脱出番外編
□1-誘い込んで分からせて
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誘い込んで分からせて
インターハイも目前に迫ったある日。
数学の授業中に花宮からトークアプリのメッセージが来た。
『迎えに行くから待っててくれ、か。』
どうしてこの人は私の予定を聞こうとか思わないのだろう。
命令形じゃないだけマシと思うべきか。
なんせ相手はあのゲスの極みと思われている花宮なのだから。
ちょっとだけ溜息をついて、空席になっている木吉の机を振り返った。
別にやましい気持ちがあるわけじゃない、たぶん。
三年生になって、クラスはまず文系か理系かで分かれる。
ここは文系クラスだ。
木吉が文系なのは納得だ。
優しくて柔軟な彼はどんな大人になるんだろう。
木吉の十年後、私の十年後。
27歳だったら結婚とかしてるのかな。
十年後の未来に自分の隣で笑っている人が誰なのか想像がつかなかった。
**
部活が終わってそそくさと部室を出る。
この時間だと花宮は絶対待ってる。
ロッカーで靴を履き替えて、小走りで校舎を出ようとしたら、呼び止められた。
「蘭乃さん。」
振り返ると同じクラスの男の子。
『なに?』
「帰るんだったら一緒に帰らない?」
『門までになっちゃうけど。』
「あー、じゃあそこまで一緒に。」
この子確かバレー部だった。
自分もバレー部だったからちょっと興味があって覚えてたんだ。
『ポジションはどこだっけ?』
「俺?レフト。蘭乃さんは経験者だったよね?」
『よく知ってるね。セッターだよ。』
「へぇ、チームの頭脳だ。」
『身長高くないしちょうど良かったから。何センチなの?』
「俺?178cm…正直物足りないよな。蘭乃さんは?」
『160くらいだと思う。』
門が近づいてきた。
いつも学校を出てすぐの、門に学校の名前が入ったところに花宮は立っている。
話しながら男の子と二人で門を出ると、花宮はやっぱりそこに立っていた。
私を見ると携帯をポケットに入れて近づいてくる。
『じゃあここで。また明日』
「うん、またバレーの話聞かせて。あと明日英語の単語テストあるから。じゃあね。」
『大丈夫いつも満点だよ。ばいばい。』
男の子が行ってしまって、花宮が咳払いする。
『ごめん待たせた。』
「いや。今の誰だ?」
『誰だっけ、名前は…菅村くん。クラスの子だよ。』
聞いた割には興味なさげに花宮は何回か頷いて、帰りの道を促した。
夕方だからってもう寒くはなくなってきた。
「お前英語の単語テスト毎回満点なのか。」
『そうだけど、普通だよ。』
「真面目にやってんだな。志望校は確か…。」
『マーチだよ。M大とか。』
どうせ花宮はT大だ。私は逆立ちしてもいけない。
それに比べて私大であるM大は受験に必要な教科も少なく、難易度も高くない。
私の嫌いな物理や数学VCはいらない。
『馬鹿だと思ってるでしょ。』
「馬鹿だと思ってたらわざわざこんなところまで会いに来るか。」
花宮の横顔をジッと見ると見つめ返された。
逸らさずに目を見る。
「お前は今俺が嘘をついているか見定めようとしている。何回だって言うが…。」
『考えてることが全部顔に出てる、でしょ。』
呆れたような花宮の言葉を遮った。
「…前言撤回だ。お前馬鹿だろ。」
『その馬鹿に会いに来るなんて時間の無駄よ、受験生。』
花宮がフッと笑って私から目を逸らした。
「何を言っても嘘のように聞こえるか。」
『違うよ、あれが嘘だったと思ってるわけじゃない。』
学校から脱出したあの日の深夜、花宮が赤司くんの家のキッチンで声を震わせて言ったあの言葉。
『信じられないって気持ちはあるんだよ。何回考えたってどうして花宮が私を好きになったのか理解出来ない。でも花宮に私を手に入れるメリットもない。』
誠凛を潰して全国に行くのが目的だとしても、私を買収したところで大した戦力になるとは思えないし、私は買収されるような人には見えてないはず。
つまり利益のために私を手に入れたいわけじゃない…と思う。
花宮は無表情で唇を噛み、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
「お前さ、セッターだったんだよな。」
『へ?…そうだけど。』
確か花宮に聞かれてそんなことも答えたことがある。
「セッターってことは司令塔だからバスケで言うとPGみたいなもんだな。」
『ポジション的にはそうだよね。』
「他にもバレーの話聞かせろよ。」
思わず立ち止まる。
それって、菅村くんに対する嫉妬なの?
あまりにも見え見えの。
立ち止まった私を振り返った花宮の顔は不機嫌というか、凄く不服そう。
そんな顔してまで、高そうなプライドを傷つけてまで、聞かなくてもいいのに。
「これだから頭の回転の速いやつは嫌なんだよ。加えて人の気持ちもよく分かる。誤魔化しても気づかれそうで結局は正面から行くしかねぇ。」
花宮はそう吐き捨てて笑った。
もっと扱いやすい動かしやすい女の子が好みだったのか。
でも花宮、それって花宮の彼女じゃなくて持ち駒にしかならないと思うよ。
本当に私が人の気持ちのよく分かる人間なんだったら、花宮の気持ちだって分かればいいのに。
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