脱出番外編

□1-目が覚めたらそこは
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1-目が覚めたら



⑴緑間真太郎の場合


目がさめると、目の前は真っ暗だった。

勢いよく上体を起こして素早く辺りを見渡す。


「こ、ここはどこなのだよ…!」


真っ暗な教室、しかも恐らく知らない場所。

秀徳にまだ知らない教室はたくさんあるだろう。

だが机や椅子のセット、カーテン、教壇。
それら全てが秀徳で今まで見てきたものとは異なるなんておかしい。

最後の記憶を必死に手繰り寄せる。

確か、高尾がチャリアカーを引っ張ってくるのを待っていたのが最後だ。

今頃高尾が探しているかもしれない。

慌てて制服のポケットに手を入れるが携帯がない。

いつも入れている筈なのに。

一瞬夢かと思った。
そうであって欲しいと思った。

けれど違う。

こんなにリアルなのだから。

反対側のポケットに手を入れて、今日のラッキーアイテムが入っているのを確認してホッと息を吐いた。

ピンクのうさぎの形をした消しゴム。

これを持っている限り、運命は俺を裏切らないだろう。

ホッとすると次に寒さを感じた。

おかしい、最近の夜はこんなに冷えただろうか。


しかし、兎に角外に出るしかない。

恐る恐る教室の扉を開く。

どうやらここは一年一組のようだ。

良かった、出口は近そうだ。

出来る限りそっと教室を出て、小走りで出口のありそうな方向へと向かう。

…走り出そうとした。




一年一組は階段の隣である。

恐らくその階段を登ってすぐのところに二年一組があるのだろう。

その階段を誰かが駆け下りてくる音がする。

人だ、他に人がいる。

誰かは分からないが身を隠した方がいいと判断した俺は、素早く元いた教室に入ろうとしたが。

声が聞こえたのだ。

「怖い怖い怖い…誰かいねぇの…!」

それはよく知った、入学当初から自分の隣にいる者の声だった。


思わず叫んだ。


「高尾……!!」


その人が高尾であって欲しいと思った。

その人が高尾でなかったとしても、高尾に会いたいと思っている自分がいた。

情けない。



足音は止まる。

「っ…はっ、真ちゃん…?」

恐らく見上げる階段の、登りきったその先を曲がったところにいるのだろう。

「高尾なのか?出てこい、俺なのだよ。」

そこにいるのは高尾に決まっている。

そんな馬鹿げた名前で自分を呼ぶのはお前しかいないのだからな。



「真ちゃん……!!」


黒い影が飛び出してきて、目の前の階段を駆け下りる。

高尾だ。

高尾はもつれそうな足で階段を駆け下りると俺に突進してきた。


「真ちゃん…!良かった…!俺すっげぇ怖かった!」

そして凄まじい力で抱きついてくる。

胸のところに高尾の頭がある。

「全く、不快なのだよ。早く離れろ。」

そう言いながらも俺は高尾の背中を労わるように叩いた。

「へへっ、真ちゃんやーさしい。」
「調子に乗るな!」


すっかり高尾はいつもの調子に戻っていた。



後で聞いた話だが、俺たちとは真逆のところ。
つまり一年八組の隣の階段下で蘭乃さんや黄瀬が騒いでいたらしい。




全く気づかなかったのだよ。




⑵降旗光樹の場合


目が覚めた。

真っ暗だった。

飛び起きた。

知らないところだった。

「なんだよこれ…。」

体が痛い。

そりゃそうだろう、だってここ、階段だもん。


信じられない、知らないところ…たぶん学校…の階段に寝ていたのだ。

連れ去られたのかな、と思った。

まさか、WCで優勝したから恨みとか?

でも大して活躍もしてない…いや、でも決勝にちょっとだけ出たし…。

でも、俺も拉致されたなら火神とかスタメンのメンバーはどうなってるんだろう。

ズボンのポケットに手を入れても何もない。

おかしいな、反対にも…上着にも…あれ、携帯がない。

まさか抜き取られた?

