黒バス脱出原稿

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全員が難しい顔をしてスクリーンの数字を見る。

34/43…まさか34月43日って意味じゃないよね、13月を2周目の1月にするとか…。

「赤司、さっきゆーてた屋上の扉とこれは関係ないんやろな?」
「…恐らく。」

黒子くんが小さく溜息をつく音が聞こえた。

「誰かなんか言えよ。」

宮地さんが言った。

「めんどくせーからお前ら全員考えてること全部口に出せ。」
『34月43日。』

取り敢えず間髪入れずに口に出す。

「うわ、それ計算するのめんどくせっ。」
「文字の色なんだこれ。」
「黒じゃないね。」
「緑っぽくない?」
「濃い緑だ!」
「濃い緑か。」
「真ちゃん。」
「俺は濃くないのだよ。」
『ばかずなり。緑間くんもそこじゃない。』
「それは雑談だろ!」
「濃い緑…ですか。」
「ゾンビ。」

和成と緑間くんの頭を叩こうとしていた宮地さんが止まった。

透き通った優しい声で、氷室くんが答えを言い当てたから。

「なるほど、43体いるうちの34体まで倒してるってことか。」
「43体って中途半端な数字だなぁ。」

日向が大きく頷きながら感心したように言う隣で伊月が首を捻る。

「B班は今回10体倒したが。」

花宮、倒したゾンビ数えてたんだ。

「こっちは11体だよ。」

じゃあみんなが会議室に集まるまでに13体も倒してるってこと?

