脱出番外編

□君を探して夜を駆ける
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夜の学校を歩いたことがなくても、誰だってなんとなく想像できるはず。

普段自分の歩いている場所が、月明かりしかない暗闇に包まれて、走り出したくなるあの恐怖を。



でも私たちには、他人よりもその想像が圧倒的なリアリティを持って襲いかかってくる。

もちろんあの二回の脱出ゲームのせい。

日向や和成も夜が怖くなったと言っていた。


目を閉じて夜の学校を想像すると、たまらなくなる。
目を開けたらゾンビがいるんじゃないか、今にも殴られようとしてるんじゃないかって考えてしまうのは、トラウマと呼んでいいのだろうか。

もともと暗闇は得意じゃなかったけど、もう誤魔化せないほどダメなのかもしれない。





中間テストの期間が終わったのにも関わらず、友達数人と一緒に必修授業のレポートを仕上げていた。

提出は明日の12時だから何が何でも今日中に終わらせたいと、みんなで大学に残って頑張っていたのだ。

だけど友達はみんなバイトだと言って一人ずつ帰って行ってしまう。

「私、家遠いからもう帰るけど…。」
『オッケー。私はあともうちょっとだから終わらせてから帰る!』

パソコンを睨んだままそう答えて数分後、ハッと顔を上げると、さっきの子が最後の一人で辺りはもう真っ暗。

ここは4限の授業のあとそのまま勝手に教室に残っていただけで、自習室でもなんでもないから気がついたら一人。

でもさっきまで私たち以外にも集団がいたのに。


シーンと静まり返った教室で、慌ててレポートを保存してパソコンを切る。

荷物をまとめて恐る恐る立ち上がった。



どうして私は音を立てないようにしているんだろう。

音を立てたら誰かに気づかれるから?

誰かって、誰?



ゾンビ?



その場にしゃがみ込む。

嘘でしょ、どうしてこんなに窓の外が真っ暗なの。
今何時?8時ってこんなに暗かったっけ?

部屋が明るいから暗い外の様子は全く見えない。

誰か来てくれたら、いや誰かの声が聞こえるだけでもいいのに…。

四つん這いで机の間を動く。

ドアの前まで来て、恐る恐る開けようとしたけれど、細く開けた向こう側は真っ暗。

それでもなんとかドアを開けて顔を出す。

廊下は真っ暗で、右をむけば突き当たりの壁は外光に照らされて白く光り、今にも何かの影が映りそう。

学校って昼間でさえ誰もいない薄暗いところは怖いのに、夜は言葉にならないくらい怖くて、その本能的な怖さがまた"何か"が潜んでるんじゃないかっていう恐怖で息が上手く出来ない。

首が絞まって死んでしまいそう。

反対側も見ようと思ったけど、振り向けなかった。

首を曲げた瞬間、目の前に何かがいそうで怖くて。

いないのは分かってるんだけど、どうしても怖い。

そのまま急いで首を引っ込めて、ドアを閉めてしまった。


どうして。

初めてゲームに巻き込まれた時は何も考えずにドアを開けて外に出たのに。

みんなと一緒にいる時はゾンビなんて怖くなかったのに。

どうしてこんなに怖いと思ってしまうんだろう。

息が辛い。胸が苦しい。

ほら、焦ったらどうするんだっけ。

深呼吸して大丈夫って自分で言い聞かせたら、大概のことは落ち着いて対処できる人間でしょう。


それが分かっているのに。


体がピクリとも前に動かない。

一度も意識を失ってないから、ほぼ100%ここは現実世界で脱出ゲームの世界ではないのに。

トラウマって過呼吸になったりとか、大層な反応が出るものだけじゃない。

大丈夫だって分かっていても足が一歩も動かなくなるこの状況だって、立派なトラウマの表れなんだろう。


震えそうな手で携帯のアドレス帳を開く。

もうここから動けそうにない。

廊下の電気って時間がきたら消されるんだね、ほら、時代はエコだから。
っていうか最後だから教室の電気消して出て行くべきなんだろうけど、不可能にも程があるんじゃない?どこにも光なくなるよ?

あああ、何か思考し続けていないと怖くて怖くて叫び出しそう。

誰に電話しよう、宮地さんは大学にもういないよね…和成なんて高校生だし…



真しかいないや。



カバンから携帯を取り出そうとした時、ドンと大きな音が鳴った。

『っ…!!』

思わず机の下に飛び込む。

分かってる、あんな音はどこでもするし、色んな要因が考えられる。

けど心臓がドキドキして、これ、水戸部から逃げてた時と同じだよ。

このまま心臓発作か何かで死んでしまうのではないかと思ってしまうほど、ドッドッドッと、強くて速い鼓動が止まらない。

きっと今回も原因はあの時の水戸部のようになんの害もないことだろうに。

一度怖いと思ってしまったものは止められなくて、涙さえ出てきそう。

通話ボタンを押した手は異様に冷たくなっていた。




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