ギシリギシリ、と重く軋むのは椅子のスプリングだけではないと思った。 司令官クラスの椅子は革張りの頑丈な作りではあるが、所詮は一人用に作られたものだ。 それに通常の座り方をする以外の用途で、よもやこんな使い方をする前提で作られた訳ではない。 混沌とした意識の底で思う。 ギシリギシリと軋んでいるのは、実は自分の心ではないかと。 深淵 「考え事とは余裕でありますな、ケロロ軍曹」 自分から意識を離すことを咎めるように、この椅子の所有者が言った。 低く、よく通る声。 威圧するというよりは、知らずに支配されてしまうような魔性を秘めた声だ。 「ガ…ルル中…尉、もう……」 「もう?…そのあとに続く言葉は何かな、ケロロ」 ヤメテ…?ガマンデキナイ…?…イカセテ…? もう…何と言おうとしたのか自分でも分からなくなる。 うつろな瞳をこじあければ、すぐ目の前の金色と目が合った。 何を考えているのか皆目見当もつかない無表情さからは、その心が読み取れない。 一体、何を考えてこんなことを。 そんな無表情で抱くくらいなら、何故。 ギシ、ギィィ…と。 二人分の重さに悲鳴を上げる椅子と、声を上げまいと食い縛る口が反比例する。 「意地を張るな」とばかりに、そのきつく結んだ口に噛み付くような口付けが襲い掛かる。 意地も張りたくなる、ケロロにしてみれば当然のことだった。 ここは地球のすぐ外側に停泊中のガルル小隊の宇宙船。 司令官室の壁ひとつ向こうには、彼の部下たちがいるのだ。 そしてケロロの憧れだった彼女も。 本部からの通達と預かり物があると直通ラインで連絡がきたのは今朝方だった。 ガルルの手から直接、先行部隊隊長へ渡せとの直令だったらしい。 それならガルル一人が来ればいい。なのに今回はわざわざ自分を呼びつけて。 ギシッギシッ、と思考を遮断する容赦ない音。 「あっ…」 漏れそうな声を零すまいと、慌てて手で口を覆う。 椅子に深く座ったガルルの上に跨るように座らされている身体は、向かい合った姿勢の彼の両肩を掴んで危ういバランスを保っていた。 その片手を離してまで自分の口を覆う動作に、見つめる相手の口元には僅かに笑みが浮かんだ。 ひくひくと震えるその手の奥で、抑えきれない音が小さく途切れながら零れていく。 「…んっ…ふっ」 抵抗を阻止するように大きく揺れる腰の上で、嵐に揉まれる木の葉のようにケロロの身体は泳いでいた。 「もう悪あがきはよせ。お前の声を聞かせてくれてもいいだろう?」 嫌だと答える代わりに、首を横に振るケロロの目には、苦痛と快楽に耐える涙が滲んでいた。 「そうか。ならば…」 ケロロの口から左手を引き剥がし、代わりに自分の指をその口に突っ込んだ。 驚き瞠目する黒い瞳は、不敵に微笑んだガルルの顔を映す。 「フフフ…さあ、どうするケロロ。私の指を噛んででも声を抑えるか?」 ケロン軍最高精度スナイパーの指。 魔弾の射手の長く美しい指が、口腔を蹂躙するように奥まで差し入れられている。 情事の最中に噛み付いて傷付けることなど許される筈もない、その指が。 絶望は今、絡みついた棘の箍を甘美な誘いに変えていく。 ガルルは絶対的な勝利の確信に、優しく微笑んでいた。 「あ……ああっ…」 閉じた瞼から幾筋も涙が伝った。 両手を再びガルルの肩に置き、下から突かれる度に声は高く解放されていった。 口内に留まるその愛しくも憎い指をしゃぶりながら、ガルルの名を呼び果てるまで。 ギシ…ギシ…と、椅子は鳴り続ける。 上で揺れるケロロの声は、その軋む音を掻き消していった。 意識を手放した身体を抱きながら、完全防音の薄い壁に手を触れる。 こうして追い詰めるのは、お前がそんな隙を与えるからだと。 壁の向こうで待機している彼の幼なじみでもある部下の前ではおくびにも出さないが、ガルルは自身の傲慢さに苦笑した。 ギィ… 体重を椅子に預ければ、弱く小さく椅子が軋んだ。 彼を抱く度に、その黒い瞳に似た深遠の淵に落ちていくような錯覚を覚える。 そしていつも思うのだ。 軋んでいるのは寧ろ自分の心かもしれない、と。 End |