脱出番外編
□2-世界が交わるその一点
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世界が交わるその一点
【脱出花宮(大学生)×海賊ヒロイン】
ふと気がつくと、戦のど真ん中に立っていた。
あちこちで煙が上がり、地面は揺れ、人の叫び声、断末魔、血しぶき、銃声。
思わず体が固まる。
なんだここは、さっきまで俺はレポートを書いていたはず。
いつの間にか寝てしまっていたのか。つまりこれは夢か。
だが夢の中でこれは夢か、とは思わないことは分かっている。
感覚がリアルすぎる。
またあのゲームの一種なのか。
これまでとは様子が違いすぎるが、もしここがゲームなのだとしたら、湧もここに来てしまっているのだろうか。
こんなところ、見つかったらすぐに死ぬぞ。
助けに行かねぇと、でも俺に何ができる?
武器を持った人相手に何ができる?
足を動かすことも出来ず、ただ息を殺して身を潜めていると、近くの扉がバタンと勢いよく開いた。
ヤバい、死ぬのか?
弾かれたように扉の方を見ると、出てきた人間と目が合った。
女だった。
「おいっ…!」
恐ろしさを感じないその姿に思わず声をかけた。
顎のあたりで切りそろえられた黒の髪がはらりと揺れて、鋭い瞳が俺を射抜いた。
『花宮?』
名前を言い当てられてたじろぐ。
知り合いか?
『今日は船にいたはずなのに、なんでこんなところに。っていうか何その格好。黒の戦闘服は?』
ちょっと待て、俺はこの世界にいるはずの人間なのか?
混乱状態の中、助けを求めるように少女に手を伸ばして違和感に気づいた。
この子を知っている。
俺はこの子を……。
熱い感情が腹から胸へとせり上がってきて、苦しさに胸を抑える。
おかしい、こんな感情、まるで恋のような。
『花宮?ほんとにどうしたの?』
少女は駆け寄ってきて胸を掴む俺の手を握りしめた。
『船に戻ろう?ね?』
頭の中が爆発したような感覚がした。
「湧…!」
『な、なに?』
その体に覆いかぶさる。
『ちょ、危ない、訳わかんない。一旦隠れよう。』
少女は…いや、湧は俺を樽の陰に押し込んだ。
『どうしたの?頭打った?おかしくなったの?』
「いや、違う。たぶん俺はここの世界の人間じゃねぇ。」
さっきは我を忘れて目の前の彼女に抱きついてしまったが、こいつは俺の知ってる蘭乃湧じゃない。
ということは別の世界線に来てしまい、尚且つその世界の蘭乃湧と出会ってしまったということなのだろう。
偶然ではなさそうだな。
『え?…ごめん私分からないから今吉呼んでもいい?』
「ちょっと待て、今吉?いや違う、お前名前は…。」
『えっと…私たちは海賊で…。』
なんということだ、この世界で俺は海賊なのか。
『えっと海賊団で、虹村さんって人がキャプテンで…花宮はなんか研究とかしてる?今吉さんは剣士で…えっと…。』
…色々わかってきた。
まずこいつ、俺が付き合ってる湧と顔は殆ど一緒だが全くの別人だ。
湧ならもっと整然とした説明が出来るはずだ。
だがこいつには湧にはない研ぎ澄まされた強さを感じる。
『ちょっとごめん。』
「おい…?!」
彼女は徐に俺の服をめくり上げた。
しげしげと俺の腹筋を眺め、遠慮なく撫で回す。
顔も湧そっくりだし思わず顔がカッと熱くなる。
『ほんとだ、この間の傷がない。花宮なのに花宮じゃない。』
どうやら彼女もこの状況に納得したらしい。
順応性の高さも湧そっくりだな。
本当に並行する別世界に来てしまったなら間違えて"俺"に会わないようにしないとな。
まあ会ったところで発狂したりすぐに殺したりするとは思えないが。
「湧は来てないのか?」
『私が湧だけど。真太郎がつけてくれた名前。』
「真太郎?」
『うん、緑間真太郎。強くて有名でしょ?…あ、知らないのか。』
緑間に名付けてもらった名前なのか…?
