海賊パロ原稿
□バーミリオンの跳舞
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バーミリオンの跳舞
不慮の事故というものがある。
たぶん今の状況がそれに当たるんだと思う。
「おい、動くなよ!」
下から宮地さんの怒声が聞こえる。
分かってるよ、誰が動くか。
風も吹くなよっ…。
**
ロープの先端が赤く染まっているのを見つけたんだ。
誰かの血かな、ミートソースかな…ケチャップ?
気になってロープを掴もうとする。
見張り台から身を乗り出して、伸ばした右手のまだ手のひら一つ分先。
なんだか絶妙に届きそうで届かない距離。
うーん、くそっ、腕が短いからかな。
フリとかなら届かないかもだけど。
ちょっとだけ体を浮かせてみる。
見張り台の淵に体を押し付けるようにして前にピョンと小さく飛ぶと、反動で体はすぐに戻る。
今のでロープはあと5センチくらい先だった。
もうちょっと前に飛べれば届く。
もう一回…っ…あとちょっとだ、あと2センチ…あと……。
訂正しよう、不慮の事故ではない。
私が悪かった。
体がぐらりとバランスを崩し、支えにしていた左手だけでは体勢を戻せない。
ロープを掴んだのが両手だったらまだ見張り台の淵に足首をひっかけて止まれたかもしれない。
けど前につんのめった勢いを右手で掴んだロープだけでなんとか出来るわけもなく。
両手でロープに縋った結果、私は完全に見張り台から飛び出してしまった。
空中でロープ一本にしがみつく。
ここから腕力だけで上にあがれるけど上がっていったところで…あ、でも帆があるからなんとかなるかなぁ。
でも先に結び目が私の体重に負けそう。
体を振り子みたいに振って見張り台に戻るしかないな。
ロープが解けたら死ぬけど。
足から見張り台に入れるわけじゃないから体ごと見張り台の側面に飛び移るみたいな形になるけど、たぶん痛いだろうなぁ。
なんて考えていたら。
「ちょ、え?!?!湧?!?!おい!!湧がぶら下がってんぞ!!!」
ものすごい怒鳴り声。
笠松さんだ。
笠松さんの声に反応したのかバタバタという音が船全体から聞こえてくる。
おかしくって笑っちゃう。
食堂のドアや、一階の船室のドアがバタンと大きな音を立てて開いた。
「はぁ?!なにやってんだバカ湧!」
宮地さんの絶叫。
年長組の寝室は二階のはずだから違うところにいたのかな。
『え、いや、大丈夫だけど…。』
大騒動になる前に見張り台に戻ろうと反動をつけた時だった。
『ちょ、うぁぁあ!?』
どこかの結び目が解けた。
ガクンと下がる体、涼太の叫び声。
いや、叫んでる暇があったら真太郎か征を呼んできて。
「真ちゃんどこだ!赤司はダメだ研究中!」
高尾が叫ぶ。
宮地さんが見張り台を登ってきている。
「緑間連れてこい!」
下を見たら真下に水戸部が構えている。
こんなところから落ちたら大惨事だよ、水戸部も大怪我しちゃう。
「なにやってんだあのバカは。」
「ほんま…お転婆にもほどがあるわ。」
完全に楽しんでる声は黛さんと今吉。
「おい、湧、ロープ届かねぇぞ!どうやってそこ行ったんだ、ほんっと、この、殴るぞ!」
真上を見上げれば、宮地さんがすごい形相で私に悪態をついてくる。
どうやら上からロープを引っ張ろうと思ったみたいだけど、安定した体制でロープを持って引き上げられないらしい。
変に揺らすくらいなら触らないほうが賢明だ。
どうしよう、いや、真太郎に助けてもらうしかないんだけれど。
そろそろ腕も限界だし。
『みやじさん、しんたろ、まだ…。』
見上げた宮地さんの顔が驚きに染まり、ふわりと目の前が白くなった。
一瞬自分の意識が朦朧としたのかと焦ったが、嗅ぎ慣れた匂いが体を包む。
真太郎の煙だ。
ぎゅっと抱きしめられたと思った次の瞬間、目の前に真太郎の顔が現れた。
「全く、お前はいつになっても子どものようだ。」
胸から下は煙になって、真太郎は空中に浮いたまま私を抱きしめている。
「手を離せ。」
『なんだか怖いんだけど。』
だって見た目的には真太郎も浮いてるんだから、私が手を離したら二人で落ちていくんじゃないかって思っちゃう。
「バカバカしいにもほどがあるのだよ。」
言葉の辛辣さとは裏腹に、優しく微笑んだ真太郎が私の体を下に引っ張る。
それにつられて私は自然とロープから手を離し、真太郎にしがみついた。
緩やかに下降し、地に足がつく。
「お前なぁ!」
笠松さんに両肩をガシリと掴まれる。
背中に響く盛大なため息。
『笠松さんごめん。』
「お前、キャプテンにバレたら…。」
「いや、全部見てたけど。」
笠松さんの真後ろに虹村さんが現れた。
怒られる、虹村さんのげんこつはめちゃめちゃ痛いんだ。
いつもアホ峰とか原とかザキが怒られてるから知ってる。
「お前、船全体に響き渡ってたぞ笠松。」
『か、笠松さぁん…。』
ニヤニヤ笑いながら、笠松さんの手から私を引き取る虹村さん。
『に、虹村さん。』
「あ?」
今はそのワイルドなお返事が怖いです。
『ごめんしゃい。』
「可愛く言っても許さねぇよ。」
ニヤリと笑った虹村さんが私の両頬をパシンと挟んだ。
「あんま悪さすると可愛いここにキスしてやんぞ。」
遠くから虹村さんっ!という非難めいた伊月の声が聞こえる。
それからあひゃひゃひゃひゃだなんて笑い声も聞こえてくる。
確実に高尾、絶対高尾の笑い声。
「高尾うるせぇ。お前にもしてやろうか!」
「いや、それは!勘弁ですすんません…!!ひぃ…うっ…んふふふふふ…ごほっごほっ!!」
青い空に吹き抜ける風がみんなの笑い声を運んだ。
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