黒バス脱出原稿

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ついに、校門から外に出る。

「カバンある!」

一番に出た森山さんが叫んで駆け寄った先には、乱雑に積まれたみんなのスポーツバッグやらリュックやら。


「ワシ下宿先から飛ばされたからないわ。」

その時、赤司くんがアッと小さく声を発した。

『どうしたの?』
「これ。」

赤司くんの透明なバッシュ入れの中、外からよく見えるように紙が入っている。

「まさか。」

バッシュ入れを開ける赤司くんの指が震えているような気がした。

「…終わった。」

赤司くんが紙を広げてみせる。

「裏は?」

間髪を入れず宮地さんが尋ねる。

「何も書いてません。本当に終わったのか。」

赤司くんの持つ紙、表には前と同じ"〜Game clear〜"の文字が。

そして前回、赤司くんと今吉さんを震撼させたゲームの続きを示す言葉はなにもない。

白紙だ。




「えっ、終わったじゃん!」

原が叫んだのを機に、ワッと歓声が上がった。


ついに、解放された。

その実感が一気に湧き上がった。



今吉さんと宮地さんが力強くハイタッチをする。

和成が赤司くんと降旗くんの後ろから二人の肩に飛びついている。

「終わったな!」
「木吉と火神とリコにも連絡しといてやらないとな。」
『そうだね、みんなびっくりするよ!』

私も伊月と日向が求めてきたハイタッチにまとめて両手で応える。

そこにコガも飛び込んでくる。

「楽しかったな!」

第一声がこれだ、コガらしい。その後ろで水戸部は苦笑している。

「湧さん!ついに脱出成功っスね!」

覆いかぶさるように抱きついてくる黄瀬くんを抱きしめ返す。

『出会った時もこうしたの、懐かしいね。』
「あの時はほんと泣きそうなほど怖かったのに、またやってもいいって気になってきたんスよねー。」


窓に張り付いて怯えたように泣き言を言っていたくせに。

『まぁ…ね。でももうきっと一生、こんな体験はしないんだろうなぁ。』

しみじみとそう言ったのを聞いて赤司くんが私をジッと見た。

「蘭乃さん、この宇宙で一度しか起こらないことなんてないですよ。きっとね。」

宮地さんがニヤリと笑った。

「終わらせるために頑張ったんじゃなかったのかよ。」
「俺はもうこりごりだぜ。」

花宮がうっすら笑いながら言う。

『怪我しないならまたやりたいかも。』
「俺もやりたい!」

コガが叫ぶ。

「お前が一番怪我しかけてたくせに、バァカ。」

花宮に背中を軽く叩かれる。

「でもこの変なゲーム巻き込まれて良かったです。みんなに会えましたから。」

黒子くんが優しく微笑みながら言ったその言葉に反論する人はいなかった。

花宮でさえも、みんなから顔を背けただけだった。

「さぁ、帰るで。蘭乃荷物持ったるわ。」
『えっ、いいですよ!』
「ちょっと、俺ら帰るとこないんだけど。」

私の荷物を担いだ今吉さんをむっくんが止める。

今吉さんはわざとらしいはてな顔でむっくんを見上げた。

「赤司の家行かんの?恒例行事やん。」
「恒例にされては困るんですが。また同じことがあるみたいな言い方ですよ。」

赤司くんが苦笑しながらもカバンを持つ。

「なんでや、自分言うたやん。この宇宙で一度しか起こらへんことなんかないんやろ?」


赤司くんが黙って今吉さんを見る。


「なんでもいいじゃん。帰ろうぜ!」
「もう一度あるかどうか、全ては運命で決められているのだよ。」
「毎日人事尽くしてる緑間でも巻き込まれてんだから、運悪く巻き込まれた訳じゃないんだろな。」
「腹減った。」
「帰りにコンビニで下着買うよな?」
「そうですね。買いたいです。」
「これ山下るんスか。」
「黄瀬は腹下してしまえ。」
「宮地さんっ?!」
「ほら、水戸部も携帯のライト出して!」
「ちゃんと足元見ぃや〜。」


みんながカバンを持って歩き出して行く。

『花宮帰ろう。』

未だ廃校を見つめる花宮の制服の袖を引っ張る。

こちらを振り返った花宮はそのままゆっくりと近づいてくる。

制服をつかんでいた手を掴み返され、引っ張られて、反対の腕も捕まれる。

『はなみやっ…。』
「キスしていいか?」

突然のセリフに思わず目を見開いて固まる。



「湧!早くおいでよ!」

私の背後の方、少し遠いところからコガの声が聞こえる。

花宮はその方向をちらりと見た後にまた私の顔を見た。



「お前が目を閉じたらする。」





『いいよ、キスしてほしい。』




笑顔で見上げた花宮のバックには廃校が見える。

花宮は軽く目を見開いた後、小さく笑った。

彼の顔が近づいてきて、私は少し背伸びをして目を閉じた。

花宮の分厚めの柔らかな唇が、私の唇を撫でるように挟む。

ふに、と一度食んで離れていった暖かさを追いかけるように目を開けると、花宮が私を見ていた。

「そんな顔すんな。」

フッと笑われて、ついでに右手で頬をムニッと掴まれた。

『ちょ…。』
「帰るぞ、お前のとこの奴らが待ってるから。」


カバンを持ってずんずん歩き始めた花宮を追う。

もしかして照れてるのかな、なんて思いながらその背中を追いかけた。

あれ、私のカバンって…今吉さんか。

『今吉さんかばん持ちます!』
「ええよ、その代わり転ばんように歩きや。」

先を行く今吉さんが振り返らずに手をヒラヒラさせた。








一番後ろにいるから、みんなの背中がよく見える。




あの日、初めて真っ暗な教室で目を開けた時、こんな未来が待ってるなんて思わなかった。

赤司くんと玲央に挟まれた降旗くん。

何を話しているのか、森山さんと盛り上がっている伊月。

青峰と黄瀬くんと黒子くんはいつも通りだけど、あの三人だってこのゲームを通して何か変化があったかもしれない。

「湧ちゃんしみじみしちゃってんの。」

原が立ち止まって私の隣につく。

『いや、変な人と仲良くなったなと思って。』
「俺のこと?」
『そうだよ。』
「何の話してんだ。」




花宮と原の間に立つ日が来るなんて。










人生には劇的なドラマなんてなくて、ありふれたことしか起こらない、そんなものなんだろうなって思っていたのに。


本当に、何があるか分からない。

何も諦めちゃいけない。

自分の足で歩くことをやめてはいけない。

自分が思う常識や限界なんてたかが知れている。







奇跡は何度だって起こる。







バスケを通して、廃校からの脱出を通して、そう教えてくれたのはここにいるみんなだった。




そんなみんなの背中を見て、思わず熱くなった胸を抑える。


反対の手は隣を歩く花宮にギュッと掴まれた。





あんなに迷っていたのが嘘のようだ。


でも、たくさん待たせたけどゆっくり考え抜いて、それでよかったんだ。


だから今、迷いなく、私はここにいる。



晴れやかな顔でこう言おう。









私は、花宮真が好きだ。












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