『私捨てられてたの。緑間が拾ってくれたから。』
「ちょっと待て、お前そんな過去が。じゃなくて、俺は別の世界から来た。だから俺の世界にもお前がいるんだよ。その湧はどこか知らないか?もしくは他に異世界のやつが来てたりしないか?」
クソ、ちゃんと理解してくれているのか分からなくなってきた。
『知らないよ、異世界人に初めて会ったもん。』
困った表情や、ちょっとした仕草は湧に似ている。
「俺もここに来たところだしな。」
『一緒に来ちゃったかもって?あー、探しに行きたいの?』
「行きたいが…俺は戦えない。」
彼女はうーんと唇を尖らせながら俺に銃を渡した。
『これでいける?』
「…触ったことねぇよ。」
『あ、刀の方がよかった?』
「いや、そもそも戦ったことなんかねぇんだ。」
彼女は顔をしかめる。
そりゃそうだ、俺を連れて戦場を歩くなんて彼女にとっては足かせをつけて歩くようなもんだ。
『なんでそこまでして助けたいの?』
「それは…。」
ここで嘘をつくのは得策ではない。
それに彼女は"湧"だ。嘘をつく気にはなれない。
「湧と付き合ってる。俺はあいつのことが好きだ。だから助けたい。」
彼女は少し面食らいながらも腰の銃を抜いた。
『ここ外して…ほら、これで引き金引いたら打てる。』
安全装置らしきものを外した銃を雑に手渡されて狼狽える。
「だがお前の武器は…。」
彼女はその辺に転がっていた男の体から何かを引き抜いた。
『これで大丈夫、さぁ行こうか。まあほら、自分に死なれたら薄気味悪いし。』
…こいつやっぱり湧に似てるところ結構あるな。
さっぱり理解していないだろうにもう俺に慣れやがった。
それにしても銃は初めて手にした。重い。
「今吉の顔見たら間違えて撃ちそうだな。」
『その前に殺されるから大丈夫。』
「今吉強いのか?」
『花宮より強いよ、たぶんね。』
地味にショックを受ける。頑張れよこっちの世界の俺。
『火神!!』
彼女が叫んだ。
「なんだ!」
向こうの方から声が聞こえる。
火神も同じ海賊船か。虹村…恐らく帝光中のキャプテンだったやつだ…がいるから安心だが、この海賊団が脱出ゲームのメンバーだけで構成されていなくてよかった。
あのゲームと今回のトリップが繋がっているのだとしたら最悪だ。
『ねぇ花宮知らない?それか奴隷っぽい女の子とか。』
確かに、ここに湧がいたら奴隷だと思われてもおかしくない。
「知らねぇ!どうかしたか?」
『別に!あとどのくらいで終わる?』
「もう殆ど残ってないだろ。」
敵は殆ど殺したってことなのか。
こっちの世界では俺も今吉たちもこうやって命削って生きてんのか。
『危ない!』
突然、彼女が振り返って俺を突き飛ばした。
その力に驚きながら俺は後ろによろめいて尻餅をついた。
その俺の上を通過する陰は俺を殺そうとした敵だろう。
そいつはそのまま彼女に標的を変えた。
大きな動作で彼女にでかい剣を振り下ろす。
しかし身軽に飛び退いた彼女はその振り下ろされた剣に飛び乗って敵の間合いに入り、刀を一閃した。
敵が持った剣ごと仰け反ったおかげで空に弾き飛ばされた彼女は、体勢を崩すことなく重力に従って落ちながらも右手だけで刀を振り下ろす。
曲芸のような戦いに思わず魅入ってしまい、背後への注意が散漫になっていた。
突然首の下に衝撃が走る。
「ぅぐっ……!!」
『花宮!!』
目の前が暗くなりかけるがここで意識を手放せば死んでしまうと何とか耐えた。
甲板に転がりながらも襲ってきた敵に体を向ける。
「あ?虹村のとこの新人か?」
新たな敵だ、どうすりゃいいんだ。
銃を向けるも相手はどうやら素手らしい。
ここで撃ったら目の前の奴は死ぬのか?
