BLEACH中編
□君を守ると決めた日
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それはまだ僕が湧のことを"蘭乃くんと呼んでいた頃のことだった。
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「蘭乃くん?」
「はい、なんでしょうか。」
「今忙しいかな?」
「いいえ、大丈夫です。」
一ヶ月ほど前に九番隊から移隊してきた蘭乃くん。
お陰で会う度に檜佐木先輩に恨みの目で見られるんだけどそんなことどうでもいいくらいにすっかり彼女に惚れてしまったことは誰にも内緒だ。
「この書類なんだけど、見覚えなくてさ。知らない?」
「あ、これ…この間私が現世で倒した虚です。」
「待って、この間っていつ?」
蘭乃くんが現世に行ったなんて知らない。
「すみません!一昨日の非番の日に檜佐木副隊長に誘われて現世に連れていかれまして、バッタリ出くわした虚を…。」
「はぁ…。」
「ごめんなさい!!」
「いいんだよ。」
檜佐木先輩…そんなことしてたなんて。
さすが恨むだけじゃ終わらないか。
「蘭乃くんに怪我がなければ…」
思いっきりギクッとした顔をする蘭乃くんにもしやと思い、敢えて白い目で見つめると。
「いや、別にそんな大した怪我はしてないですから…。」
「見せてごらん。」
「いや、それは…。」
そのまま細めた目で責めるように見つめると観念したのか白状した。
「まぁ、書類になるくらいですからなかなか強くて。思いっきりやられました。」
「檜佐木先輩は何してるんだい…。で、どこ?どうせ治療してないんだろう?」
「え、あ、あの、ココ…腰の辺りなので…。」
「あ、それはごめん…。」
何故か一気に気まずくなる僕ら。
「服の上からでも治せるから。」
「治すって…吉良副隊長がですか?」
「僕は昔、四番隊だったからね。」
そう言って蘭乃くんの腰の辺りに触れると急に彼女が顔を真っ赤にさせたことに気づいて戸惑う。
「え…。」
「あ…ごめんなさい!!その、なんか恥ずかしくて…!!」
そう言われて改めて自分たちの体制を考えてみる。
第六席の腰を撫でる副隊長。
職務中に。
正面から。
「っ……!!」
「いたっ…!!」
思わず動揺して手に力が入るとちょうど怪我の部分に触れてしまったのか。
激痛に歪む蘭乃くんの顔に凄まじい罪悪感を覚えると共に檜佐木先輩への怒りが募る。
「ごめん…!!」
慌てて鬼道で痛み止めをする。
「これ…痛み止めしただけだから…!今日職務が終わったら四番隊へ行くこと…!」
「はい…!!ありがとうございます…!!」
ガラガラガラ
「イヅル〜戻った……何してんの君ら。」
「い、市丸たいちょ…!!!」
「二人して顔真っ赤にさせて、何ややらしいことでもしてたんか?」
隊長が心底楽しそうに口の端しを吊り上げる。
慌てる蘭乃くんを見て満足そうにしてる隊長が何を考えているのか想像すると恐ろしい。
「ち、違います!」
「ふ〜ん。でもイヅルは否定してへんで。」
「副隊長……?!?!」
驚愕の表情を僕に向ける蘭乃くんを片手で制し、僕は一歩前へ出た。
「市丸隊長。何があっても蘭乃…いや、湧さんに手を出そうとなんて考えないで下さいね。」
そう言うと僕は蘭乃くんの背中をグイグイ押して仕事に戻らせた。
「あ、その書類今日までだから!」
「ええぇぇぇえ…!!」
振り返るとニタニタ笑う市丸隊長。
「イヅル、言うようになったなあ、あの子来てから。」
「部下を好きになるなんて、いけないことでしょうか…。」
「そんなことあらへん。イヅルがほんまに好きやったな。」
思わず漏れた呟きに、真面目な返事が返って来るなんて思ってなかった僕は驚いた。
「その代わりな、イヅル。湧ちゃんを愛する覚悟あるんやったら約束しい。」
周りの空気が揺れる。
薄っすらと開かれた瞳はただ人を威圧させるだけではない。
僕に本気の覚悟を促すには充分すぎた。
「湧ちゃんのこと守ったりや。怪我さしたらボクが許さへんで。」
市丸隊長の顔は本気だった。
その時誓ったんだ。
僕は彼女のことを守るんだと。
敵が強すぎて守りきれなくて、彼女を傷つけることはあるかもしれない。
でも、いつだって必死に、必死に、湧さんを守るために全力を尽くす。
自分の命すら惜しくはない。
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