黒バス脱出原稿

□D-5
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「はーい、まずは紙が一枚。」

花宮に手渡す。

『見せて。』
「はいはい。」

湧ちゃんが花宮の手元を覗き込む。

花宮にはほんと早く服着てほしい。この人、いつまで上裸なの?


「2018=3203、LOVE=1203、62TO=????」


62TOだとなんになるんだろ?

一瞬考えようとしたけどこういうの花宮得意そうだし、別に俺が考えなくてもいいかなって丸投げ。

紙を手渡したら一瞬花宮は眉間にシワを寄せたけど、10秒も経たずに納得したような声を上げた。

「分かった。」
『えっ、もう分かったの!』

湧ちゃんは花宮を持ち上げるためとかじゃなくて純粋に心の底から褒めてくれるからいいよね。

ゴリゴリ体育会系出身なのに、頭の良さが何にも勝るって考え方根っこに持ってるっぽい。

やっぱ相性良いよね…って、花宮は顔も運動神経も全部良いから関係ないねー。顔は賛否両論あるか。

ちなみに二人の体の相性どんな感じか教えてくれないかな、なんて思いながら問題の答えを聞いてみる。

「答えなんなの?」
「3312。」
「なんで?」
「14セグメント表示の場合の横棒の数。」
「せぐめ、え、なんて?」

揃ってあほヅラを晒す俺と湧ちゃん。俺らは日本語しか分からない組。

「なんだ、デジタル表記って言えば分かるか?この場合はおそらく斜めの線も入ってるから14だ。」

デジタル表記ってあの、電卓とかデジタル時計で出るカクカクした数字のやつよね?斜めの線?安い電卓には斜めの線なんかない7のバージョンだけど、アルファベットも表すことができるやつは14ってことか。

『…ほんとだ。6は上の横棒あるもんね。』
「あるな。ああいうの、DSEGって言うんだが知らなかったか。」

知らねーよ。ディーセグってなんだよ。

脱出に巻き込まれるようになってから、花宮はよくクイズ本とか見るようになってた。賢いのにまだプラスで勉強してんだよね。

「これを使う場所はまだだろ?」
「たぶんね。あと俺が怪しいと思ったのはあの絵。」

2回目の学校からの脱出の時も絵があった。

あの時はかけてあった場所があからさまに怪しかった。

今回は絵の内容が怪しい。

二人を藁の上から立たせて、小屋の奥へと連れて行く。

「さっきの紙はどこにあった?」
「ん?この机の上に普通に。」

ポンって置いてた。

「見てこの絵。」
『何も描いてない…?』

そ、何も描いてない、白紙。

「取り外せるか?」
「うん、簡単にね。」

釘に引っ掛けてるだけだし。

木のなんの変哲もない額縁を花宮に渡す。

花宮が額縁から絵を…描いてないけど…外したから、ランタンを近づけた。

「よく見えねぇな。」

ちょっと暗いよね。ただの白い画用紙っぽい紙を三人で見つめる。

『でも本当に何も描いてないみたい。』
「肉眼で見る限りはマジでなんもねぇな。」
「どうする?」
「絵を出す。」

絵を出す?

『火で炙ってみるとか?』
「水に溶かすのもあるんじゃない?」

湧ちゃんと顔を見合わせる。どっち?

「火で炙るのはみかんの汁とか灰汁なんかで書かれた文字が炭化して出るのが有名だな。あとは蝋で書いておいて溶けるか。水の方は石鹸、まあミョウバンとかで書いてあって出てくるやつだな。」

雑だけど解説してくれる。

『どっちだろ?』
「火で炙る方だと思うけどな。確か水の方はしっかりした紙では出にくいとか、除光液じゃないと無理だとか聞いたことあるような気がすんだけどな。確かではない。」

花宮ちょっと早口だ。自信ない感じ。
けど、花宮の"気がする"は正解なことが多い。

持論だけど、頭良いやつの"気がする"は大概正解なんだよね。

『まだ小屋の中全部見てないんだよね。炙るものとかないかな。』
「あぁ、探すぞ。」

花宮が俺を見た。明かりを貸せってことだろうから仕方なくランタンを差し出す。

ランタン一個しかないけど探してない場所はあと少しだからなんとかなる。

「どこだ?」
「そこ、藁の中。」
「……なるほど。」

よっしゃ今の花宮の上を行ってたね俺!

三人で藁の中に手を突っ込む。

結構量があって、ワサワサとかき混ぜながら探していると、湧ちゃんがビクッと手を引いた。

『な、なんかかたいものが…。』

花宮が代わりに手を突っ込む。

「あった。蝋燭。」

SMで使うみたいな30センチくらいの長い蝋燭が出てくる。色が赤だったら完璧だったのに、これ白だ。

「マッチもあったぞ。」
『ほんとに炙り出しだったんだ。』

これどうやって炙ればいいんだろ。

「原、小屋の真ん中でやるぞ。蝋燭持て。」
「え、めっちゃ熱いんじゃない…?」
「ちゃんと水平に持って蝋が垂れてこないようにすればいけるだろ。」

なにこれ、まさかの花宮との蝋燭プレイ。

思わず口元をヒクヒクさせながら、俺は蝋燭を持った。

「さ、湧ちゃん、火つけて。」
「自分でやれ。」

顔面にマッチ叩き込まれたんですけど、腹立つ!!




