BLEACH中編

□面影が揺れる
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久しぶりの現世。
たぶん任務以外では初めてだ。
湧くんと二人で歩くのも久しぶりだ。
最後に二人っきりで歩いたのは市丸隊長が死んでその亡骸を確認した帰りだった気がする。

…ダメだ。
暗くなってきた。
せっかく隊長の誕生日なのに。

「涼しくなってきましたね。」
「もうすぐ夕暮れ時だからね。」

言葉少なにゆっくり街を歩いた。
死神の姿のままゆっくりと誰に見られることもなく。

「この姿だと干し柿売ってても買えないですね。」
「あ…僕持ってきたよ。三番隊のみんなが用意していたみたいでね。」

えっ、と目を見開いた湧くんの目の前に干し柿をぶら下げた。

「うそ…みんな…。」
「市丸隊長は本当に幸せだ。」

また湧くんの顔がくしゃりと幸せそうに歪んだ。

まったく、湧くんにこんな顔させられるのは隊長だけですよ。


暫くあてもなく歩いているとだいぶん寂れた街外れに来た。
森のそばに立ち並ぶ民家からはほとんど音がしない。


「あ…雨…。」
「え、あ、ほんとだ…。」

湧くんが雨だと言った言葉に納得した時にはもうすでにザアザア音がするくらいの大雨になっていて。
僕は急いで湧くんの手を引いて近くの家の屋根の下に転がり込んだ。


「それにしても急に降ってきましたね。」
「困ったね…湧くん濡れてるよ。」

手ぬぐいを出そうとした時、突然湧くんが小さな悲鳴をあげて数歩後ろによろめいた。
彼女が家の壁に背を打ち付けた音が大きく鳴った。

「湧くん…!!」

湧くんの様子と激しく乱れる霊圧に驚いて思わず僕は彼女を守るかのように前に出た。

「え、何…?どうしたの?」
特に何も見えない。

虚かと思ったが今更彼女は虚なんかには驚かない。

振り返ると、いつも冷静で柔らかな笑顔を浮かべている湧くんが呆然と蒼白な顔でどこかを指差していた。



「いち…まる…たい…ちょ…。」



「…え?」


湧くんはまるで夢遊病者の様な足取りでフラフラと雨の中へと出て行った。

軒先に傘が掛けられているのを見つけて心の中で謝りつつそれを手に取り彼女のもとに走る。

湧くんは傘をさされても、僕が近づいたことさえ気づいていないのか、フラフラと歩く。

そして何があるのかと道の先に目を凝らせた瞬間。

「っ………!!!」


僕は見つけた。


あれは…いやでも、違う。

彼ではない。




僕は目に入る光景が信じられなかった。

僕らを陥れる罠ではないのかとさえ思った。



そこにポツンと立って

ジッとこっちを見つめるものは

銀色の耳と

銀色の尻尾を持った

小さな小さな



「市丸隊長……??」


僕の呟きに隣の湧の霊圧がほぼ最大限に漏れ出す。

「湧くん、霊圧鎮めて…。」
「あ…。」

彼女の霊圧は市丸隊長がよく褒めていただけあって僕さえ逃げ出したくなる。

湧くんが歩みを止めたからか、その子はトコトコと僕らへ近づいてきた。

湧くんが駆け寄って膝をつく。

しゃがみ込んだ彼女より少し小さな身長。

「あなたは…。」
湧くんの言葉が詰まる。
あなたは市丸隊長ですか?
いや、そんな訳ないですよね?
だって彼は耳も尻尾もなかったし、もっともっと大きかった。

そもそもこの子は人間でも死神でもなさそうだ。

「ボク?ボクはな、ギンゆーねんで。」



市丸隊長と同じ話し方、同じ声、同じ名前。



「ギン…。」
湧くんの手が大きく震えたのが分かった。

僕はそっと彼女の背中に手を添える。

「ボクな、お腹空いてん。おねーちゃんご飯くれる?」
「うん、あげる、何でも、あげるよ。」
「ほんま?やったぁ!」

ギンと名乗ったその子は嬉しそうにピョンと跳びはね、湧くんに抱きついた。

「っ……!!」
湧くんはその小さな体をギュッと抱きしめると立ち上がった。

「わぁ、ボク抱っこ好きや!」
嬉しそうに湧くんの胸に顔を擦り付けるその子の顔は、湧くんの頭を撫でるいつかの市丸隊長にそっくりで、僕は驚愕する。

「湧くん…その子…。」
「やめてください。私、この子を離したくありません!」
「違うんだ!」
その子を抱きしめて湧くんは、出会ってから初めて、僕を睨んだ。

「そうじゃない、置いていけなんて言う訳ないよ。」

あまりに必死なその姿に驚きながらも慌てて否定すると湧くんはハッとして小さく謝った。

「二人、仲ようないの?」
「ううん、違うよ。僕たちが君のことちゃんと守るからね。」
「何から守ってくれんのん?」

…何からだろう。
反射的に守るだなんて言ってしまったのはきっとこの子が市丸隊長に酷似しているから。
失ったものがもう一度手に入った様な錯覚に陥ったから。

答えを上手く伝えられなくて湧くんを見ると、彼女はやっと優しい笑顔に戻った。


「そうね、取り敢えず飢えと雨から守ってあげるね。」



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