黒バス脱出原稿

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屋上への扉の横のスイッチを赤司くんが押すと、がちゃりと音が鳴る。

「…開いた。」

降旗くんが息を呑んだ。

黄瀬くんがゆっくりその扉を開けると、そこにはなんてことない普通の屋上。

窓も開かなければもちろん、外への扉が開いたこともなかったから外の空気を初めて吸う。

まだ解放された気にはなれない。

「どうした?」

いつの間にか後ろにいた日向が私の顔を覗き込む。

『いや、異次元の空気だなぁと。』
「大丈夫だ、さっきからずっと異次元の空気吸ってんだろ。」

宮地さんが手で空気を払いのける仕草をしながら笑う。

『そ、そうですよね。考えすぎだ。』

空を見上げるとやっぱり動かない月があるだけ。

暗いところってそんなに得意じゃないんだよな。

「疲れてないか?」

さっきまで先頭にいたくせに、花宮が私の背中に手を置く。

たぶん今の言葉は口実で、1度目の赤司くんの家や、さっきの玄関での様子を踏まえて心配してくれているのだろうけれど。

「花宮、ほんっと湧ちゃん大事にしてるよね。」

原が屈んで私の耳元に囁く。

『や、めて…。』
「あれあれ、耳弱い?」

原の鳩尾に拳を叩き込もうとした瞬間、花宮に後ろから抱きすくめられた。

『うっ…!』

彼は私の体を軸に体を半回転させ、原の鳩尾に華麗な蹴りをいれる。

「う、あ…いって…花宮マジかよ…。」

さすがの原もガードが間に合わず、思わず後ろによろめいた。

『花宮…。』

確かに私が手を出しても固い腹筋の盾にまともな攻撃を加えられるとは思わないけれど。

「花宮ブレねぇな…。」

日向がもはや感心したような声を出す。




「嘘やん。」
「どうすんのこれ。」

私たちがワイワイと騒いでいる間に、今吉さんとむっくんが何か見つけたらしい。

「ロープが、あった。」

赤司くんが指差した方向には、反対側のフェンスにかかったロープが。

ロープがかかった方はグラウンドのある方向だ。


『え、これで降りるの?』

思わず目を見開いて赤司くんに聞く。

「現状そうするしかないですね。」
「さすがに手を守るものが必要なのだよ。」

緑間くんが浮かない表情でそう言った。

『軍手とかあっても降りれる気がしないんだけど…。』

2年前でも豪腕タイプではなかった私に今や全体重を支える腕の筋肉などない。

「いや、蘭乃さんは青峰の背中に乗ってもらえば大丈夫です。」
「青峰くん、蘭乃先輩をお願いします。」

赤司くんが問題はそこじゃないとばかりに断言し、なぜか黒子くんが青峰に頭を下げ、青峰も楽勝だと私に手を振る。

『私そこまで身長低くないんだから、軽くないよ。』
「何言ってんだ、この間赤司ん家まで乗っけて走ったろ。」

それもその通りだと口を閉じる。

「蘭乃さんのことは後でまた真剣に考えるよ。じゃあ今から手を守るものを探しながらダイナマイトを設置しよう。」
「二人一組くらいでええやろ。」
「はい。それでもしゾンビが出てきたら…各自なんとかしてくれ。」

まさかの赤司くんの投げやりな態度に和成が目を見開く。

「そりゃそうやわ、ゾンビ倒しきってさっきの問題クリアしたのにまた現れたらワシの脳みそもパンクしそうや。」

今吉さんが笑いながら言う。

「それもそうっすね。じゃあ湧は誰がいい?」

和成がおどけた様子で私をヒラリと振り返る。

『え?私?…うーん、じゃあ黄瀬くんで。』
「えっ?!俺っスか?!」

驚愕の表情で黄瀬くんが私を見た。

和成は小さくわぁおと呟いてからなぜだか宮地さんの元へと静かに移動して行ってしまった。

『じゃあ行こっか。』













私が黄瀬くんを選んだのに大した理由はなく、強いて言えば最初にこのゲームで出会ったのが彼だからというだけだ。

彼と二人で始まったから、終わりはまた彼と二人で歩けたらいいなと思ったのだ。

「ねえ、湧さんなんで花宮選んだんスか?」

食い気味に尋ねてくる黄瀬くんの腕の中にはダイナマイト。

『なんでって…え?』
「だって付き合ってるでしょ?向こうから告ってきたんスよね?なんでオッケーしたんスか?」

どうして付き合ってるってバレてるんだろう。

「見てたら分かります。花宮さんから湧さんへの遠慮みたいなのが無いっていうか。」

へぇ、黄瀬くんはそういうことに敏感そうだから分かるんだろうな。

この分だとまず間違いなく赤司くんや今吉さんあたりも気づいているだろう。

「どうして花宮…だってあんなことしてて…。」

黄瀬くんが口をつぐむ。

一応私の彼氏である花宮を真っ向から否定するのは気が引けたらしい。

『そうだね、だって彼は誠凛にとってただの最悪の敵だったもの。でもこの学校で初めて会った時、花宮を見てホッとしちゃった。』

死にかけた時に氷室くんと一緒に現れた原と花宮。

相変わらずの原を殴って私に謝り、それから私のようなやつは嫌いじゃないと笑った。

赤司くんもそうだけど、こんな非日常で淡々といつも通り生きている彼らを見て肩の力が抜けた。

私と花宮は頼れる味方として再会した。

花宮と同じ班になり、彼はいつも私を気にかけてくれた。

花宮はその頃から私のことが好きだったのかもしれないから、そう考えたらただ彼の術中にはまっているだけなのだけど、それでも花宮真は普通の人間に見えたんだ。

「いや、分かってるんスよ。ごめんなさい、俺も青峰っちと一緒に聞いてたから、体育館で寝てた時のやつ。」
『黄瀬くんも?!』

青峰はそんなこと言ってなかったのに。

「だから湧さんの気持ちも分かってます。」

黄瀬くんが二度三度頷いた。

「でももしかして、これまでの花宮の悪行のせいで湧さんが泣かなきゃいけなくなった時は俺のこと呼んでください。俺じゃなくても森山さんでも、紫原っちでも緑間っちでもいいけど。あいつらみんな優しいんスよ。でもやっぱり俺を呼んでほしいっスね。」

少し照れたように笑いながら黄瀬くんは言った。

どうしてそんなこと言うんだろう。

「俺ね、ここで初めて出会ったのが湧さんでよかった。そりゃ氷室さんとかに会った方が心強かったと思うけど。」

そうだね、あんな恐ろしい状況で私なんかにあっても全然心強くない。

「だってここで湧さんに会わなきゃ、湧さんと仲良くなれなかった。俺、本当に大切な人の数は少なくていいと思ってるんスよ。こんな仕事してるから人脈もたくさんあるしその大切さも分かる。だからこそ俺がちゃんと守れるように、大切な人は少しでいい。」

二人の足音以外にはなにも聞こえない。

そんな一切の無駄な音のない世界で黄瀬くんの声は綺麗に響いた。

「湧さんも大切っスから。」

初めてここで彼の笑顔を見た時、花のようだと思ったんだ。



黄色いチューリップのような明るい希望の色。



『黄瀬くんは、かっこいいよ。』





あぁ、違う。




言葉の持つ意味以上に、あなたはかっこいいよ。






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