海賊パロ原稿

□獲物を掛ける
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夕方の穏やかな風に誘われて、船べりから釣竿を垂らす。

魚を釣ることが目的というわけやなくて、この空気を楽しむためや。

そろそろ湧も船室から出てこーへんかなぁ、っていう楽しみもあったりなかったり。


「海賊なんてやるつもりなかった。」
「っ…!!」
「俺は良い学校を出て海の研究がしたかった。なのにお前らに引っ張って来られて、気づいたらここまで来てた。」
「驚かせんなや…。」

いつの間にか自分の背後に立っていたのは黛。

ほんま勘弁やで。

「いや、ふと思い出してな。もうすぐグランドラインも終わりだろ。俺がお前らに初めて会った時は10人しかいなかった。」

そうやなぁ、あの頃は航海士もおらんとよう旅しとったわ。

黛も海やら船やらの理論に詳しいだけで実践経験はなかったけど、それでもワシらよりはよっぽどマシやった。


だから唯一キャプテンが口説いた相手が黛や。

あとはなんや青峰や紫原のように人の繋がりで入ってきたり、緑間や湧、降旗のように拾ったり。

「ふっ。」
「なんだ?」
「いや、初めて会った時の緑間思い出したわ。」
「アレは…思い出してやるなよ。」

強なったなぁ。

昔は湧のこと必死で腕の中に隠して、泣いて逃げるしか出来んかったんに。

あれがワシらが知ってる唯一の緑間の敵前逃亡やけど、同時に英雄的撤退でもあった。

「出会いの酷さの割に緑間は順応が早かったな。紫原が一番厄介だった。」

そうやそうや。

戦う意志やキャプテンへの忠誠心をなかなか見せへん紫原に氷室は手焼いとった。

「赤司も壮絶やったやん。キャプテンとのタイマンな。」

まだまだあの頃は幼かったと、赤司は思い出してはいつぞやの戦いを笑うてる。

「今吉は?」
「ワシ?ワシと諏佐は宮地の知り合いやったんや。」
「あぁ、そんな話も聞いたな。」

海賊やる前の方が悪いことばっかしとったのはワシくらいか。

まあいわゆる詐欺師…になるんかな。似合うやろ。めっちゃ金持っとったわ。

火神も海賊狩りやっとったけど今とやってることはあんま変わらんしな。


「黒子に至っては侵入者だったな。」

そやったな。

あいつも大胆不敵なところあるから。

ただ透明なまま入ってきても青峰の野性動物並みの五感にキャッチされて一瞬でバレたんやけどな。

ってあいつほんまに野生動物やしな。




『なんの話してるの。』

お、今日はついてるな。船室から湧が出てきた。

眠そうに伸びをしながら近づいてくる。

青いTシャツに白のショートパンツ。ええ足やけど誰の趣味やそれ。

「今吉が昔詐欺師で人から金を巻き上げまくってたって話だ。」
「ちゃうわ。」
『知ってるよその話。宮地さんが酔っ払ったらいつもその話してる。』

マジで。別にええけど。

「湧それ、誰と買いに行った服や。」
『え?涼太だったかな。』

あー、あいつな。分かるわ。

「湧は誰との出会いが衝撃的やった?」

彼女は頬を掻いて少し考えてから答えた。

『衝撃的とかは分かんないけど、やっぱり辰也のことはすごい印象にある。』

船に連れてこられた警戒心むき出しの緑間の横にいた湧を、氷室は可愛い子が来て嬉しいと極上の笑顔で迎え入れた。

『初めて可愛いって言われた。たぶん衣食住を満たす以外の喜びを知ったのはあれが初めてだったからだと思う。』

生きることに精一杯だった少女は緑間の高い知的探究心にも刺激され、赤司や諏佐の教育で知能も育てられた。

棒きれのような子どもやったのに、今やこんな美人さんや。

ワシの心をこんなにも揺さぶるような。

何にも引っかからん釣竿を握ったまま、海を見つめる湧の顔を見た。

潮風に荒れた髪を手入れしてやったのは宮地やったか。彼の金髪も細うて繊細らしい。

波の音しか聞こえへん静かな船の遠くの方で、パタンと扉が開く音がした。

二階の船室やな。

階段を降りてくるんは…よりによって花宮か。

「ふはっ。」

なんか知らんけどワシらを見て鼻で笑いやがった。

「何してるですか。」

この男は、ワシに対して気まぐれになぜか敬語を使う。

「思い出話や。花宮は誰との出会いが衝撃的やった?」
「出会い?」

どうやら真面目に考えてくれるらしく、記憶を辿っている。

「やっぱ虹村さんは昨日のことのように覚えてるな。海賊じゃねーけど別で活動してたのについていこうと思うくらいだからな。」

"悪童"花宮真。

その名で知れ渡る人物で、敵意を持って接触したはずやのに、虹村さんが気に入ってもーて入団。



船員の数だけストーリーがあるってもんや。




四人それぞれが、しみじみと過去に思いを巡らせてた時、強い衝撃が走った。


「うぉっ?!」
「は?!」

強いなんてもんやない、船体を側方を何か大きなものが強く殴ったかのような感覚。

船がひっくり返るんちゃうかってくらいに傾いて。

船べりに座っとったワシは背中から甲板に落ちた。

