黒バス脱出原稿

□D-3
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「怖くないのか?」

森の入り口、何もない地面にただ座っている。

真と二人で。

『うん、怖くないよ。』

私の手には森の入り口のきのこの下から取った紙がある。

紙にはこう書かれてあった。

"ウ:SFはCとよく将棋を指す。エ:BはPGにアイスクリームを奢った。"

アとイはもっと前の段階で出てきていた可能性がある。
だから真は原をスタート地点まで返した。

『原は一人で怖くないのかな。』
「さぁ。」

真はどうして原を一人で行かせてしまったのだろう。

「なんでこんなことに巻き込まれるんだ。」

真は吐き出すようにそう言いながら、私の肩にもたれかかってきた。

『そろそろ怖くなってきちゃったね。』
「お前らポジティブすぎんだから、ちょっと怖がってるくらいでちょうどいいんだよ。」
『お前らって?』
「…高尾とか、誠凛とか。」

和成と木吉はハイパーポジティブ脳を搭載してるから仕方ない。

私は昔ほどポジティブではなくなったかもしれないけれど。

『代わりに真がしっかり考えてくれるからいいんだよ。』

真の賢い頭を撫でる。あなたがしっかり考えられるように、私がそばにいるから。

「俺に信頼を寄せすぎだ。」

真がさっきから、らしくもなく弱音を吐く。

本気で言ってるのかもしれないけど、大丈夫だって言ってほしいか、構ってほしいのかも。意外と子どものような甘え方をする。

『だってあの花宮真だよ。ずる賢いし運動能力も高いし、どんな手段を使っても大抵のことは自分の思い通りにできるでしょ。私は真のそういう強さが好き。』
「あぁ…そうだったな…。」

原を離したのはこの不思議な空間の中で一旦落ち着きたかったのかも。

左肩の重みが増す。抱きしめるように、右手でしっかりとその頭を撫でた。

『原が帰ってくるよ。』
「もうあいつはいい…。」

真も原に私のこと色々と相談したりしているのだろうか。

今更無駄に取り繕う必要はないのかな。

「たっだいま〜。」

そう言っているうちに本当に原が帰ってきた。

原は私の肩に顔を埋める真を見てもなにも言わなかった。

『何かあった?』
「ん、ビンゴ。きのこあったよん。」
「どこにあった?」

顔を上げた真に原が紙を差し出した。

「看板の真下にあったけど。」

困ったように前髪をいじっている。

「え、俺はさ、気づいてなかったみたいなんだけど、花宮も湧ちゃんも見てなかった?」
『気づかなかったな。』
「三人とも見てなかったか。」

あの時、看板が高いなとか、なんて書いてあるんだろうってことばかり気になって下は見なかったと思う。

真は納得がいかないようで、険しい顔をしながらも立ち上がった。

『なんて書いてる?』
「"ア:PFはBと同じ人が好きだ。イ:AとDはPGの兄と会ったことがある。"」

真が読み上げた。

情報が多い。登場人物も多いが、これだけの情報があれば解けるだろう。

「よし。謎、解きに行くぞ。」

真が特に気合の入っていない声でそう言った。きっと彼にはなんの手応えもないような問題なんだろう。

私には…気合いを入れて鉛筆を持てば解けそうってことくらいしか分からないな。





森に入って右の道を進む。

STOPの看板と木の箱。

「まあ簡単な話だ。」

先頭を歩いていた真が振り返った。

「表を書くことさえ思いつけば二人ともすぐに答えが分かるだろ。」

さすが、もう真はわかっているらしい。

枝を拾ってきて地面にマス目を書く。縦にABCDE、横にポジション名の5×5のマス目。

確率の問題で"2つのサイコロ"が出てきたら書くような図。

「これで同一人物ではないと判明したマス目にバツをつける。」

同一人物ではない。つまり、Aさんと私が買い物をしていれば、私はAさんではないということだ。当たり前の話である。

『そっか、こうやって書くと潰していけるのか…。』

真が私を見た。

「やってみるか?」
『真はもう答え分かってるの?』
「あぁ、さすがに頭の中でするのはめんどうだがマス目さえ書けば埋めずとも分かるな。」

順番にアの条件から見ていく。PFはBと同じ人が好きってことは、BさんはPFの選手ではないということだ。

『BはPFじゃない。えっと、AとDはPGじゃない。それから、CはSFじゃない。』

アルファベットばっかりで自分が何を言ってるか分からなくなってくる。

『BはPGでもない。それから、BとDはSGとMGじゃない。…あっ。』

この時点でBさんがSFであることが判明した。

「Bに関する情報が4つもあったからそこから決まるな。今のでもっと埋めれるだろ?」
『え?…そっか、他の人はもうSFにはなれないんだ。』

縦のSFの欄のBさん以外にバツをつける。

「あ、今のでDが分かった!」
『ほんとだ。』

SFの欄にバツをつけたことでDさんがPF一択に。
同じようにPFの他のマス目にバツをつける。

『じゃあカからね。EはPGじゃない。…ってことはPGなのはCだ!』

残っていたCのマス目に丸をつけ、Cの他のポジションにバツをつける。

『最後、AはMGじゃない。ってことはAはSGでEがMGだね!』
「簡単じゃん?」

原が木箱のボタンを押して正しいポジションに合わせる。

『問題としては簡単だったんだね。解き方さえ分かれば誰でもできる。』

数学系って解き方が肝心なんだろうけど。

それでもマス目を書くことを思いつかなくても気合いで解けそうだ。解いてるうちにどうせマス目書きたくなるだろうし。

「街でやってるような脱出ゲームにはこんな感じの問題がよく出てくるぞ。」
『行ったことあるの?』
「いや、ザキと古橋が行ってた。」
「え?俺誘われてない。はい、開いたよ。」

