脱出番外編

□○○しないと出られない部屋
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前編

(0)始まり

俺は目の前にあるピンク色のハテナボックスを殴った。

気がついたら訳の分からないところに男四人で閉じ込められていたのだ。

こんな目に遭うのはこれで何度目だろう。

考えたくもない。

「まあまあ花宮、起こってもーたもんはしゃあないわ。精一杯楽しもうって蘭乃なら言うやろ。」
「うるせぇ。なんでお前がいるんだよ。」

ポンっと肩に置かれた手を振り払うと今吉は酷いなぁと嘆いてみせた。

はぁぁぁ、と盛大なため息が口から漏れる。

「あ、湧が…。」

伊月が呟いた瞬間、俺たちはバッと顔をあげてガラスの向こう側を見た。

だが床に倒れている湧は少しだけ動いたものの、目覚める気配はなかった。





そう俺たちは今、まるでドラマなんかでよく見る取調室のようなところに閉じ込められている。

と言っても俺は日本のドラマはあまり見ないから知らないが。

どちらの部屋も椅子も机も何もない空間。

ただ俺が取調室みたいだと思ったのは、向こうの部屋が見える横長のガラス窓の感じが似ているからってだけだ。

もちろん気がついて一番に俺は二つの部屋を繋ぐはずのドアを蹴破ろうとしたが、ビクともしなかった。

高尾に止められながらも窓を蹴ったが割れなかった。

あとこっちの部屋は黒い壁に囲まれているだけだが、湧のいる方の灰色の壁は防音が施されていそうな雰囲気がする…が真相は定かではない。


とにかく取調室に酷似している。

ということはこの窓はマジックミラーなのだろうか。



「なんでこの四人なんっすかね。」

高尾が首をひねった。

俺たちは顔を見合わせる。

そう、ここにいる俺、今吉、高尾、伊月の人選はいったいなんだ。

「花宮と高尾と伊月くんは蘭乃との繋がり考えたら分かるで、でもそうなるとワシは他の奴でもええのに。」

伊月がピクリと反応する。

「あの、今吉さん…どうして俺と湧が付き合ってたって…。」

一度目の脱出で伊月の幻影が出た時、そこにいたB班の連中は二人の関係を知ったが、A班だった今吉は知らないはずだ。

「そんなもん見とったら分かるわ。ついでに二人でトイレに逃げ込んどる間に起こったことも…。」

今吉が言葉を止めてニヤリと笑った。

「おいちょっと待て、何が…。」

思いついた選択肢におもわず言葉が詰まった瞬間を、今吉は見逃さなかった。

「もしや、実は蘭乃に邪な気持ち抱いたことあるやつが集められて…」
「っつーことはお前も湧のことそういう目で見てるってことだな?」
「まあまあ!」

食ってかかったのを高尾に遮られる。

「取り敢えず、このハテナボックスをなんとかしましょうよ!」

ハテナボックスを叩きながら心持ちニヤニヤしている高尾。

おいおい、その反応は心当たりあるのか疑っちまうぜ。

いや、青峰も胸のサイズがとか散々言ってたし邪な気持ちって解釈は嘘で、単に俺で遊びたかっただけなのだろう。

まさか本気で一度恋をしたことがある、なんてシャレにならない話はこの際考えないことにする。

「あ、このハテナ剥がれる…。」

側面に描かれていた大きな赤色のハテナを高尾がべりっと剥がした。

今のは少しくらい躊躇して欲しかったが、まあいい。

ハテナの下には字が書いてあった。



@一人一枚カードを選ぶ
Aカードをリーダーへ差し込んで隣室へ
B提示された課題をこなし、部屋に戻る
C全員クリアで脱出



「やっぱ脱出ゲームかよ!!」

高尾が叫んだ。

「これはあれやな、隣の部屋入って湧と一緒に課題をクリアするってことやな?」
「これ俺知ってるかも…たぶん最近SNSで流行ってるやつっす。」

高尾が急に不安そうな顔をするからギョッとする。

「"○○しないと出れない部屋"って言って例えば…100回キスしないと出られないとか?」

なんだそりゃ。

「なんかその都市伝説、黒子も言ってたような…。」

伊月にも心当たりがあるようだ。

「課題見てみな何とも言われへんなぁ。」

今吉の言う通りだ。簡単な課題から考えたくもない課題まで、何でも思いつく。

「あの…。」

伊月が携帯を凝視している。

