脱出番外編

□2-もし君に触れたなら
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【海賊花宮×脱出ヒロイン】





目が覚めて違和感に気づいた。

なんで隣に女が寝てんだよ…。

俺が女を抱くってだけでも珍しいのにその後添い寝を許したなんて。






ちょっと待てよ、昨日も今日も船の上だ。どうやって俺は女を抱いたんだ。


まさか…湧……じゃねぇな。

そっと確認した女の体は柔らかくて海賊やってる体じゃない。




は?敵じゃねぇよな?!




完全覚醒した俺は目だけカッと見開く。


女がもぞりと動いて、彼女の匂いがふわりと香った。



「…湧の匂い……は…?」


漂ってきた匂いは全くもって湧の匂いと同じ。

どうなってやがる?

確かに湧は冬の気候帯を航海中に、木吉や緑間のベッドに潜り込むことがあるらしい。

だがまさか俺のベッドには来ないだろうし、今は冬でもないし、さっきも確認した通り湧の体つきではない。

つーか、知らない女が懐にいるというのに嫌悪感を一切感じないのはなんでだ。

取り敢えず敵の可能性はほとんどないと判断した俺は少女を起こすことにした。

「おい、お前起きろ。どこの誰だ。」

心に抱いた柔らかさを隠すように少し乱暴に少女の肩をゆすってみる。

呻き声を上げて、彼女は俺の顔を見上げた。

『はな、みや…?まだくらいよ…。』





全てが繋がった。




「待て寝るな。ちょっと待て。」




先日、異世界から"俺"が来たらしい。

戦を知らない平和な世界に住む俺で、その世界の湧と付き合っていたそうだ。

今、俺の腕の中にいるこいつは、その向こうの世界の湧だ。



おいおい神様、仕事してくれよ。

交わっちゃいけない世界だろ。


「起きろ、湧。目を覚ませ。襲うぞ。」
『どうしたのよ…って地震…?』

船の揺れを地震だと勘違いしたのか、彼女は目を開けた。

起き上がろうとしているが腹筋がないのか、もがいている体を抱き起こしてやる。

そのまま抱きついてくる彼女をどうすればいいのか。

なんだよこりゃ。


『え、待って何ここ。…だ、誰…。』
「おい、落ち着いて聞けよ。」

俺が自分の知る花宮じゃないと気づいた彼女に目を合わせるようにして話しかける。

怯えながらも縋るように俺の顔を見る彼女の頭を撫でてやる。


「お前は違う世界に来ちまったんだ。俺は花宮真だが、お前が付き合ってる花宮真じゃねぇ。分かるな?」

彼女は震える指先で俺の体をなぞる。

上半身裸で眠っていた俺の体には細かい傷がたくさんあって、それは彼女の知っている花宮には恐らくないもの。

だが不用意に男の肌に触れるもんじゃない。

俺はそっと彼女の手を掴んだ。

「俺も異世界とのことはよく分かんねぇがすぐに帰れるはずだから大丈夫だ。」

俺が花宮真じゃないと知った彼女はもう触れて欲しくもないだろうと手を離す。

だが不安そうにキョロキョロする彼女をどうしていいか分からない。

これが知らない女で俺の機嫌が悪ければ、船から突き落とすかザキの部屋にぶち込むかしていただろうに。

人の女だとは言え俺の女…ややこしいなクソ。

「部屋から出てみるか?」
『え?』
「海、見るか?」

彼女の瞳がキラリと光った気がした。

…俺の知ってる湧と違うな。






湧なのに湧じゃない。

花宮なのに花宮じゃない。

お互いがそんな不思議な思いを抱えながら、手を繋いで廊下を歩く。

手を繋いでいるのは今日の海が少し揺れるからだ。

一般人の女なんて久しぶりだからどう扱えばいいか分からない。

「大丈夫か?」
『うん。』

声も優しい。

夜の船にはよく合う。

ここが海賊船じゃなければ。




「ありがたいことに今日の不寝番は伊月だ。話の通じる男だ。」
『い、づき…俊?』
「知ってるのか?」

複雑な表情で頷く彼女。

「会わないほうが…。」
『見たい。』

ここでどっちでもいいと答えるのが俺の知ってる湧なんだがな。

育ちがかなり違うだろうから性格もまた然り、か。




船室から出たら風が強く吹いていた。

彼女の腕をしっかり掴んで階段を降りる。

『うっ、わ…!』

目を見開いて海を見つめる彼女の横顔を眺める。

表情が豊かだな。

「好きか?」
『うん…綺麗だね。怖いけど。』
「ああ、海は怖い。」
『海賊なのに?』
「海賊だからな。ほら、足元見て歩けよ。」
『筋肉、すごいね。』

ここで初めて自分が上半身裸のまま出てきたことに気がつく。

完全にペース乱されてるな。

「伊月!」

下から呼びかけると見張り台の中の人影が動いた。

「この前、違う世界の俺が来たって言ってただろ。同じことが起きた、ほら、湧らしい。俺の部屋に突然現れたんだが…。」
「あぁ、オーケー察したよ花宮。」

思っていたよりもかなり早い伊月の理解に感謝する。

