海賊パロ原稿

□世界で一番美しい場所
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世界で一番美しい場所


*地下3階 花宮真

本当のことは言わないと思っていたけど、そうじゃないんだね。
湧にそう言われた時のことを少しだけ思い出していた。




今吉さんが見たこともないような気迫と共に鉄の扉を一刀両断する。

一瞬呆気に取られるも、そのまま崩れ落ちたその体を捨て置いて、俺は部屋の中へと飛び込んだ。

普通の部屋ではない、壁は脆く、大砲などで撃てば衝撃で崩れ落ちただろう。

湧はどこだ。無事なのか。

「湧……?!」

前を行く諏佐さんが大きく動揺した声を出した。

急いで部屋の奥に走りこんで思わず目を見開く。

湧が左手で敵の頭を鉄の机に押し付けている。

「おい、あ……っ!」

湧の右手の拳が敵の顔を打ち抜いた。

男の口から血が吹き出す。

「やめろ!」
『放して!!』

諏佐さんが湧の体を後ろから抱き込んだ。

俺は男に走り寄り、脈を確認する。

「死んでない…。」

背後では、諏佐さんが湧を押さえ込んでいる。

俺は素早くナイフを取り出して男の首を切った。

死んだ。


「どないしたっ…。」
「湧?!落ち着け…あ…。」
「うっ…!」

福井さんと今吉の声に俺が振り向いた瞬間、湧の肘が諏佐さんの顎に決まった。

諏佐さんは右手で顎を抑え、苦悶の表情を浮かべながらも、がっちり湧の腰に左腕を巻きつけている。

今吉が慌てて湧の体を正面から諏佐さんごと押し倒す。

そして今吉は、放せと言ったっきり一言も発さずにいる湧の口を塞いだ。


自分の口で。



あんなに怒号が飛び交っていた部屋が、一瞬にして無音になった。





今吉と湧の下敷きにされている諏佐さんと目が合う。

こんなに動揺している諏佐さんにはもう会えないだろう。

福井さんはポカンと口を大きく開けて立っていた。





「おい、何してやがる。」

つま先で今吉の背中を蹴る。

「っは……ほら、落ち着いたやろ?」
「呆気に取られてるの間違いだろ?」
「これだから今吉の冗談は苦手なんだよ…。」

諏佐さんが呟いた。

今吉の体を引き剥がすと、虚ろな目をした湧が力なく首を振っていた。

「おい、大丈夫か。」

諏佐さんが湧の肩を抱きながら起き上がる。

湧は不気味に優しい目で今吉を見て頭を振った。

『もういい。』
「あ?」

動揺した福井さんがなぜか凄む。

『動きたくない。引きこもりたい。』

穏やかに小さくそう言うと、湧は目を閉じて諏佐さんの胸に倒れこんだ。


「てんめぇ今吉!これ以上湧を引きこもりにしてどうすんだ!」

福井さんが怒鳴った。
怒りと戸惑いで妙なことを口走っている。

どういうことだ。
感動の救出劇がこれじゃあコントだ。


俺は落ち着いて無線を繋ぐ。

「〈花宮だ。幹部29番を倒した。湧も無事だ。〉」

「よっしゃ帰るで、何はともあれ目的は達成したやろ?」

今吉が気の抜けた声を出す。
腹が立つことこの上ない。

「花宮ァ。」

その腹立つ奴が俺を見た。

「んだよ。」
「ナイフ、仕舞い忘れてるで。」

ハッとして右手を見ると、俺は血の付いたナイフを握っていた。

「それであいつ殺したんか。随分あっさり殺したんやなぁ。」
「…それがどうした。」
「人が苦しむの見んの、好きなんやろ?」

今吉の口がニィッと笑う。
気色悪りぃ。ムカつく。ぶち殺してぇ。

「…あんただって、人に、刀に、頼みごとするなんて"らしく"なかったじゃねぇか。」
「そうやったなぁ。」

今吉は手の中にある刀を見た。

「そいつは、誰のもんなんだよ。」
「ん?もうワシのもんや。」

福井さんが服の袖口で湧の口を一生懸命拭いている。

湧は指先一つ動かすのが嫌らしく、目を閉じたまま微動だにしない。

一瞬緩やかな空気が流れたが、氷室から届いた無線がそれを破る。

〈海軍の軍艦がもう一隻着てる!そろそろ引き上げないと!〉

軍艦がもう一隻。
氷室と紫原は先に船に帰ったはず。

「船が危ないな…。」

〈原でーす。ザキとすぐ船戻るよん。〉
〈虹村だ、すぐにそっちに戻る。今吉、全員率いて陸にいる海軍を倒しつつ帰って来い。〉

原は…緊迫した状況でそんな声で無線を繋ぐんじゃねぇよ恥ずかしい…。

〈降旗です…!誰か地下1階に助けに来てください!高尾を運べなくて…!〉

「高尾のとこ行ってくる!」
「そやな、ここは人数余ってるし。」

すぐに福井が無線を飛ばしながら走っていった。

諏佐さんが湧をなだめすかしているが効果はないようだ。

「ワシらも急いで帰るか。」




全員、命ある状態で船に帰ることが、一番の目標であることはいつも変わらない。






*地下1階 黄瀬涼太

続々と勝利の報告や、船への帰還の報告が無線で届く。

俺だって勝った。

勝っても帰れなかったら意味がない。

敵を倒しはしたものの、満身創痍な体は動かない。
骨も何本か折れてるっぽいし血もダラダラ垂れてるし。

俺なんかの回収のために人員を割いてくれるだろうか。

でも勝利報告くらいはしないと。

重たい体を起こして無線のスイッチを入れようとしたところで、廊下を走る足音が聞こえてきた。

最悪だ。

もうどんなに弱い敵も倒せる気がしないのに。

「死ぬ…かも…。」

近づいてくる足音。




そして死を覚悟するしかなくなった俺の耳に届いた声。


「黄瀬!!無事か?!」


凄い勢いで身体を抱き起こされて、思わず悲鳴をあげる。

嬉しいより、ホッとしたより、今のは痛い。

俺を探し、抱き起こしてくれた人の顔を見る。



笠松先輩。




「痛い…痛いっス…笠松先輩…。」

思わず涙がポロポロ出てきた。

「なに泣いてんだ!能力者相手に勝ったんだろ?胸張れよ。良かったな。」
「う〜〜っ…迎えに来てくれたのが嬉しいんスよ…。」

昔から俺を好いてくれる人はたくさんいたけど、俺を迎えに来てくれる人はいなかった。

笠松さんだってボロボロなのに、俺を必死になって探して、抱きしめ、勝利を喜んでくれてる。

俺が望んでいた、いや、望むことすら諦めていた家族のぬくもり。

「迎えに行くのなんて当たり前だろ。家族だからな。一緒に船に帰らなきゃいけねーだろ!」

帰る場所がある。

俺を受け入れて、待っていてくれる場所がある。

そこに帰るには自分の力だけじゃ無理だけど、俺が勝つことは大前提だ。
幸せになるにはやっぱり力と覚悟がいるんスね。


「笠松先輩、帰りたいっス。」


虹村さんに、勝ったって、言いに帰ろう。



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