『貸して!』
中途半端に銃を構えていた俺の横から彼女が飛び出してきた。
そのまま俺の持っていた銃を奪って何のためらいもなく敵の体に二発いれる。
だめだ、次元が違いすぎる。
世界が違うとここまで変わるのか。
頭が良いだなんて、目の前に銃を突きつけられたら何の価値もないことなんだ。
別人だとは言え、湧が戦っているのをなす術もなく見守るしか出来ない自分に、感じたことのない不甲斐なさや恐ろしさに潰されそうになる。
それでも邪魔にならないように立ち上がろうとした瞬間、目の前の彼女の背中が横一線に切れた。
剣が払われた方に血が飛ぶ。
振り返ると、さっき彼女が対峙していた敵が息も絶え絶えに立ち上がって剣を握りしめていた。
彼女が振り返りもせずに乱雑に放った弾がそいつの足に当たる。
敵の体勢が崩れたのを見て、俺は立ち上がって血の滴るそいつの足にローキックを入れた。
俺の蹴りなんて大したことはねぇが銃弾が入った場所になら別だろう。
呻き声をあげながらそいつは甲板に両手をついた。
『ナイス花宮。』
敵を一人片付けたらしい彼女が甲板に両手をついた敵の肩を蹴り上げ、露わになったその顎に強烈な鉄肘を食らわす。
俺らもラフプレーで肘は使っていたが、今のは肘だけで殺せそうだった。
敵は今度こそノックダウンしたが、激しく動いたことで傷が開いたのか、彼女の背中から流れた血がボタリと甲板に落ちた。
「お前、大丈夫か?!」
『毎回こんな感じだけど…。』
それでもさすがに痛いのか、流れ出る血を確認する彼女の歪んだ顔が見てられなくて俺はその手を掴んだ。
顔についた血を拭ってやると彼女の瞳が僅かに揺れる。
こいつにしてみれば戸惑うだけだろうが、別人だとは言えやはり好きな人の傷ついた姿は精神的にクるものがある。
『…こっちの世界の花宮のこと知りたい?』
「あぁ、でもまずお前の手当てが…。」
『いいよ、征があとでやってくれるから。』
征ってもしかして赤司のこと…たぶんそうなんだろうな。
『こっちの花宮はね、すっごい頭が良いんだよ。だからみんなが手で洗濯しなくてもいいように機械を作ったり、この間は潜水艦まで作っちゃったの。』
こっちの俺も頭は良いみたいだな。
『いつも着てる黒の戦闘着も自作でね、色んな衝撃に耐えれるから全然怪我しないの。自分は力が強くないから計算し尽くして考え抜かないと生き残れないって。』
おいおい、マジかよ。
そんなとこまで俺と同じなのかよ。
『それにこの間、戦闘服を私にもくれたんだよ。原とかザキにじゃなくて私にくれたの。』
「なんだ、趣味まで一緒かよ。」
それにしても原と山崎、お前らはここでも俺についてくるのか、それでいいのかお前らは。
『ううん、花宮は私のこと恋愛的に好きではないと思うよ。私のこと見てそんな顔するの、うちでは花宮じゃなくて…。』
「湧!!!」
突然響いた声は、確かに今吉のものだった。
ドンっという相当高いとこらから飛んできた音と共に、俺たちの隣に着地したのはこっちの世界の今吉。
刀を持った、一目でわかる、こいつは手練の剣士だ。さっきまでの敵とは格が違う。
そんなやつが俺なんかには目もくれず、俺の目の前の彼女を抱きしめた。
彼女は少し笑いながら俺を見た。
なんだ、そういうことかよ。
こっちの世界で湧は今吉に愛されてんのか。
お前、つくづく男運のねぇやつだな。
「お前、どないしてん背中こんな…。」
『今吉、ほら、違う世界の花宮だよ。』
今吉が俺を振り返る。
一応軽く頭を下げたけど斬られるんじゃねぇかって怖くて目が離せない。
「は?」
『なんかね、違う世界では花宮と私が付き合ってるんだって。面白いでしょ。』
「…それ信じたんか?」
信じられないといった顔で湧を見る今吉。
『だって体すごく綺麗なの。海賊じゃないよこの人。』
こっちの世界の湧も今吉も、俺の知ってる二人とは体つきから違う。
俺もバスケで鍛えてるとは言え"死線をくぐり抜けてきた俺"と比べれば可愛いもんだろう。
「マジか、グランドラインやから摩訶不思議な現象にいちいち驚いてられへんとは言え…。帰ったらここの海域の伝説でも調べよか。」
海賊の今吉は俺に手を伸ばしてハッと目を見開いた。
「自分、消えかかってんで。」
『ほんとだ!』
自分の体を見下ろすと、確かに下の甲板が透けて見える。
「湧は…!」
『もしそっちの世界の私がいたらちゃんと助けるよ。大丈夫。』
「なんや、もうさよならかいな。」
彼女が俺に手を振る。
「お前、ちゃんと怪我治せよ。」
『うん。花宮は向こうの世界の私をよろしくね。』
「あぁ。ありがとな。」
今吉さんにも会釈するとヒラリと手を振られた。
豆だらけのゴツくて硬そうな手だった。
別にこの人にこっちの世界の湧のことを頼む必要はないだろう。
最後にもう一度彼女の顔をジッと見つめる。
死んでくれるなよ。
幸せになれよ。
無邪気に手を振る彼女に、最大限の祈りを込めた。
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