嘘だ、これ本当に拉致されたのか?

もしかして他の誠凛のメンバーも?!

変な方向に大混乱した俺は勢いよく走り出す。

そしてすぐにピタリと止まった。

だって、廊下の向こうに見えた、こちらに向かって歩いてくるもののシルエットは明らかに人間じゃなかったから。


悲鳴を飲み込んでクルリと反対を向く。


無理、ダメ、死ぬ、死ぬ…!!

なんで?!俺なんか悪いことしたの?!




そして無我夢中で逃げようとする俺は、背後の恐怖に気を取られて、前方の注意を怠っていた。


突然目の前に伸びた二本の腕。

理解する暇もなく、教室から出てきたその腕に捕まって、力づくで中に引き込まれる。

バランスを崩すもその腕に支えられる。

「落ち着いて。」

その言葉に取り敢えず、安堵した。

態勢を立て直してその人の顔を見て、また悲鳴が口から出かかった。

その人は勢いよく俺の口を手で塞ぐ。

「大丈夫だ、君に危害を加えるつもりはない。僕もここに連れ去られてきた人間だ。」

俺はコクコク、と頷く。

目の前にいたのは、洛山高校のPGで主将のキセキの世代、赤司だった。

ふと、その右手に大きな銀色のハサミが握られているのが見えた。

心臓がドクッと跳ねる。

「あっ…はぁ…あ、あ、…っは…!」
「…どうした?大丈夫かい?」

赤司は危害を加えないと言った。

敵がさっきの怪物で、赤司は俺と同じ状況の奴なんだって理解してる。

でも、体が言うことを聞かない。

体の震えが止まらない。
心臓がドクドクいってる。

親でも殺すと言ったあの顔、試合で見た赤司の強さ、赤司への恐怖、畏敬の念。

なんで、違うじゃん、怖さの種類が今とは違うじゃん。

おさまれ、なんで、俺の心臓…!

「ここにいれば大丈夫なはずだ。ほら、ゆっくり息をするんだ。」

赤司は持っていたハサミを近くの台に置いて、俺の背中をさすった。

その顔は心配そうだ。

「ごめん、ごめん…みっともなくて…。」

っていうか勝手に赤司を怖がって。

「いや、こんな状況に恐怖を抱くのは当たり前だ。」

いや、違うんです…あ、治まってきた。

赤司の手は優しいな。

「大丈夫だ。僕がいるだろう?君も知っている通り、僕は最強だからね。最強の僕と一緒にいて何が怖いのかな?」

思わず顔をあげた。

赤司がニコリと笑う。

「怖くない、よ。うん、怖くない。もう大丈夫。」

俺は頷きながら言った。

何の根拠もない言葉だけど、本当に、心の底からそう思った。

赤司は良かった、と言って俺から離れた。

「名前を聞いてもいいかい?名字は知っているのだが。」
「降旗光樹です。誠凛の一年です。」
「降旗、光樹…。ここで君に会えて僕もホッとしているよ。君のことは光樹と呼ぼう。僕は赤司征十郎。よろしく。」

それだけ一気に言うと赤司はまたハサミを握り締め、扉を少し開けて外を伺った。

俺は赤司からのまさかの下の名前呼びに驚いていた。

「ともかくだ、この学校から脱出しなければならない。だが君も見た通り、人間でない異形のものが歩いているようだ。そもそもここが僕らの知っている世界かどうかも怪しい…。」

赤司のセリフにポカンと口を開ける。

まさか世界まで違うなんて、考えてもいなかった。

「ひとまずここから出よう。ここは三階のようだ。一階まで駆け下りるぞ。」

そして赤司と共に家庭科室…気づいてなかったけど家庭科室だった…を出た時、今吉さんからのあの放送が流れたのだった。

蘭乃先輩達と遭遇したのはその直後。



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