GLL×K66

□口数
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「お付き合いしませんか」

そんな言葉が告白だった。
あれは地球への赴任が決まる半年前、ケロン丘陵の北の端、ラバーズヒルと呼ばれるなだらかな白い丘には心地好い東風が吹いていた。





『口数』






唐突な言葉に思わず頷いてしまったものの、ケロロにはそれまで親友の兄貴でしかなかったガルルの真意が分からなかった。
お付き合いが指し示す意味くらいはケロロにだって分かる。
幾多の逆境を越えた恋人たちが、永遠の愛を誓い結ばれたという伝承の残るラバーズヒル。
わざわざそんな場所へ呼び出したのだ。
「お付きあい」という意味が軽い筈がない。
それでも「了解であります」と答えた。癖で敬礼までつけてしまった。
彼がそれを笑い、柔らかく抱き締められた。
ラバーズヒルの砂地に咲く白い花々が風に揺れていた。
触れあった唇だけがとても熱く、そして離れたあとは指を絡めて歩いた。
彼方まで続く白い丘に、二人の他は誰もいなかった。

恋人になった筈の二人だけれど、ケロロは何か違うと感じる日々が続く。
逢う度にソーサーで連れ出された。
胸がドキドキとときめいたが、彼は必ず人気のない辺鄙な場所に降り立った。
そして連れだってただ、歩くのだ。
デートというより散歩に近かった。
唯一それらしいのは、彼からよく指を繋いだことだろうか。
何度逢っても、ガルルは好んで指を絡めた。
そして日が暮れるまで二人で風に吹かれた。

時折立ち止まり、唇を合わせる。
ケロロの唇が冷たければ、胸元に抱き寄せた。
恋人というには、物足りなさを感じる。
第一ガルルは自分のことを殆んど喋らなかった。
話はよく聞いてくれたけれど。
ケロロの他愛ない話を、ガルルは頷きながら聞いていた。
それはもう熱心なほどに、そして短く返答だけをした。
悩みがあれば打ち明け、適切なアドバイスに安堵する。
涙を見せれば指で拭われ、何も言わずとことん胸を貸してくれた。
そんな大人な彼を慕ったけれど、恋愛と呼ぶにはどこか欠けていた気がする。

初めて抱かれた夜に、寝顔を見せた朝に、向けられた穏やかな笑顔は大好きだった。
けれど──。


「地球に行くことになりそう…であります」

消え入るような声で、やっとの思いで告げた言葉。
少しの間が合って、ガルルは静かに言った。

武運を祈る、と。

無骨な男だとは思っていた。でも、そんな言葉は聞きたくなかった。
彼も、自分も軍人。
行くなと言って欲しいとか、そんな事は思わない。
でも、でも、我輩たち、恋人なのに。
そんな、武運を祈る、それだけ、なんて。
それだけで纏めてしまえるような、そんなもんなんだろうか。

ケロロは悩む。
柄にもなく、悩んだ。
誰にも相談できず、その切なさに苦しんで、それでようやく見切りをつけた。

ガルルにとって、我輩は、所詮はその程度だったんであります。

そうでも思わなければ苦しくて苦しくて、ケロロなりにこの恋に終止符を打った。

だから、もう、地球に行ったら、貴方はただのガルル中尉で、我輩はただのケロロ軍曹で、ただそれだけで。
それ以上でもそれ以下でもなく。
だから、さようなら、ガルル。

ケロン星を離れるまで一度もガルルと逢うことなく、ケロロは地球へと旅立った。

離れてしまえば、いつか時が忘れさせてくれるだろう。
時が癒してくれるだろう。
あの丘で交わした口づけの切なさに、泣く夜が何度あったとしても。






時は流れ、任務としてガルルと再会した時には、ケロロの中ではそれは過去の思い出に変わっていた。
彼も過去を引きずってなどいないように見えた。
任務の中で、敵味方に別れて、恋人だったのはとうの昔話。

ああ。今度こそ、ホントにさよなら、ガルル中尉。
どこかで何かを淡く期待していた、馬鹿な我輩の恋に、サヨナラ。

今度こそ、フッ切れた。
重くのしかかっていた何かがぽんと離れて、その夜は一人で泣いた。

そして、それから数ヶ月後に、ケロロは再び泣くことになる。






ガルル中尉が戦闘中に負傷した。
部下を庇っての負傷で、ケロン星内で一ヶ月の療養に入るのだという。
彼の弟が苦虫を潰したような顔で呟いた。

「奴ときたら、おかしな事を言い出してな。首都の軍立病院ではなく、ケロン丘陵の北端にある小さな療養所に入ったのだ」

ケロロは震えた。
ケロン丘陵の北、ラバーズヒル。

もしかして…そんな、まさか…でも、でも。

彼の弟は、更に続ける。

「奴から貴様に、手紙を預かっている。…貴様ら、煮えきらんのもたいがいにしろよ」

ケロロは思わず、吹き出した。

「ギロロ、そのセリフ。そっくりそのままお返しするであります」



ケロロは小型宇宙艇に飛び乗った。
途中の宇宙ステーションから、高速艇に乗り継いだ。
急ぎ、ケロン星へ。
旅客用高速艇のボックスシートの中、震える指で手紙を開く。


ケロロ、先日は突然の来訪で随分手間を掛けさせてしまったな。しかし、元気そうで何よりだった。お前の顔を見るまで、私はお前を地球へやってしまった事を後悔していた。だが、その生き生きとした表情を見た時、これでよかったのだと、そう心から思っている。私の愛情だけで、お前の軍人としての将来を閉ざすことは出来なかった。行くなと、本当はそう言いたかったよ。一生お前を縛り付けて、それでお前が幸せな筈がない。地球侵略はなかなか手応えのある任務だとよく分かった。武運を祈る。情けない話だが、やっと心からそう言える。これからのお前と、ケロロ小隊を変わらず見守っていこう。


涙で文字が滲む。
口数の少ないガルルからの、精一杯のラブレター。
ケロロにはそれと分かった。
「愛している、今も変わらずに」
そんな文字はどこにも見当たらないが、大きく温かく、切ない愛情が手紙の中に溢れていた。

どんだけ、待たせるでありますか、ガルル。
これから、文句言いに行ってやるであります。




里帰りは何年振りとか、そんなことは頭になかった。
故郷へ降り立ちその足で向かうのは、思い出の丘。

数年前と変わらず、白く続く丘陵、咲き乱れる白い花々。
ラバーズヒルの、最北端。
ひっそりと建つ小さな療養所が見えた。
息を切らし、走る。
花々の向こうに、一際目立つ紫の男の後姿。

「ガルル!」

振り向いた男の金色の目に、驚きが走った。
胸に飛び込むなり、何も言えず、ただケロロは静かに泣いた。
その背を、温かい腕が包み込んだ。


傾きかけた夕陽が赤く照らす道の端で、白い花々が揺れている。
逆境を越え永遠の愛を誓った恋人たちが結ばれたといわれるラバーズヒルで、またひとつ。
伝説のように、今度こそ愛を誓いあった二人だった。






end








お題提供:うゆさま



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