「繋がってます…。」
「はぁ?!」

慌ててズボンのポケットから携帯を出すと、なんと通常通り携帯はその機能を果たしていた。

「クソっ、繋がってても何の意味もねぇよ。」

俺が原に電話したところで何になるってんだ。

謎解き系の脱出ゲームなら瀬戸に電話することもあるかもしれねぇが。

「電話したって信じてくれんのは脱出ゲームに関わった奴らくらいやろ。孤立無援ってわけやないけどワシらが課題クリアするしか方法はない。」

俺はボックスの中を見る。

カードが5枚入っている。

これを扉のカードリーダーに差し込むと開くのだろう。

「カード引くぞ。」

順番は、と目で今吉に聞くと顎で促された。

イラっとしながらも敢えて何も考えず、一番上にあったカードを引いた。







⑴高尾の場合


高尾が引いたカードを見つめる。

一番手がこいつなのは満場一致で決まったことだ。

湧にとってもそれがいいだろうし、何かあっても上手く対処できそうだ。





あと口には出さなかったが、こいつなら湧のために自分を犠牲にできるだろう。





「カードには何も書いてないのにお題どうやって分かるんでしょうね。」

不安もあるだろうが、無理にでも笑って向かっていくのが高尾だ。

勢い良くカードをリーダーに通すと、機械音とともにドアが開いた。

これだと何人も一緒に入れそうなものだが、まだ変に逆らう段階ではない。

高尾は入ってすぐに部屋の中央に倒れたままの湧に駆け寄った。


「湧っ!」

抱き起こす手つきが少々乱暴なところからも仲の良さが垣間見える。

湧が目を開く前に高尾の胸元を掴んだのはちょっと笑えた。

「湧?大丈夫か?」
『和成…?なにここ…。』

部屋を見渡す湧の胸元の手を高尾が握った。

「湧、信じられないだろうけど…」
『和成、もう信じられないことなんて私、きっと何一つないわ。』

そう言い放った湧を和成はジッと見つめて、そして声をあげて笑った。

「っ、ははっ!そうだったな。」



「なんやこの青春ドラマみたいな感じ。」

今吉が神妙な顔で呟いた。



『で、今度は和成と二人なの?』
「いや、この窓さ、こっちからは何も見えないけど実は向こうからは見えてんだよね。マジックミラーご…的な。向こうに誰がいると思う?」

高尾、今お前何言おうとしたんだ…今吉がゲラゲラ笑ってる。

湧はこっちを睨んでいるがもちろん目は合わない。

『何人?』
「あと三人。」
『まずは花宮でしょ、あとは黄瀬か宮地さん…伊月もあるかな。』

俺と伊月を当ててるところが怖いな。

「花宮さんと伊月さんは正解、あとはお楽しみってことで!」
『…今吉さんだな。』

湧がなぜか手を振りながら呟いた言葉を高尾は笑顔でスルーした。

意味はないが今吉は手を振り返す。


「ワシが行くの楽しみにしとってやー。」
「こっちからは声聞こえないんですね。」

伊月が思い出したように言った。

ますます取調室のようだ。

実際は監視カメラがついて様々な角度から部屋を観察できたり、スイッチを押すとこっちの部屋の声が伝わったりする機能がついてるんだが。




「んで、ここは"○○しないと出られない部屋"って言って、俺らと湧で何らかのお題をクリアしたら脱出できるらしい。俺がトップバッターってことなんだけどさ。」

高尾がリーダーに通したカードを湧に見せた。

「今気づいたんだけど、ここにお題書いてんだわ。見て。」

リーダーに通すとお題が出てくるのだろうか。

高尾の妙にさっぱりとした言い方が引っかかる。

カードを見た湧が固まった。

「さぁ、どうする?」
『どうするって…やるしかないでしょ…。』

湧は戸惑っているようだ。

高尾はこっちを向いてニヤリと笑った。



「あいつ…こっちに教えへんつもりやで。ほんまやりよるわ。」

伊月がくすりと笑った。



『ちょっと待って、これ時間制限ないよね?』
「たぶんな。」
『待って、待とう…。』

湧が立ち上がって両手を高尾に向ける。

この様子だと危険なお題ではないだろうからひとまず安心だ。

高尾は湧からの"待て"を無視して突然立ち上がった。

『和成、ちょ…!』

そしてガバリと正面から湧に抱きつく。

こっちからは高尾の背中と、抱きしめられた湧の顔が少しだけしか見えない。

