黒バス短編原稿
□あなたと私とみんな迷子
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「うわぁぁぁぁ…湧ちゃん…!」
『静かにして!』
私たちはいま修学旅行のレクリエーションで大きなボロ屋敷にきている。
そして迷子になっている。
「もうヤダヤダヤダなにこれ!みんなどこ行ったの!」
光の一切入らない廊下で懐中電灯を握りしめて突っ立っている。
『置いてかれたんだよ原がバカだから!』
「バカじゃないもん!」
「お前がジッとしてられねぇからだろ。」
花宮くんがため息をつく。
私たちが参加したのは班ごとにボロ屋敷を歩いて回ってこいっていうレクリエーション。班はクラスで男女3人ずつ組まされるんだけど、なぜか隣のクラスの自分の班から逃げてきた花宮くんも加えて7人に。
係の子に促されて屋敷に入り、それから順調に歩いていたはずなのに。気がついたら花宮くんと原と私以外の4人は消えていた。
「来なきゃよかった!帰りたい!」
『いやいやいや、原が参加したいって言ったから来たんだよ?!お化け屋敷とか苦手だったの?!』
「苦手じゃねぇし!あいつらが消えたから怖いんだって!」
「うるせぇ…。」
花宮くんが背中を叩いてくる。彼は原が所属しているバスケ部のキャプテンで、学年トップの頭脳の持ち主。文武両道の頂点に立つ男。
私は同じクラスになったことはないけれど、入学当初から原と仲良くしているおかげで花宮くんともいつの間にか話すようになった。
普段はとても礼儀正しい素敵な人なのに原や古橋くんの前では口が悪くて、私にも暴言こそ吐いてこないけど本性は見せてくる。
「あーもー、瀬戸連れこればよかった。」
『こんな場所で迷子なんて信じられない…。』
「俺らが迷子なんじゃなくて向こうが迷子って可能性もあるけどな。」
無駄に冷静な花宮くん。だけど迷子なのは絶対こっちだと思うよ。
どうして迷子になったのか。
階段を見つけて上がってみようって話になって、二階に上がってすぐに一人の子が懐中電灯の接触が悪いとかなんとか言い始めた。
そしてトラブルが起きる前にちゃんと見ておいた方がいいという花宮くんの助言に従って電池を入れなおしていたんだけど、原がそんな彼らを置いて勝手に進んでいったのだ。
懐中電灯は二つしかなくて、原が進むから唯一の光を失うのが怖くて一緒に進むしかなかった。
花宮くんも連れて少しだけ、本当に数メートルだけ進んで、振り返るともう彼らはいなかった。
懐中電灯の電池を取りに戻ったのだと思いたいところだけど、それなら普通は一声掛けるだろう。四人とも勝手にいなくなるなんて考えられない。
「ザキも連れてこりゃよかった。ねぇ花宮、どこ歩いてんのこれ。」
「おい蘭乃、ちゃんと前照らせ。」
『照らしてなんか飛び出してきたらどうするのよ。』
「いやそれに気づかねぇともっとヤバいから。貸せ。」
花宮くんが私の手から懐中電灯を引ったくって廊下の先を照らす。
「ねぇ、この廊下どこまで続いてるの、ねえ。」
「うるせぇ。進んだら分かるだろ。」
『花宮くんもうちょっとゆっくり…ちょっと歩き辛いんだけど。』
原が後ろからべっとり抱きついてきている。
「お前ら無駄にビビるな。効率悪いだろ。」
「出たこの効率厨が。」
『花宮くんに抱きついてよ。』
「原、みっともねぇからやめ…おい、突き当たりに扉あんぞ。」
花宮くんの言葉に原と私は前を向く。
『ほんとだ。どうする?入るの?』
「ここが菓子のある部屋なんじゃね?」
この探検はレク係が置いてきたバスケットに入ったお菓子を取って帰って来なければいけないらしい。
『あ、そうだよ。きっとそうだ。入ろう。』
先頭では入りたくないから花宮くんの背中をぐいぐい押して前に行かせる。
ぶつぶつ文句を言いながらも前を歩いてくれる花宮くんの背中にぴったりくっついた。
「暑いっつの…。」
夜だけど夏だから暑いはずなのにこのボロ屋敷は冷えるなと思っていたら、花宮くんはちゃんと暑いらしい。
「開けるぞ。」
「あぁ待って、怖いって〜。」
「よっと。」
花宮くんが潔く扉を開けて中を照らす。
見るのが怖いけれど恐る恐る花宮くんの背中から顔を出す。
「待って…入んの…。」
『だって入ってみなきゃどうしようもないじゃない…。』
花宮くんが数歩踏み込んで部屋を見渡した。
私も思い切って部屋に入り、花宮くんの背中に飛びつく。
「待って、ちょ…。」
『花宮くん、お菓子ありそう?』
「どうだろな。」
「待ってって!」
原があまりに騒ぐから後ろに向かって差し伸べるつもりで手を突き出すと、運悪くその手が中途半端に開いていた扉に勢い良く当たった。
ぱたんと扉が閉じる。
『いった…って、やばい。』
原が大騒ぎする。
慌てて扉を開けて、思わず悲鳴をあげた。
