脱出番外編

□1-コートの外、霧崎の日常
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IH直前、霧崎第一高校バスケ部部室にて






HRが終わって部室に入ると、そこにはまだ古橋しかいなかった。

「花宮、これ見たか?」

自分のロッカーの前でシャツを脱ごうとした時に、後ろから古橋に話しかけられて振り返る。

「なんだ?」

古橋が投げたものをなんとかキャッチする。

「お前…雑誌投げんなよ。」

キャッチするのが難しいだろうが。

投げられた雑誌は今月号の月バス。

表紙は誠凛高校の体育館、表紙の隅には全員の集合写真も載っている。

この間本屋で見かけたがすぐには読む気にはなれず、後で読もうと思って忘れていた。

「読んでないのか?」
「あぁ、読んでない。…何か書いてあったか?」
「原が教室で大騒ぎするくらいのものは載ってた。」

嫌な予感がする。

「なんて騒いでやがったか教えろ。」
「8ページを見たら分かる。」

ロッカーの中を探りながら古橋が言った。

雑誌を開く。8ページ。

「……はっ。」

思わず笑い声が漏れた。

「その女、蘭乃湧さん。花宮の女なんだろ?」
「原がそう騒いでたのか?」
「いや、単にその子が載ってるって騒いでいただけだ。花宮の名前は出してなかったから安心しろ。あいつはまだまだ生きたいだろうからな。」

今月号の月バスの8ページ。そこに載っていたのは…

「WC優勝校、私立誠凛高等高校バスケ部3年マネージャーにインタビュー、か。」

体育館の中で椅子に座り、笑顔で質問に答えている様子の彼女が大きくうつっていた。

写真は光に溢れていて、白いTシャツと笑顔が眩しい。

1ページ丸々スペースを取っているその企画は、湧の写真のクオリティー見ても分かる通り、けっこう力を入れてきているらしい。

それくらいする価値のある被写体なんだとは思うが。
これがブスでも企画したのかは気になるところだ。

「まぁまぁ美人だな。いや、美人かどうかに関わらず割と魅力的というか、花宮が好きでもおかしくない。悪い容姿だとはまず思わないだろう。」

古橋が淡々と褒めるが。

「魅力的に感じるかどうかは確実に個人の好みが反映されるものだろうが。」
「じゃあその子は俺の好みだ。そして花宮の好みでもある。あと何人がその子を好ましく思うだろうな。」

思わず舌打ちが漏れた。イライラする。

どうやら古橋は俺を怒らせたいらしい。

しかし、さすがに開いてしまったからにはインタビューが気になった。






WC優勝おめでとうございます。優勝した瞬間、まず一番に思ったことを教えてください。

『とにかく頭が真っ白で、今なにが起こったの?って。スコアを見ても点数を見ても、全く意味が読み取れなくて。人生であんなに混乱することはもうないと思います。』

優勝が決まった瞬間、ベンチはどんな様子になったんですか?

『まず控えの同じ学年の選手たちが泣きながら突っ込んできて。それからPGの伊月くんも真っ直ぐに走ってきました。』

部活中のマネージャーの仕事の中で、一番好きなことと嫌いなことを教えてください。

『嫌いなのは、体育館から離れなければいけない仕事があった時。好きなことはたくさんありますが、練習が一段落した後に選手にボトルを渡すこと。』

ボトルを渡す時、どんな言葉をかけるんですか?

『お疲れ様って。いつも渡してるので気づくんです。みんなのその日の体調も、その時の気分も。それで声をかけた方がいい選手がいたらその子のところに行きます。』

良いマネージャーですね。次のIH、チームの様子はどうですか?もう一度優勝出来ると思いますか?

『優勝します。それに一番このチームを信じてあげないといけないのは自分だと思います。仲間ですから。』

ズバリ、誠凛で注目してほしい選手は?