**



高尾クンから切羽詰まった電話を受けてすぐさま家を飛び出した。

大学生なってから新しく買ったチャリに飛び乗って、ほんまはあかんねんけど宮地に電話を掛ける。

宮地は一瞬で電話に出た。できる男や。

「んだよ今吉、こんな朝から…。」

ほんま、朝でよかった。みんな家おるはずや。

「宮地、今すぐ車出してくれるか?蘭乃と花宮がピンチや、たぶん原も。」
「はっ?!おい、まさか…!」

このメンツやと先に思いついたのはおそらく、花宮が怪我さした相手校からの報復。

「ちゃうちゃう、脱出ゲームやたぶん。そんな死ぬほど急いどるわけないから安全運転で来てくれや。」

宮地に蘭乃の家の最寄駅を知らせて電話を切った。

高尾が脱出ゲームメンバーのグループトークで既に行方不明者おらんか呼びかけてるはず…よしよし、何人かもう反応しとるわ。

よし、じゃあこの中やと次電話かける相手は日向やな。相田さんと二人で誠凛中心にトークに反応せんやつの安否を確認させる。

森山まだ反応ないけど電話して生きとったら原の家行かせな。

あいつら意外に合いそうやと前から思っとってんな。

色々と計算しながら猛スピードでチャリ漕いで、そのまま駅に乗り捨てる。悪いな、さすがに朝から撤去になんか来んやろ。またすぐ乗るから許してくれや。

電車に飛び乗って蘭乃と高尾の家の最寄駅まで。そこで高尾と合流、蘭乃の持ち物である花宮の家のんやと思われる鍵をもらった。

そこにちょうどええタイミングで宮地の車が到着。そのまま宮地の車に乗って、駅戻って乗り捨てたチャリは回収して、そこから花宮の下宿先。

ぜーんぶワシの計算通り、これが最短ルートや。はぁ、疲れた。

宮地は蘭乃の家に戻っていった。ワシと花宮より高尾と蘭乃の方行くべきやしな。




そんでワシはちょっとだけ不法侵入者な気分で今、花宮ん家の玄関の前に立っとるわけや。

高尾くんから電話もらってから30分。上出来すぎる。

家の外につけられたメーターは動いてない。活動してない証拠やな。

取り敢えずインターホンを鳴らしてみる。

あかんな。念のためドア叩いとこか。これで花宮に実は何もなかったらワシほんまに殺されるか、良くて訴えられるかしそうやし。

ガンガンとドアを拳で叩いても反応はない。

じゃあ失礼するで。

鍵を開けて、ドアを開ける。

「はなみや〜、おるか〜?」

電気ついとらんな。

靴を脱いで玄関に入る。

下駄箱の上に可愛らしい芳香剤。蘭乃の趣味やな。…新婚の家か!

心の中でツッコミを入れながら、ちょっと進んで右手にある、1つしかない部屋へと続くドアを開けた。


「…おい、花宮。起きろや。」


ベッドには、お行儀良く眠る花宮がおった。


「花宮?花宮、ワシやで。お前の大っ嫌いな今吉サンや。」

薄い掛け布団をひっぺ返して、目を閉じた綺麗なお顔を突っつく。

起きひん。

あぁ、こりゃ焦るわ高尾クン。

何も知らんで蘭乃起こそう思ってこれやったら、心臓止まってまうわ。

これで花宮がアウトなんは判明した。まず間違いなく原も行ってしもてるやろ。

グループトークを確認するに、恐らく三人だけや。冷静に考えたらこれまでの経験上、十分な人数が選ばれとるはず。三人しか選ばれてへんってことは三人で危険なく脱出できるってことや。