『え、原は……?!』
だって、そこには暗闇しかなかったから。
恐怖よりも驚きが勝って、おもわず廊下に顔を突き出して原を探す。
だけど原はどこにもいない。
消えた。
『え、原、原?!ちょっと、ねぇ!原!やめてふざけないで!』
「蘭乃?」
原が、原がいない。暗闇しかない。
私のことからかってるだけだよね。
ただ事ではないと察した花宮くんが駆けつけてきた。
『花宮くんっ!原が…!』
「いやいや、んなわけねぇだろ。」
花宮くんに肩を抱かれて大きく息をする。
「おい、原。遊んでんなら出てこい。今すぐ出てこないと練習もお前だけ全部倍やらせるぞ。吐いてもやめねぇ。分かってんだろうな。」
花宮くんの脅しにも、答えるものはない。
『花宮くん…。』
「あぁ。いない。」
少し張り詰めた彼の声。
「あれだけ怖がっていたあいつが面白半分に姿を消すなんてないだろう。こりゃマジで消えやがったな。」
一気に静かになった気がする。
堪らなくなって花宮くんの胸に飛びついた。
「おま、ばっ、抱きついてくんな…!」
『消えたんだよ?!いなくなっちゃったんだよ?!』
抱きつくとかなんとかそれどころじゃない。
さっきまでそこにいた原が扉を隔てた瞬間に消えたのだ。
『花宮くんお願い行かないで…!』
「いや、行かねぇよ。俺の意思では。」
『うわぁぁあ怖いこと言わないで!』
それって原が無理矢理消されたみたいな言い方。
『お願い…離れないで…ください…。』
「分かったっつの…。」
花宮くんはあきれ気味にそう言って、自分の腰に抱きついた私の頭を叩いた。
意外と優しいその手つきに少し安心する。
「お前はもう原のことは考えなくていい。取り敢えず一階に降りてここから出るのが1番だ。ノルマとかもう知らねぇ。」
『うん、どうでもいい。出たい。』
花宮くんは絶対に離すまいと彼の胴体に巻き付いた私の背中を押して、廊下へと出た。
「元来た道を帰ればいいんだろ。連れてってやるから安心しろ。このビビリが。」
懐中電灯と私で両手のふさがった花宮くんが軽く頭突きをしてくる。
『わっ、あ、うん。花宮くん信じてついてく。』
びっくりして彼の顔を見上げると目が合って、思わずそんな言葉が口から出てきた。
あまり交流のない彼とこんなことになるなんて思わなかった。
さっき見上げた顔は思いの外かっこよかったし、今は一生ついてくと言いたいくらいの精神状態だし、混乱してきた。
こんなに密着していいのだろうか、すごく恥ずかしいことをしてしまっているのではないか、と心配になりながら彼の体に顔を埋めたまま暫く歩く。
これ、修学旅行が終わってもこれまでと同じ感じで話せるかな。
いや、でも変に意識してるの私だけかもしれないし。
それにしてもいつになったら階段まで戻るんだろう。
結構歩いたよね。
「なぁ、蘭乃。」
花宮くんが唐突に話しかけてきた。
『なに?』
「俺、分かったかも。」
その小さく囁くような声に緊張が高まる。
『なに、なにが分かったの。』
「確信が持てない。だが…俺を信じてやってみるか。」
やってみるってなにを。彼は唐突に何を言い始めているんだろう。
必死で花宮くんの顔を見つめても、彼は私の顔をただ見下ろすだけで何も言わない。
『な、な、なに、ね、はなみやくんっ…!』
「……抱きつけ。」
『へっ、はい?!』
「いいから、来いっつってんだよ。」
花宮くんが強引に私を抱き寄せた。
顔が彼の胸にぶつかる。
懐中電灯を持っていない方の手でしっかりと頭を抑えられ、息が苦しいほどに胸に顔を押しつけられる。
もうなにも分からない。
花宮くんが何に気がついて、何をしようとしているのか。さっき上った階段を下りるんじゃなかったのか。それ以外に何をすると言うのか。
何も分からないけど、今は彼を信じるしか道がない。彼に縋るしかない。振り払われないように置いていかれないように、しがみつくしかない。
怖い。
でも、花宮くんの心臓が早鐘を打っていることに気がついた。
花宮くんも怖いんだ。
そう思ったら、急に花宮くんを励まさないとという気持ちになる。
どうしていいか分からなくて、ぎゅっと彼のスポーツ選手らしい分厚い体にしがみつけば、同じようにまた力を込め返してきた。
花宮くんが小さく舌打ちし、なにか、腕に力を込めたような気がした。
なにかしたのだろうかと思った瞬間に、今度は両腕で強く抱きしめられた。
何が起こってるの。
全く状況が把握できなくて、軽いめまいさえする。
ただ頭の上から花宮くんの息遣いが聞こえるばかりだった。
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リクエスト小説でした。
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