『コガが1体。』
「俺は4体かな。」と氷室くん
「俺は1体倒した。」と原
「緑間と2体か?」と青峰
「黄瀬と俺で1体。」と和成

みんななかなか面白い組み合わせが出来てたんだ。

「ワシは1人で1体や。」と今吉さん
「森山さんと1体よ。」と玲央
「光樹と2体。」と赤司くん

日向やむっくん、黒子くんは首を振っている。

じゃあちょうど13体だ。

つまりスクリーンの数字はゾンビの数で正解。

「やはりゾンビを全滅させなければならなかったようだな。数の半端さも気になるところだね。」

赤司くんがやれやれと首を振る。

「確かさ、一回目の時、会議室で氷室が"敵を全部倒したらゲームは終わるのか"って言ったじゃん。」

原がらしくもなく静かな口調で話すから、神妙な空気が漂う。

「あれ俺ら笑ってたけど、マジだったね。」

懐かしい記憶が蘇る。

『ゾンビ見つけ出して倒して、それからダイナマイトを配置して、屋上の謎を解いてここから出る。』

口に出してから後悔するくらい、まだまだしなきゃいけないことはたくさんある。

みんなの顔を見渡しても、なんだか下を向きがちで、全然目が合わない。

日向も水戸部も、こんなにげっそりした顔見たことないかも。

花宮もさっきから口数が減っている。

どうしよう、私もしんどいけど、みんなハードな部活終わりなのに。


どうしたらいいんだろう、と今吉さんを見ようとした時、パンッと乾いた音が鳴った。

「この辺で一回レスト取るか。」

宮地さんが手を叩いた音だ。

「そうですね、さすがに少し疲れました。」

赤司くんが頷いた。

「レスト…休憩取るってどうすんの?」
「寝る。」

コガの質問に青峰が即答する。

「寝ると言ってもこっちは床でも眠れるお前みたいな野獣ではないのだよ。」
『床はちょっと厳しいね…柔らかいところなら…あっ!』

体育館倉庫を指差す。
前回花宮と一緒に掃除用具入れに入ったことを思い出してちょっとだけ後悔したけど。

『マット敷けばいいんじゃない?』

床運動の普通のマットだったら硬いけど、凄くフワフワの分厚いマットがあるはず。

私も平均台の授業で助けてもらった。トランポリンの周りに敷くマットも同じような感じなのかな。


「蘭乃、マジで?」
『え、それしかなくない?』

日向と顔を見合わせる。


「…確かにそれしかないよな。」




**




眠れない。

目をパチリと開け、半分照明を落とした体育館の天井を見る。

隣に眠る黒子くんの気持ち良さそうなスースーという寝息が聞こえる。


目を閉じていても何度も何度も繰り返し今日1日の色々な場面が再生される。

別に怖いとかそういうことじゃなくて、ただなぜか映像が途切れてくれない。

ちょっとした興奮状態なのかもしれない。

真っ白なフカフカのマットの上で起き上がってみる。

「眠れないの?」

静かな体育館に静かな声がして、右を向くと原が同じく体を起こしていた。

『うん、ダメみたい。原も?』
「俺もダメっぽい。」

ふふふ、と微笑み合って、原は私に手招きした。

マットの端にいる原の隣に腰を下ろす。

原の隣には花宮が転がっていて、少し丸まった姿勢で眠っているように見える。

「なんか興奮しちゃって寝れない。」
『怖いとかじゃなくて?』
「どうだろ、もしかしたらそうなのかもね。」

本当に出られるのかとか、考えたらキリがないから考えないようにしている。

「今日さ、花宮が優しい。」
『え、そうなの?』
「うん、湧ちゃん限定だけどねん。」

なんとも反応し難くて黙り込む。

「正直気持ち悪りぃ。」
『やめてあげて。』

原はニヤニヤしていた顔を引き締めた。

「どう思ってんの?」

原の人差し指が花宮を指す。

「俺のことはまぁ置いといてさ、だってクソ男じゃんこいつ。」

たぶん誰もが思っていたけど、誰もがこれまで聞いてこなかったであろうこと。原が今聞いたことは。

「チームの柱ぶっ壊したスポーツマンシップの欠片もない悪童。」

あぁ、心が痛い。

本当にだって、原の言う通りなんだもん。

『あのね、自分の中に、花宮を許せない気持ちと好きな気持ちと両方あるの。』

言いたいことは整理出来てないけど、原の優しさに甘えて全部口に出させて欲しい。

『そもそも私の中の常識では、試合中に相手のことあんな風に怪我させる人なんてまともな人だとは思えないの。過去のことかもしれないけど、本質的にああいうこと出来る人なのかもって怖かった。』

原は見えないけど、たぶん真っ直ぐ私を見つめて黙って聞いている。

『でもね、みんな一本シュート入れるために何十時間も練習する。一緒にバスケしたいってだけで一生ものの体を簡単に投げ出したりする。それは全国クラスのこの子たちだけじゃない、部活やってる時の学生って普通の子でもちょっとおかしいじゃん。だから花宮もそうなんでしょ。青春が嫌で見たくないならバスケなんてしなければいい。それなのに花宮はまだバスケやってる、必死で。』

花宮はおかしくなり方が人と違った。

そして間違ったやり方だった。

それは花宮だけじゃない、心を壊す人だっている。

幼く残酷な言葉。誰にも追いつけない才能。

数字の並んだスコア。



意図的かどうかは関係ない。

奇跡のような実力を持つ人たちに囲まれて、ここにいるみんなは普通の常識じゃありえない残酷な世界の中に生き、"おかしい"はもっと歪んでいった。





今はもう違うけれど。





『コートから出た花宮は普通だった。』

コートの中にいたあの二年間の花宮を許さなくてもいいんじゃないか?

あれは彼の犯した間違いだったのだから。


中学生や高校生なんてのはまだまだ驚くほどに未熟な部分があって、すぐに壊れてしまうから。

「うん、花宮もなんかあるのかもしんないね。でも湧ちゃんなら受け入れてあげれる?」

原の言い方に違和感を覚える。

まるで私にお願いしているような。

「俺が思う花宮はね、まず自分が好き。自信がある。他人が嫌いなのに実は構って欲しがり…っていうか、注目されていたい。他人と距離を取るのに実は愛されたいタイプ。めんどくさい。」

花宮に殺されちゃうね、と原は笑った。

「俺の思う花宮って本物とは全然違うかもしんないよ。湧ちゃんが見た花宮がどう見えるのかとも違うだろうしね。けどさ、花宮がどんな人間かに関わらず、俺は花宮が全部ぜーんぶ曝け出せる人がいたらいいのになって思う。」