「湧。」
『は、はいっ…。』

湧の右手が高尾の背に回った。



「愛してる。」



思わず舌打ちが出たのは仕方あるまい。

「湧も言うのかな…あっ…嘘…。」

伊月が口を覆った。

湧の声は届かなかったが、確かに何かを呟いた。

それはきっと、俺は聞いたこともない言葉だ。




「なんやねん伊月くん、気持ち悪いから女の子みたいな反応せんといてや。」
「え、そこ突っ込みます?」

今吉も動揺が隠せないのか伊月の肩を意味もなく叩いている。

「何これ、全員こんな調子やったらめっちゃおもろいやん。」

伊月は若干気まずそうに俺の顔色を伺っているが、向こうの部屋に入ったら遠慮なく見せつけてくんだろ、腹立つな。

「さっさと出てこいよ高尾、クソが…。」

部屋の向こうの高尾に毒づいた。




⑵伊月の場合 (高尾視点)


「はーーーっ!!良い思い出来たーー!!」

どーん、っと控え室…かな?…に帰ってくれば迎えてくれたのは苦笑いと激怒の顔。

「花宮さんそんな怖い顔やめて下さいって!俺と湧なんて絶対ないっすからマジで!」

正直逆に俺にこのお題がきてありがたかったと思って欲しいくらいだ。

ちなみにお題は"愛してると言い合う"だった。

別に相手を抱きしめるとか指定はなかったからその辺はアドリブってわけ。

でもやっぱりハグするってすごいストレス軽減になると思う。

めっちゃ幸せな気分になれるもんな。

「次誰や?…って蘭乃大人しくせんかい。」

窓の方を見て思わず吹き出してしまった。

湧が窓を殴っている。

「あかん、お嬢さんがお待ちやで。どうします?伊月くん。」
「え?あー、じゃんけんでもします?」

なぜか穏やかな笑顔で向かい合う二人。

「いやいや、若い子に譲るわ。」
「では俺から。」

伊月さんは一つ息を吐いて、俺と花宮と目を合わせてからカードを通した。

「じゃあ行ってきます。」

部屋へ向かった伊月さんの背中に手を振る。


「さあここも波乱の予感やで。」




『やっぱり伊月か。』
「当たりだよ。」

伊月さんがカードをひらつかせる。

『伊月とコガたちみたいに両方参加してない人はないのかな、とか深読みしたんだけどね。』
「前の脱出ゲームと関係してるとも言えないしね。」

こんなにファンタジーなことが起こってるんだから全てに合理性を求めることはできない。

って誰かが言ってたんだよな。


『で、課題は?』
「…わぁ、すごい、これはすごい。」

伊月さんは目を見張らせて言った。

「どちらかの首筋を噛む、だって。」



「花宮、噛んだことある?」
「ねぇよ。」

なんだ、花宮さんなら変な嗜好持ってそうなのに。


『どうする?私が噛もうか?』
「はっ!鴨を噛もうか?」

あ、伊月さん叩かれた。

「まあ俺が噛むより倫理的にマシな気がするけどね。」
『じゃあ…ちょっとしゃがんでよ。』

湧が伊月さんの肩に手をかける。

「はいはい、歯型つけないでよ…。」
『え、ガブッといっちゃっていい?』
「え?ちょ、ま、あ、痛い…!!あ、痛い痛い痛い!!やめて!!」


なんだこれ、全然色っぽくない。

花宮さんも騒ぐ二人を呆れたような薄目で見ている。

「あちゃー。男女のドキドキ感ゼロやん。」

まあ伊月さんが噛まれる役になった時点でこうなるよな。

伊月さんなんかMっぽい素質もありそうだけど。

「うわー、歯型ついたんじゃない?ボコってしてる…。」
『しばらく残るかな。脱出したら消えるかもよ。』

伊月さんは信じられないと首筋を撫でながら扉に向かった。

「あ、開いてる。」
『帰っちゃうんだよね。じゃあ、バイバイ。』
「うん、バイバイ。あと二人だから、頑張って。」

笑顔で手を振る二人は驚くほど自然な動作で。

誠凛で一緒に三年もいたんだ。

言い慣れた言葉、やり慣れた流れなんだろうな。


「なんや、最後に見せつけてくるやん伊月くん。時間では勝たれへん。」

時間で勝てないなら、今のところ圧勝なのは俺だ。

でもさ、きっと上手くいけば花宮さんが俺らみんなのこと超えていくんだろうな。


負けたくなかったなぁ。




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