『そうですね…2年の火神です。"キセキの世代"という言葉がバスケ関係者だけでなく少しずつ世間にも浸透してきていて、単純に楽しむために高校バスケを見に来るお客さんも多いでしょうから。火神のダンクはバスケに詳しくない人が見ても、分かりやすく迫力あるプレーなので是非見てほしいです。』

なるほど。では他校の選手で注目している選手は?

『秀徳の2年生コンビです。緑間くんと高尾和成。高尾和成はキセキの世代ではないのに、あの強豪秀徳で一年生の時からスタメンとして選ばれています。…あと実は彼、私の幼馴染なんです。だから見てあげて下さい(笑)』

へぇ、では私も注目してみたいと思います。…最後に一番気になる質問を。彼氏はいらっしゃいますか?

『え?!いませんよ(笑)!なんでそんなことを…。』

誰にでもこんな質問もするのでリラックスして答えて下さいね。では好きな人、気になる人、単純にタイプだと思う選手などいますか?

『えぇ…うーん…。落ち着いていて、頭が切れる職人タイプの人が好きです。』

選手で言うと?

『なんとしても聞き出す構えですね!他校の選手でもいいですか?』

もちろん!

『陽泉の氷室くんはかっこいいと思います。本当に強いですが、優しい人でもあります。』

面識があるんですか?

『えーっと…以前一緒にゲームをしたことが…』








「わりぃちょっと遅れた!」
「ザキがおっそいから…って花宮すんごい顔してない?」

突然、部室の扉がバタンと開き、弾かれたように顔をあげた。

山崎と原が入ってくる。

古橋と目が合った。

「随分真剣に読んでいたからな。」

またいらねぇことを言いやがる。

「あっ!ついに花宮読んだ?!湧ちゃんの好きなタイプ、当てはまってたじゃん!でも氷室とか無難な答えすぎて笑っちゃたけど。」

原が隣に来て雑誌を覗き込んで来る。

「このインタビュー後の感想みたいなとこ、読んだ?"私も高校時代にこんな素敵なマネージャーにサポートされたかった"みたいなこと書いてたっしょ?」

まだその最後の部分だけは読んでなかったが、チラッと目を通せば確かに褒めちぎられていた。

「優勝します、で俺は凄いなと思ったな。」
「俺もそれは驚いたな。」

山崎の言葉に古橋が同意する。

「たぶん体裁もあるだろうし、全体的に良い子ちゃん感が漂ってるがそこだけ強気に出てる。」

古橋の言う通りだ。

特にインタビューの後半は作られたような素晴らしいコメントで、これまでの月バスを読んで質問を予測し、事前に考えていたのだろう。

だがこの強気の優勝宣言は、芯の強く懐の大きい彼女らしい一言だ。

「客観的に見てルックスも普通に良いし、性格も良い。頭の良さも伺える。どこに出しても恥ずかしくない子だ。」

俺は古橋を睨みつける。

「花宮は、この子と付き合いたいのか。」
「てめぇ古橋…何が言いたい、疑ってるのか?」

好意を疑われるのは何度目だ。

拒絶されるのは想定していたが、まさか疑われるとは考えもしなかったのに。

原が両手を口に当てたのが見え、山崎がオロオロし始めたのが分かる。

「いや、俺は疑ってはない。ただ、その子は花宮と付き合うことでどんな風に見られんだろうな。別に花宮がやってきたことを否定してるんじゃない。ただこの子には、似合わない。」



古橋が俺の持つ雑誌を指差した。


雑誌を閉じ、部室の真ん中に置かれたテーブルに置く。


「俺が…古橋、俺がそのことを今まで一度も考えたことがなかったと思ってんのか?」

古橋が黙り込んだ。

原が口を押さえたままロッカーに背中を預けた。

もし俺と湧が付き合うことになって、湧に危険が及ぶ可能性。

潰された選手のチームのマネージャーが潰したやつと付き合うなんてまず間違いなくありえねぇ。





けどありえねぇことなんて山ほど溢れてるって、知ってしまったし、柄にもなく今はそれを願っている。





「全てのことを考え抜いた。全てだ。俺は手を抜かない。その上での結論だ。」
「最も不可能だと思われるから挑戦したくなった。」
「百歩譲ってきっかけがそうだとしても、今は違う。」