せやけど冷静に、持ってた釣竿は手放さん。

他の三人はうまく受け身は取れたらしいが、甲板を転がっていく。

黛が湧の手を掴むのが見えた。

何が原因なんか、ワシは即座に海を覗き込んだ。

反動で元に戻った船のおかげで原因が見えた。


「はぁ?魚かいな!」

それは巨大な魚、いや、海王類と呼ばれる海の巨大な生き物やった。

「鰻みたいなやっちゃな。旨そうや。」
「どうした?!」
「敵襲か?!」

船室もぐちゃぐちゃになったんか、大事件にも出てくるのが遅くなったみんなが集まりだす。

「ちゃうわ!巨大鰻が現れたで!食料や食料!仕留めんで〜〜!!」
「テンションが完全に祭りな件について。」

諏佐の呟き、聞こえてるで。

「おい、黛が湧連れて行ったぞ。」

若干息を切らした花宮が帰ってくる。

「なんでや?」
「甲板滑ったらこうなんだよ。」

花宮が差し出した腕はちょっとだけ火傷した擦り傷みたいになってる。

「お前も行ってこい。」
「こいつ仕留めたらな。そんなことより今吉、いいのかよ。」
「別にええやろそんくらい。」
「好きなんだろ、湧のこと。」

ほんま、どのタイミングでバレてんねんこういうことって。タイミングなんか一緒に住んでるんやからいくらでもあるのは分かってるんやけど。

しかし、花宮がこんなに食い下がるっちゅーことはなんやあるかもしらんってことか。

確かに黛はワシが一番恐れてる相手でもある。

「かまへん。ワシはこの鰻やっつけたいんや。桜井!ワシの前使ってた刀持ってこい!」

水戸部が料理用の包丁を両手に持っている。

みんなやる気まんまんやな。

「船の中ひっくり返されたんだからお前ら、絶対仕留めろよ!」

虹村さんの命令を合図に一斉に飛びかかる。

「おい!火神!お前丸焦げにすんなよ!」


ほんま、えらい大物引っ掛けてもーたわ。


桜井がワシの刀を持って走ってくる。




さあ、行くで。







**







「ずいぶんと騒がしいが?」

湧を連れて黛が治療室に入ると赤司がいた。

医学書を読んでいたらしい。

「ああ、大ウナギにやられたらしい。みんな今晩の飯にしようと必死だ。」

ここはさっき大きな揺れが来たとは思えないほど片付いている。

「揺れに対する対策はしてあるよ。当たり前だろう。そんなことよりなぜここに?」

黛は湧を前に出してその腕を見せた。

「揺れた時ちょうど甲板にいてな。擦れてしまった。俺もだ。」
「擦り傷が少し火傷のようになっているね。」

赤司は後ろの棚から薬を取って黛に渡した。

「ちゃんと傷は洗ってきたようだからこれを塗るように。」

そう言うと赤司はなぜかそのまま椅子に戻らずに部屋を出て行ってしまう。

「暫く戻らないからごゆっくり。」

黛は赤司が去っていった扉を軽く睨みながらも湧をベッドに座らせた。

『征、変なの。』
「気にしなくていい。」

赤司に言われたように塗り薬を手に取る。

「腕…そう、そのまま。」

湧の前にしゃがんでその腕に薬を塗る。

『いった…い…。』
「仕方ないから我慢。」

そう言いながらも黛はしっかり湧の顔の歪みを観察している。

湧に薬を塗り終わって、そのまま黛は自分の腕にもてきとうに塗る。

風呂に入るときに痛いからさっさと治って欲しいと思いながら。

薬を元の場所に戻して黛は湧を振り返った。

彼女はベッドに座ったまま自分を見上げている。

黛には自分を見上げる彼女の、分けられた前髪から覗く額に…極端な表現かもしれないが…欲情した。

思わず手を伸ばす。

キュッと目を瞑った彼女を見て、思わず悪い考えが過った。

赤司の去り際の言葉を思い出す。

「赤司の期待に応えないとな。」

若干乗せられた気がしないでもないが、黛は気にせず怪訝な顔をする湧に近づいた。

赤司に対して心理的に優位に立とうなんて無理な話だから、その気にさせられた件については良しとしよう。


黛は座っている湧の膝に当たるくらい近づいた。

そのまま両手で彼女の顔を優しく包んで額に口付ける。


『黛さん…?』


どちらかと言えば押し黙るタイプの湧の口から声が漏れたことに喜びを感じる。

黛は唇を離して、本気で戸惑っている湧の顔をジッと見つめた。


「俺は積極的なんだよ。」


あの狐目の妖怪と違ってな。


今吉が慎重なら黛は前に出るしかない。


それしか勝ち目はない。


穏やかそうに見えて、黛は気性の荒いところもあるまさに海賊だ。



「ボケッとしてたら噛みつくぞ。ほら立て。」
『えっ。』

彼女の手を引いて治療室を出る。

甲板からは嬉しそうに騒ぐ声が聞こえるから鰻は捕獲されたのだろう。

じゃあその鰻の解体が始まっているということか。

甲板はきっと血だらけ。

黛の足が止まる。

「やっぱり行かない。部屋に帰る。」

そしてスタスタと部屋に帰っていった。

湧はあっけに取られながらもその後ろ姿を見送った。




口づけられた額を触りながら。



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