても言葉では言わなくね?」
和成が言うんだからそうなんだろう。
「じゃあそんな湧ちゃんもみんなに見られながら謝っちゃうくらい花宮には弱いってことじゃん。」
原が生き生きしてる。
そんなに私が花宮に屈服してるところを見たいのか。
「でも、湧さんさっきゾンビ倒したじゃないっスか。運動神経悪くないっぽいし廊下に1体くらいいてもいけんじゃないっスか?」
黄瀬くんが口を挟む。
『無理無理。絶対無理だよ。飛び出そうとしておいてなんだけど絶対無理。』
「花宮さぁん。」
「あ?」
高尾がソファのクッションを持って走ってきた。
「この際だから言っときますけど、湧って割と挑戦する前から諦めるタイプですよ。負けるのが嫌っつって。」
『和成、私のこと嫌い?』
「ううん?大好き。」
にっこり笑った和成の持つクッションを腕から引っこ抜き、彼の顔面をぶっ叩いた。
っていうかこいつ、花宮のこと応援してるとも取れる言動が多い。
『私の話いらなくない?ねえ花宮、玲央のとこ行こうよ。』
「向こうももう引き上げて来るだろうから待っとけ。」
花宮にそう言われて大人しく待っていることにする。
「まぁここも見るもんないけどな。」
「なにもないっス。」
来賓室の収穫はゼロ。
諦めた原がガラリと扉を開ける。
「おっ、実渕じゃん。」
花宮の言う通り、保健室を探していた組ももう来ていたようで。
『玲央!鍵貸して!』
「保健室で見つけた鍵ね?」
みんなが来賓室に入った。
玲央から鍵をもらってトロフィーの穴に入れる。
『あっ、入った。』
鍵を回すとかちゃりと音がして、それから何かが足に当たって床に落ちた。
これでこの鍵を、氷室くんが三階の途中で見つけた鍵穴に突っ込みに行く必要がなくなったわけだ。
「黄色のやつ!」
黄瀬くんが叫んで拾い上げたのは、さっき見つけた黄色い五角形も全く同じ材質の、今度は三角形。
二等辺三角形だ。
「トロフィーの底抜けたんやな。台座の中に入ってたみたいや。
「さっきの五角形のやつは誰が持ってるんだっけ?」
「あぁ、ワシや。」
氷室くんに言われて今吉さんが五角形を出した。
来賓室の机に並べてみる。
五角形の一辺が三角形の底辺の部分とぴったり合う。
ってことは。
「星みたい。あと三角形4枚あれば星になる?」
「星を欲しがる。」
星に気づいたむっくんに驚いて声をあげようとしたのに。
『い、づ、き……!』
伊月がキラキラした顔でダジャレをかますから思わず一瞬真顔になってしまった。
「ほんと、今すんげぇ同意しようとしたのにめっちゃ気ぃ抜けた!」
みんな呆れた顔をしているのに和成だけ大爆笑していて、思わず私も吹き出してしまった。
「湧と高尾くんがいたら笑ってくれるから嬉しいな。」
伊月がニコニコしながら星になりかけのその二枚を持った。
「これあと四枚、向こうの班が持ってくれてたらいいんだけどな。」
『違うよ、途中で見つけた鍵穴があるから三枚プラス鍵一つだったら最高。』
あそっか、と和成が頷いた。
「あとその星をどうするのか…まだ星とは決まってねぇけどな。」
「そうやな。よっしゃここ出るで。」
そうやって可能性を一つに決めつけないところが賢さなのかなぁ、なんててきとうなことを思いながら伊月に続いて来賓室を出た。
「あと見てないのってここだけっスか?」
黄瀬くんが指さすのは、この学校に2つある入り口の1つ。
下駄箱とか並んでるのは向こうの班のいる塔の一階。
職員室や保健室なんかがある方のこっちの棟には、先生が使う入り口だろう。どこの学校にもあるよね。
当然そこには外に繋がる扉もあるわけで。
ガラスの扉に張り付いて外を眺める。
木も揺れなければ鳥の姿もない。
暗くて分からないけどたぶん雲もないか、動いてないか。
ただずっと変わらないところに月がある。
分厚い夜の闇がガラスを圧迫しているようだ。
私は暗いのがあんまり好きじゃない。
この学校の中はちょっと薄暗いだけだし何より大勢でいるから怖いとは思わないけれど、こういう夜の真っ暗な闇を見ていると心がザワザワする。
夜中にトイレに行くのもそこまで怖いとは思わなくても何となく走るタイプだ。
「何見てんだ?」
突然、背後からガラスの扉に体を押し付けられた。
辛うじて動く首を回すと、花宮が背中合わせで凭れかかってきている。
『いや、何もないけど。何もなさすぎるな、って。』
「ガラスに映ってる目がすげぇ怖かったぞ。」
花宮はそう言って私から離れた。そして腕を取られる。