原が木箱を開けると、大きめの鍵が入っていた。

「あそこの小屋の鍵かな?」
「今のところ鍵穴はそれしかねぇはずだが…。」

歯切れの悪い真。

取り敢えず試してみようと、鍵を持って小屋まで移動する。

小屋の前ではやはり、あのたぬきの焼き物がある。

「あれっ。」

鍵穴に突っ込む前に原が声をあげた。

『どうしたの?』
「入らなさそう。」

手元を覗き込むと、ほんとだ。鍵が大きすぎる。

『真、気づいてた?』
「あぁ、サイズが違うなとは思っていた。」

だから腑に落ちない顔してたのか。

「んじゃこの鍵どこに使うんだろ。小屋はどうやって開くんだろ。」

突然何をすればいいか分からなくなった。

もうどこも全部見尽くした。

風景だって草原と森と空が広がるばかりだし。

置いてるものも少ないし。

「道外れるのはなしだよな、さすがに。」
『そうだといいけど…。』
「じゃあまだ見てない、見落としてるところはどこだ?」

どこだろ、見てないところなんかなくない?

暫く三人とも黙り込む。



「……戻るか。」
「今度は二人も来てね。」
「……ちっ。」

真が舌打ちしたから腰のあたりを叩いたら、小声でいてぇと呟いていた。




取り敢えずベンチの置いてあった道に行くことになった。3つに道が分かれていたところから右に入った先だ。

森から3分くらいで辿り着けるし、今のところすべてが近いところにある。何往復もしてるからありがたい。

ベンチが見えたところで、原があっと声をあげて立ち止まった。

『どしたの?』
「待って…なんかある。」

前髪が邪魔してるはずなのによく見えるねと思いながらベンチを見て固まった。

『さっきなかったよね…!』

ベンチの上に手のひらサイズの木箱が置いてあった。

絶対なかった。さっきは。

白い看板の下のきのこは見てなかった可能性あるけど、この木箱は絶対なかった。

「さすがにあれは見逃してねぇだろ。クソ、こうやってどんどんフィールド変えられちゃめんどうだな。」

心底嫌そうに悪態をつく真の服を後ろから引っ張る。

『ねえ、誰が置いたんだろ。』

真が振り返った。

『誰かここに来て置いたのかな。』
「いや、それは…まあ夢だからなんでもありなんだろ?」

さっき私が言ったことを返された。

そうだった、そうだったね。

「でもやっぱ不気味だよねー。どうやって出現したんだろね。」

原が私たちの後ろからひょいっと手を伸ばして箱を掴んだ。

「鍵入りそう…入った。」

箱を開けると、中には一回り小さい錆びた鍵が入っていた。

「あ、これ小屋の錠と色同じ…って、あ、え?」

原が空を見上げた。

青かった空の色が、どんどん暗いオレンジに変わっていく。

そして異様に増殖していく雲。

『え、待って、なにがっ』
「降るぞ!」

真がそう叫んで私の手を取った。

雨だ。小屋に逃げ込むつもりだ。




森の入り口につく頃には空は濃い灰色に埋め尽くされ、すごい勢いで雨が降ってきた。

視界が白い。緩くなった地面に足を取られる。

原が頭に被せてきた傘のおかげで私の髪は守られているけど、前を走る真の黒髪はもうぐっしょりだ。

「鍵!」

真が叫んだ。原が持ってたはず。

「はやくしろ!」
「分かってるって!」

原が真を追い抜いて、扉に飛びついた。

鍵を開けて小屋の中へなだれ込む。

1分くらいしか走ってないのに息切れがすごい。走る前から、小箱を見つけたあたりから、心臓が変な音を立てていたから。

『はぁ、しんどっ…暗い…。』
「くっそ、なんだよこれ。」

原に被せてもらった笠を取る。

暗い小屋は区切りも何もない空間が一つ。小さい窓が三つあるが、外は夕方なことに加えて大雨だから光なんて殆ど入ってこない。

小屋の中になにがあるのかもよく分からない。いつか小金井の家でやったホラーゲームみたいだ。

急激な環境の変化についていけない。

暗い、寒い、気味が悪い。

「暗いな、入り口開けるか。」

真がドアに向かった。

「……ん?」

背後からガチャリ、と音がした。

『…どうしたの、真?』
「は?開かねぇ…?」

ドアノブを捻っても鍵のかかった音がするばかり。

「は?!なんで開かねぇんだよ!」

真がドアノブを回しながらドアを叩くから、ガタガタと小屋中が揺れるような音が響く。

『ま、待って、そんな、やめようよ…!』

真を止めようとした時だった。


窓が1つ、バタンッ、と激しい音を立てて閉まった。


飛び上がるようにして小屋の奥を見る。

『今、なにがっ、』
「何事だ?!原?!」
「俺なんもしてないって!勝手に!」

また一つ、バタンと閉まる。

外から"誰かが"閉めてるの?

なんで、そんな、勝手に閉まって、暗い、見えない。

「ま、え、なんで?!なんで閉まってんの?!誰?!花宮どうにかして!」
「原落ち着け!…湧?湧?!おい、バカお前…!!」

誰が閉めたの?どうなってるの?

地面が歪んで、後ろから体を引かれ、平衡感覚が消えた。

ぐるりと目が回った。

目、開いてるのに、世界がぐるんぐるんして…。

「湧!こっち見ろ!」

真が目の前にいるのに遠くで何か叫んでるけどみたい。

原の向こう側で、最後の窓が凄まじい音を立てて、閉まったのだけは分かった。


あとはそのまま、脳がシャットダウンを起こしたように、意識がぶちりと切れた。





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