せやけど、人数は多い方がええに決まっとる。いくら花宮が底なしの頭脳を持ってるからって、そこから量を生みだすのは至難の技。


それにしても、初めて入ったけど花宮の家、綺麗にしてる…いや、ちゃうな。

綺麗やとかそういう問題やない。これは明らかに男の部屋やない。

蘭乃のやと思われるものも置いてるけどそういうことやなくて、家具が男の選ぶものやない。

何気なく、テレビの下の棚を開けてみる。

家探ししたいわけやないけど、まあ気になるやん?こんな機会二度とないし。

もちろんゲームがあるわけないし、漫画があるわけでもない。教科書参考書なんかはたぶん押入れにあるんやろな。

アクション系の洋画のDVDが2、3本あるけどほとんど何も置いて…まって、この中もしかして。

黒い円柱の缶を手に取る。軽い。

開けて思わず笑いが漏れた。ビンゴ。ゴム入っとるわ。ははっ、蘭乃ごめん。

そっと閉じて元に戻した。

もう1つの扉を開ける。

そこにはノートが一冊だけ、無造作に置いてあった。

「なんやこれ…。」

触った感じ、かなり上質な紙でつくられたリングノート。一目見て重要なもんやと分かる。

思わず背後を振り返った。

花宮は寝とる。いつ起きるか分からんけど。

すまんな、ワシ、こんな面白いこと見逃されへんわ。

そう心の中で謝って、ノートを開けた。


"__年_月_日 やはり好き嫌いが多い。貧血気味、食で改善できる。"


は?


"_月_日 クレープを食いに。アイスの有無にこだわっていた。普段はしないシトラス系の香り。部活終わりに他人の制汗剤を借りたか。"


マジで。


"_月_日 唇の乾燥が気になるらしい。ドラッグストアで売っているようなメンソレータムのリップでは改善されず。デパコス見るべきか。"


嘘ぉ、これ花宮の蘭乃観察日記やん。

やっぱこいつ、普通やなかった。蘭乃と付き合ってから花宮の最大の欠点である「一生懸命青春かけてバスケしてるやつを潰して絶望してるその顔を見ることに快楽を感じる性格」ってのが抑えられてると思ってたのに。

幸い、このノートは付き合ってから書き始めたもんや。

大学入る前は蘭乃の特徴ばっかり書いとる。
食べ物の好き嫌い、例えば苦いコーヒーが苦手で紅茶を好むとか、スーパーで目的のものを探すのが苦手とか。今後も使いそうな知識。

それが最近になって管理とも取れるような内容に変わってきた。

"6月_日 高校時代よりもチョコレートやクッキー等の菓子類を食べなくなったことに気づいた。糖分を果物に代替することができる。試しに色んな果物を買って好き嫌いを調べる。パイナップル味にはよく食いつくが、果実の方は嫌だと言い出すかもしれない。"

"6月_日 最近寝不足っぽい顔。高尾に夜ちゃんと寝てるか確認させたいが出来れば避けたい。"

アホか、本人に聞けや。

"6月_日 今年初の半袖。二の腕が細くなった。真っ白で柔らかくて、これを失うわけにはいかないと思った。俺が強くならなければ。"

"6月_日 ジムに入会。無理なく週一で通う。家での筋トレもメニュー見直すか。"

"7月_日 精神的に離れなければいけないことは分かっている。俺の所有物ではない、明日にはいないかもしれない。それでも、何があってもこいつをこのままずっと好きでいたい。"


ずっと好きでいたい。

愛されたいんやない、愛したいと。

ワシにはこんなに愛する人もおらんし気持ちは分からへん。
でも普通、こっちからだって愛したいけどその分だけ愛されたいと思うやん。それが花宮がノートに記すほど願うことは"このままずっと愛していたい"やって?

好きとか嫌いとか、感情は決められるもんやない。だからこそこんなにも不安なんやろか。


他にめぼしい記述はないかと見ていると、気になる日が1つだけ。

"7月_日 健やかに、永遠に。掛け違えても手離せない。"

なんかあったやろこれは。これまでは一方的な愛情ばかり綴っていた。

だがここで初めて相手の行動を強制する発言。

掛け違えても手離せない、か。
どんなに二人の間が狂ってしまってももう花宮は手離されへんと悟ったか。
永遠に共にいるなら健やかに限る。

掴んでしまった宝物を手離さない方法なんかいくらでもある。だがその宝物と共に生きていくならば。

湧ちゃんにしてみればたまったもんやないやろ。これからの人生、全部あの子が自由に決められるはずやった。彼女は若くて優秀で、自分の足で好きなように人生を歩む能力があったはずやった。

死ぬまで隣にこんな男がついて回ることが湧ちゃんの知らんところで決定してしまったなんて、あの子は気づいとるんやろうか。

それでもいいと今は思えても、未来を怖くは感じないだろうか。花宮のように。


一番最近のメモは二日前。

"_月_日 カレーを食うときにピン留も渡してくれる。ガツガツ食ってる俺を楽しそうに見るお前が好きだ"



ノートを閉じて、元の場所に、置かれていた通りに戻す。


これだけの決意や。花宮が本気出したらたいがいなんでも出来る。

じゃあ湧ちゃん一人守るくらい出来るやろ。

はよ連れて帰って来いや。

17歳にして添い遂げると、無茶なように思えてお前はきっと叶えるんやろう、そんな決意までしてみせた大切な子を。



まあ、あれやで。
俺が蘭乃を一生不幸にするんだ、なんて言いださんかっただけ奇跡やと思っとくわ。








俺はお前の全てになりたい





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2018年に書いてたので2018。62TOは今吉さんのこと。

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