真っ直ぐ、彼女のように強い目で古橋の目を見た。


「そうか。聞いて悪かった。」

数秒、俺の顔をじっと見て、意外にも古橋はあっさり引き下がった。

いや、意外ではないか。そもそも、わざわざ介入してくるような奴じゃないはずだ。

「古橋は湧ちゃんのことどう思うの?」

空気が緩んだからか、原が少し冗談交じりに古橋に聞く。

「俺か?俺はもっとMっ気のある子がいい。その子はどう見てもSだろう。俺とは合わない。」
「ふはっ、間違いねぇな。」
「あれ、そう言えば瀬戸の好きな子のタイプなんだ?」

山崎の疑問に原が答える。

「確か頭良い娘じゃね?」
「敵が増えたな花宮。」

たぶん瀬戸のいう頭の良いってのはもっと学力的なことだと思うが。

まぁ瀬戸に取られるなんてことなんてねぇしな。

つーかそんなことより瀬戸はどこにいんだ。

「てか花宮さ、頭悪い子好きなんじゃなかったか?」
「こいつ俺よりは頭悪いだろ。抜けてるところあるしな。」

原が意味深に笑う。

「くだらねぇこと言ってる場合じゃねぇ、古橋、瀬戸探して来い。練習始めるぞ。」
「分かった。」

山崎の見ていた雑誌を閉じて、自分のロッカーに突っ込んだ。

あぁ、これは古橋のだったか。もらってやろう。

服を脱ぎ捨て、練習着を着る。

雑誌をちらりと見てから、ロッカーを勢いよく閉めた。


「ゲームをしたことがあるって、何言ってんだよバァカ。」

そう小さく呟いたら、少しだけ笑みが零れた。

もう一度くらいなら、あのゲームに巻き込まれてもいいかもな。






「ねぇ花宮。」
「あ?」

部室を出ようとすると、前を歩いていた原が振り返った。

「あの子ってけっこうSっ気の方が強いじゃん。」
「まぁどちらかと言うとそうだろうな。」

原の口が弧を描く。

この笑みの浮かべ方を知っている。

あいつと同じだ、あの、妖怪と。

「普段勝気で健康的な女の子が、夜はゲスい男に組み敷かれて啼いてるのって……すんごい興奮すんだけど。」

「…馬鹿なこと抜かしてねぇでさっさと出ろ。」

俺の命令に反して原はこちらに向き直った。

頭の中で真っ赤な警告灯がグルグル回っているような感覚。

「ベッドに突き飛ばした時、どんな顔すんだろーね。想像したことある?怖がってる?期待してる?湧ちゃんのことだから好奇心が隠しきれない?そんで花宮は、湧ちゃんの足を撫でて短めの制服のスカートをゆっくり上にズラしていく。それからセーラーの…ゔぇ…!!」

頭にカッと血が上った。

それは原に対しての怒りのはずなのに。

原の腹部に蹴りを入れたが、後ろによろめいただけだった。

「ごほっ、ゔっ、んふふ、正直もうちょっと痛くされるかと思って身構えてたんだけど。」
「怪我すると困るだろ。それにそんな戯言に真面目に付き合ってる暇もねぇよ。」


泣いた顔が見たいと思うなんて、いや、それもそうか。

自分で言うのも何だが、花宮真がまともな趣味を持っているはずがない。




そんなことより、この一瞬でこれまで考えようともしてこなかった自分のそういった趣味を自覚させたこいつ。


「おい。」
「ん?なに花宮。」
「お前やっぱ殴らせろ、原。」
「エッ。」


くっそイライラする。








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原は唯一湧ちゃんを使えば花宮に勝てると思ってる。可能性はあるが原では勝てません。
瀬戸は何も言われなくても花宮を信じてるような気がします。


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