「ほら、探すの手伝え。」
ふわりと体がガラスから離され、目の前の風景は夜の闇から花宮に変わった。
穏やかな目をしている。全てを見通せそうな聡い目だ。
「さっきまで元気だったのに突然怖がんな。出られるから。」
誰にも聞こえないように、小さな声で花宮はそう言った。
あぁ、優しいな。
『…ごめん。』
「ふっ、なんだそれ。」
さっき謝らないって言われたから、今度はわざとそう言ってみると、花宮はおかしそうに笑った。
花宮は頭が良いから、言いたいこと全部伝わるの、嬉しい。
「あれ、これ真ちゃんの靴じゃね?!」
和成が突然素っ頓狂な声をあげた。
下駄箱の一つから和成が大きな靴をつまみ上げてしげしげと眺めている。
「うん、これ真ちゃんのだ。すり減り具合とかも完璧。」
すっごい大きな靴だ。
「靴ならここにも入ってたけど。」
むっくんが出したものを見て原があっと声をあげる。
「それ俺の!」
履き潰した茶色のローファー。性格が出るなぁ。
「霧崎は靴も指定だろ。本当に原のか?」
「うん、絶対そう。」
「なんや、そういうことか。」
今吉さんが手をパンと鳴らした。
みんなが見る。
「今回はここに飛ばされた時に室内におった奴とか、まだ靴履き替えてなかった奴とかおるやろ。前みたいに突然向こうの世界戻って靴なかったら困るからや。」
『それぞれが元いた場所には戻らないんだね。』
前回みたいにみんな同じ場所に戻る方が安心出来る。
「俺思ったんだけど。」
伊月がめくっていた絨毯を戻して立ち上がった。
「今回で終わらせるって言ってたよね。もし本当に完全にゲームクリアして、俺らが元の世界に戻ったら、全部忘れてるってこともあるんじゃないかと思って。ちょっと心配になってた。」
伊月はなかったことになる可能性に気づいて私に告白したのだろうか。
全部忘れるとしたら、今吉さんや赤司くんや、大勢の人がただの他人に戻ってしまう。
花宮のことも全部忘れて、きっと次に会った時は。
『絶対そんなの嫌だ。』
「大丈夫や、そんなことあらへん。」
今吉さんが断言した。
「前回のゲーム終えてから、あのゲームのせいで変わったことってあったやろ。」
「赤司と降旗とメールするようになった。」
『私も、宮地さんと連絡取ってる。…花宮も。』
花宮が頷いた。
「そんなん全部忘れて元の生活に戻ったら、おかしいって思うこといっぱいある筈やろ。」
今吉さんが強い口調でそう言った。彼もそうならないことを願ってるから。
「おいお前ら、出てからのこと心配する前にまず出ること考えんぞ。」
花宮が私のポニーテールを軽く引っ張りながら、呆れたようにそう声をかけた。
「そうっすよ。まぁどうせ俺は湧と元から仲良いし関係ないからな!」
「えぇ、高尾っちズルいっス!」
高尾が場を和ませる。
「そういえば月バスのインタビューで俺のこと言ってたよね。」
氷室くんにそう言われて思わず苦笑いした。
『あー、あれ?だって氷室くんが月バス載った時にビジュアルも凄い書かれてたから…。』
「都合が良かった?」
『まぁそういうことだよね。それにあれ、一つ上の人はもう選手じゃないから答えられないし困ったんだよね。』
そうじゃなかったら宮地さんとか候補は増えたんだけど。
『でも本当に氷室くんのことはかっこいいって思ってるよ。優しいのもそうだし。』
改めて氷室くんの顔を見ると、本当に綺麗だと思う。
伊月の顔もけっこう整ってると思うけど、氷室くんの方が目が大きくてタレ気味で優しくて。
原もそうだけど、隠されると気になる。左目も見たい。
ジッと見つめていると、氷室くんは首を傾けながら背を屈めた。
「氷室、てめぇ動け。」
「あぅ。」
氷室くんの膝に花宮が蹴りを入れた。一応今はゲーム中だから本当にラフプレーだ。
「いいじゃないか嫉妬しなくても。どうせ秋田にいるんだからこんな時にしか会えないんだし。」
確かに洛山や陽泉の人って会おうと思っても会えないから寂しいよね。
花宮は聞いてないふりをしている。
「…ねぇ、これなんか変。」
むっくんが騒いでいた私たちを振り返ってガラスケースを指差した。
靴を脱ぐ場所から上がってすぐ、そんなに大きくはないけどガラスケースの中に木彫りの絵のようなものがあった。
『ん?何が変なの?』
「だってこの絵、ぐちゃぐちゃじゃん。」
むっくんの指摘に私たち三人は首を傾げながらジッと絵を見つめる。
『ほんとだ、これ絵なのに絵になってない。』
「あぁ、簡単じゃねーかこれ。」
花宮がニヤリと笑った。
.