弱い部分を見せるのは恥ずかしい。

プライドが傷つく。


花宮の高い高いプライドは、心の底の小さな一握りの彼の想いをずっと満足させてあげることが出来ずに、そびえ立っているのかもしれない。




認められたい、褒められたい、抱きしめて欲しい。



愛して欲しい。




「花宮は本気だよ。だってウッゼーもん。見ててイライラすんの。」

原にはそう見えるらしい。

あの花宮が私なんかに本気なのかなって、何度も思った。でももうちゃんと、彼の気持ちは届いてる。

『うん、知ってるよ。…原にも出来たらいいのにね。そんな人。』

背後で花宮がもぞりと動く。

サラリと揺れた黒い前髪を人差し指ですくい上げてみる。

右の瞼がピクリと動いた。


そんな花宮とは対照的に、原は暫く微動だにしなかった。





アメリカへ行ってしまう木吉が最後に言った言葉を思い出した。

「花宮のこと急いじゃいかんぞ。」

木吉は最後まで笑顔だった。

「湧があいつをなかなか信用出来ないのは当たり前のことなんだから、焦らずゆっくりちゃんと考えろよ。あいつなら分かってくれるから。」

花宮の何を知っていると言うのか、彼は自信満々にそう言って、呆気にとられる私を置いて去っていった。

私は遠くなっていく木吉の背中をただ見つめていた。





**




肩を叩かれて、目が覚めた。

下を向いて寝ていたから誰か分からない。

「ほら、起きろよ。」

声で誰だか分かって飛び起きた。

『あ、青峰っ。』

てっきり和成か誠凛の誰かか…宮地さん今吉さん森山さん…いやいや、誰でもありえるか。

けど青峰だけはちょっと意外すぎる、私を起こすなんて。

「すっげぇびっくりした顔だな。つーかお前、花宮のこと好きなのか好きじゃないのかはっきりしろよ。」
『…はい?』

寝起きから心臓に悪いことが立て続けに起こる。

思わず顔をしかめて胸を押さえた。

「だから、原が聞いたのにお前答えなかっただろ。結局どう思ってるとかって。興味ねーけど答えると思って待ってたのに言わねぇから気になるだろ。」
『ちょっと、ちょっと待って起きてたの?』

周りも起きて騒がしいとは言えそんな話するならさすがに小声くらいにはしてほしい。

青峰を引っ張ってマットから降りる。

「起きてたって俺だけじゃねーだろ。」
『そうなの?!』

盲点すぎた、いや、そもそも私と原以外の人がどうして寝てるなんて思ったんだろう。

「赤司は起きてただろ。今吉はどーだろな。緑間は寝てたな。つーか花宮は?寝てたのか?」

恐ろしい一言に心臓が凍りつく。

『え、寝てたよ!だって目瞑ってた!』
「目閉じてたからって寝てるわけじゃねーだろ。」

青峰が呆れたように後頭部をガシガシと掻く。

でもあの寝返りの打ち方とか、前髪に触れた時の感じとか、とにかく説明できないけどあれは寝てたと思うんだけど、自信がなくなってきた。

また顰めっ面をして心臓を抑える私を、青峰は困った顔で見る。


「まぁでも、お前の言いたかったことは分かる。」
『なにが?』
「俺くらい上手いやつはまた別だろーけど、なんでバスケが全てみたいに生きてんだろな。」

バスケがちょっと出来なくたって人生に絶望する必要は全くない。

高校三年間だけのことなんだ。

IHで優勝したからって人生は何も決まらない。

それでもみんな、それだけが全てのように生きている。

良い意味でも悪い意味でも。

一番高いところに立つ青峰の目にはそれがより不思議に映るのかもしれない。


『わかんないよ。』

青峰を見て私は首を振るしかない。

『分かったらたぶんこんなに苦しくないし、楽しくもないんじゃないかな。』




まだ十数年しか生きてないけど、人生って難しい。


青峰は分かったような分かっていないような、変な声を漏らしながら私から離れていった。




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きっとむっくんは起きてから1人で会議室まで来たと思います。
氷室は会議室に来るまでに2体とコガ水戸部湧さんが見てる時に2体ですね。

そして今日こそこのセリフを言う時です、これは、二次創作です。私の、私の中の原の、青峰の、意見です。

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