これがバカ代表の火神や黄瀬じゃなくて助かった。

「湧ちゃん?」
『あ、はい!』
「そっちの世界の俺ってどんな人?」

彼女はその質問に一瞬声を詰まらせた。

『伊月は…私と同じ高校でずっと同じクラスで同じバスケ部で、ゲームの司令塔だった。優しくてよく周りが見えて、ダジャレが好きで…本当に素敵な人だよ!』

あぁ、こっちの伊月そのままだな。

それに少なからず彼女にとって特別な人だったんだということが伺える。


「ありがとう。聞けてよかった。」
『うん、出会えてよかった!』

伊月は手を振ってから見張り台の中に引っ込んだ。


『大声だったけど大丈夫かな。』
「気づいてるやつもいるだろうな。」

だが気づいたところで誰も出てこないだろう。






『真っ暗だね。』

灯りは伊月のところにしかない。

あとは月と星だけ。

お互いの顔さえよく見えない。

「これが夜の海だ。今日は風があるから少し騒がしいが。」

どこからか海王類の鳴き声らしい低音も断続的に聞こえる。

『ここで戦ってるの?』
「お前もここで戦ってるぞ。」

信じられない、とため息をついて彼女は目を閉じた。

「目を閉じるとバランス感覚が悪く…っと。」
『わ、ごめんなさい…。』

グラリと揺れた体を引き寄せると思ったより近くなった顔に狼狽する。


「…部屋に戻るか?」
『ううん、出来ればここにいたい。』
「そうか。」


俺は甲板へと腰を下ろした。

彼女も俺の隣に座る。


「もうすぐ夜明けだ。」
『夜明けってどうなるの?』
「自分の目で確かめろ。」

意地悪なのね、と湧が笑った。

「向こうの俺も意地悪か?」
『えっと、難しい質問ね。でも…』

思わずといった風に彼女は笑みをこぼす。

『あなたにとっても似てると思う。』
「具体的には?」
『ねぇ、いつ消えるか分からない私に情を持たない方がいいとは思わない?』

突然の質問に困惑する。

今や彼女がこの船の一員である湧とは全くの別人に見えていた。

「いや…確かに合理的に考えたらそうかもしれないが、そうしたいとは思わない。」
『私は、花宮はとても賢くて常に何手も先を読むことができる、なのにそこで合理的な行動を選ばない人だ、って思ってるの。』


湧は俺から視線を外し、海を見た。


これは彼女の独り言なのだろうか。



『感情にひどく流される。もちろん客観的に見てね。彼はそうしたがっているのだからある意味彼にとっては合理的とも言えるけど。』


彼女の困ったような笑顔は、ベッドの上の暗闇で見たあの顔より少し幼くて、どこか頼りない気がした。



『それに比べてあなたはどう?』

彼女は海から視線を俺に戻した。



俺はどうだろうか。



「向こうの世界の俺は、お前のことが好きなんだろ?」



二人のことを何も知らない。

全てが推測でしかない。

だが俺と、向こうの世界の俺の決定的な違いが目の前にある。




「俺は、己の幸せが誰かに依存している状態を選ぶことは出来ない。」


俺は海賊だから。


失うものは作らない方がいい。


だが、ずっと悔しかった。


今吉の恋心に気付いてからずっと、嫉妬していた。



「誰かに夢中になりたかった。」



あぁ、言葉が、稚拙だ。



「愛は全てを超越すると信じてる奴を馬鹿にしてきた。でも本当は、俺もそう思える人間になりたかった。」



甲板についた俺の手を、湧が握った。


その手が少し透けていて、俺は思わず息を呑む。



『ごめんね。』
「あぁ…。」



いいんだ、行ってくれ。



戻ってやってくれ。



辺りが一気に明るくなった。


暗い藍色だった海は突然、朝日を浴びて光り輝く。


『朝日が…!』
「見れて良かったな。」
『うん、ありがとう。』

あぁ、と答えたはずなのに、声がかすれて出ない。

代わりにいつ消えるとも分からない彼女の手をしっかりと握った。




『幸せを、願ってる。』



湧は微笑んで、そしてゆっくり消えていった。





息が、できない。





彼女に恋をしたわけではない。



ただ、切なくて、切なさの濃度が濃すぎて。



俺は暫くその場から動くことが出来なかった。







彼女が消えた今となっては、愛に焦がれた俺を知る者はもうどこにもいない。









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湧さんは彼の気持ちを見抜いていたわけではないです、主導権を握られたくないから秘密を作ろうとした、それが思わぬ形で花宮の心にヒットしてしまった。
この話は全て私ならどう動くかを考えて作ったので、すごくドキドキしました…悪い意味で、そして書くのに3週間かかりました。

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